第325話 妖樹の王④

(さて。どう出る気だ? 小僧)


 レオスは双眸を細めた。

 沈黙を続ける悪竜の騎士。

 果たして、何を仕掛けてくるのか――。


(とは言え、このまま待つのは愚策だな)


 レオスは皮肉気に口角を崩した。

 そして《木妖星》が再び、茨の槍を振るった。

 茨が大きく花開き、触手のように悪竜の騎士に襲い掛かる!

 悪竜の騎士は後方に跳躍した。

 その操縦席の中では、少年と少女が作戦会議を続けていた。


「恐らく、発動には四秒ほどかかると思います」


「四秒か……長いね」


「ええ。何より、あの男に確実に当てるには……」


「うん。奴の動きを封じる必要があるってことだね」


《ディノ=バロウス》は、跳躍を繰り返す。

 無数の茨は木々を食い破り、蠢くように追跡してくる。

《ディノ=バロウス》は《雷歩》を使って、一気に茨を引き離した。

 そして着地と同時に反転。《飛刃》を放つ!


『それは効かんぞ』


《木妖星》は茨の鞭を渦巻かせて、不可視の刃を打ち砕いた。

 だが、それはコウタにとって予想通りの結果だ。


『分かっているよ。本命はこっちだ』


 言って、処刑刀を頭上に振り上げた。

 途端、

 ――ズズンッッ!


『……ほう』


 レオスが双眸を細める。

《木妖星》の両足が深く地面に沈みこんでいく。

 ――いや、《木妖星》だけではない。

 周囲の木々も軋み、大地そのものが円筒上に沈みこんでいた。


『これはラゴウの《堕天》か』


 同胞の闘技。

 あの男が、敵に伝授するとは思えない。

 死闘の末に盗んだということか。


(器用な小僧だ)


 レオスは苦笑した。

 しかし、この闘技では《木妖星》に致命打を与えることは出来ない。

 ましてや、九機の《九妖星》の中でも《木妖星》は最大の恒力値を誇る。この程度の重圧では《木妖星》を止めることも不可能だ。

 ズシン、ズシン……と。

 超重圧の中、《木妖星》は、ゆっくりと進み出す。

 と、その時だった。


『――なに!』


 レオスは、大きく目を見開いた。

 丁度、《木妖星》の直線上。悪竜の騎士が身構えていたのだ。

 しかも、ただ身構えるだけではない。

 悪竜の騎士の前方。

 そこに、巨大な火球が渦巻いていたのだ。

 その姿はまるで――。


(本物のドラゴンだな!)


 レオスは、ふんと鼻を鳴らした。

 次いで、茨の槍を前方に突き出した。

 その直後のことだった。

 直径三セージルにも及ぶ、巨大な火球が撃ちだされたのは。

 火球は真っ直ぐ、《木妖星》と迫る。

《堕天》に束縛された《木妖星》の機動力では回避は出来ない。


(ならば、掻き消してくれる!)


 茨の槍を高速回転させる。

 渦巻く茨は傘状となり、《木妖星》を守る盾と成った。

 どんな高温の炎でも、分散すれば威力は大幅に落ちる。

 レオスは、これで凌ぐつもりだった。

 しかし――。


(なんだと!?)


 大きく目を瞠る。

 分散しようと目論んだ大火球。だが、茨に触れた火球は分散するどころか、茨を次々と絡めとり、そのまま直進してくるではないか。


(これは――炎ではない!)


 レオスは、舌打ちした。

 ――そう。この大火球の正体は《偽物の炎エフェクトフレア》。

 実際は炎ではなく、恒力の塊だ。

 それも、メルティアの意志によって、極限まで粘性を高めた球体である。

 見た目こそ、まるで伝説にある《悪竜の劫火ドラゴンフレア》のようだが、実態としては鉄の硬度を持つ巨大な水飴のようなものだ。

 そんなものを掻き消すことなど、出来るはずもない。


(くそッ!)


 このままでは大火球の直撃を受ける。

 レオスは、先端の茨を切り離すことにした。バシュッと火花が散り、手には茨を失った一本の槍だけが残る。《木妖星》はその槍を斜めに構えた。

 そして――。


『――ふっ!』


 小さな呼気を吐きだし、槍を上に跳ね上げた。

 その軌道に乗るように火球は、上空へと進路を変えた。

 どうにか直撃だけは回避する――が、

 ――ギィンッッ!


『――ぐうッ!』


 レオスは、表情を険しくした。

 今の一瞬で悪竜の騎士が斬り込んできたのだ。

 咄嗟に槍の柄で受けるが、勢いに圧しこまれる。

 悪竜の騎士は、左の掌底を《木妖星》の腹部に叩きつけた!

 ――ビキリッ、と。

《木妖星》の装甲に大きな亀裂が奔った。

 悪竜の騎士は、さらに畳みかける。

 わずかに後退した《木妖星》の肩をめがけて斬撃を振り下ろす!

 ――が、


『調子に乗るな!』


 レオスが威圧し、《木妖星》が応えた。

 槍の柄で処刑刀の刃を打ち払う。悪竜の騎士は大きく仰け反った。

 続けて、その場で槍を回転。

 恐ろしく速い刺突をお見舞いする!


『――くッ!』


 悪竜の騎士は、処刑刀の剣腹で穂先を受け止めた。

 ズンッ、と芯にも届く衝撃。威力を完全には受け切れない。

《ディノ=バロウス》は、大きく後方に吹き飛ばされることになった。

 ガガガッと地面を削って、態勢と整え直す。と、


『……茨を奪えば勝てると思ったか?』


 レオスが淡々と告げた。

 今や《木妖星》の手に握られるのは、ただの槍。

 茨を失い、先端に円錐型の突起のみが残ったシンプルな槍だ。

 それを《木妖星》は華麗に舞わせた。

 わずかな乱れもない円を描く槍。右左へと舞踊のような軌跡を描く。

 恐るべき技量の高さが窺える舞だ。


『枝葉が切られた程度で大樹は揺らがん』


 レオスは語る。

《木妖星》は槍の穂先を《ディノ=バロウス》に向けた。


『《妖星》の一角。侮るなよ。小僧』


『……分かってるさ』


 対するコウタは、双眸を細めた。

 茨を奪った程度で勝てるはずもない。

 だが、それでも――。


『だけど、それでも勝つのはボク達だ』


《ディノ=バロウス》は、処刑刀をすっと薙いた。

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