第324話 妖樹の王③

 ――ガガガッガガガガガガッ!

《ディノ=バロウス》の跳躍を迎え撃ったのは、茨の渦だった。

 回転しながら襲い掛かる深緑の突撃槍。

 これは正面から受け止めるのは、分が悪い。

《ディノ=バロウス》は地を蹴って、横に回避した。

 そして茨の槍が大気を貫いたところで、処刑刀を振りかざす。

(やはり、この槍は厄介だ)

 使う闘技は、極小の刃を纏う《断罪刀》。

 狙いは突撃槍の側面。一気に両断しようとする――が、


『甘いな。小僧』


 レオスの呟きに、コウタはハッとした。

 反射的に《ディノ=バロウス》を後方に退避させる。と、同時に叫んだ。


「――メル!」


「――はい!」


 流石は幼馴染。

 ただ名前を呼んだだけの指示に、メルティアは的確に応えた。

 メルティアがティアラに集中すると、《ディノ=バロウス》の纏う炎が、大きく膨れ上がった。粘性を大幅に上げた炎の鎧だ。

 直後、《ディノ=バロウス》の機体に衝撃が来る。

 茨の槍が放たれた不可視の棘弾。それが炎の鎧に着弾したのだ。

 ――《黄道法》の構築系、放出系の複合闘技。《天恵雨》。

 かつてレオスが使って見せた闘技だ。

 棘弾は相当強力なものだった。炎の鎧さえも突破して、《ディノ=バロウス》の装甲まで穿つが、微細な損傷だ。咄嗟の防御が間に合ったのである。

 リーゼや、リノではまだこの域には至れない。

 メルティアだからこその、ファインプレイだった。


(あの茨の槍がある限り、接近戦は分が悪い)


 コウタは、そう判断した。

《ディノ=バロウス》をさらに後方へと跳躍させる。

 そして処刑刀を十字に薙いだ。

 ――《黄道法》の放出系闘技。《飛刃》。

 刀身から不可視の刃を飛ばす闘技。

 剣技による闘技の中ではかなり基礎的な技だが、《ディノ=バロウス》が放てば、鉄塊さえも両断できる。それを《ディノ=バロウス》は十字に交差させて放った。


『ふん。遠距離戦なら勝てると思ったか?』


 レオスは鼻を鳴らした。

 同時に茨の槍が傘のように大きく展開されて渦巻いた。

 十字の《飛刃》は、あっさりと粉砕される。


『とは言えだ』


 レオスは続けて言う。


『遠距離戦が不得手という訳ではないが、互いに放出系の闘技を撃ち合うだけというのも興覚めでもある。どうせなら接近戦を楽しもうではないか』


 そう告げるなり、《木妖星》が突撃槍の穂先を《ディノ=バロウス》に向けた。

 ――ぞわり。


(……………ッ!)


 途端、コウタの背筋に悪寒が奔った。

 ――ズガンッ!

 咄嗟に《雷歩》を使って、横に跳躍した。

 直感が、この場にいてはいけないと警告してきたからだ。

 その直後のことだった。

 ――バクンッ、と。

 いきなり突撃槍が裏返ったのだ。

 閉じた傘が、強い風で裏返るように。

 まるで食虫植物の触手のように、間合いを倍にして襲い掛かって来たのである。

 茨の触手はそのまま、《ディノ=バロウス》の後方にあった木を捕縛。

 それこそ餌でも呑み込むように、《木妖星》の元に引き寄せられた。


『ふむ。これは初見だったはずなのだが、勘がいいな』


 レオスは皮肉気に笑った。

 ゴリ、バキ、ベキベキ……と茨は木を噛み砕いた。


『……操作系か。随分と悪趣味な闘技だね』


 コウタもまた、皮肉を込めて言う。


『うぞうぞと。まるで虫みたいだよ』


『《食刃華》と名付けた闘技だ。俺当人としては、むしろ虫を捕食する植物をイメージしているのだがな』


 と、レオスは平然と答える。

 木片を砕いて、未だにうぞめく茨の鞭。

 どうやら、あの茨はコウタが想定している以上に攻撃領域が広いらしい。


(本当に厄介な)


 コウタは渋面を浮かべた。

 攻撃・防御の双方に優れ、さらには接近戦から遠距離戦もこなせる武器。

 あれを攻略しなければ、《木妖星》に打ち勝つことは出来ない。

 ――どうすべきか。

 自分が持つ闘技のレパートリーを思い浮かべつつ、戦略を練ろうとした時だった。


「……コウタ」


 不意に、メルティアがコウタの名を呼んだ。


「……メル?」


 劣勢に不安を覚えたのだろうか。

 コウタは、メルティアの腕に片手を添えた。


「……怖い?」


「……いえ」


 メルティアは微かに肩を震わせながらも、そう答えた。


「コウタが傍にいますから。大丈夫です。それよりもコウタ」


 一拍おいて、メルティアは提案する。


「私に試してみたいことがあります。話を聞いてくれますか?」


「……え? うん。分かった」


《木妖星》から目を離さずにコウタがそう答えると、メルティアは語り出した。

 そうして十数秒後。


「え? 本当にそんなことが出来るの?」


「理論上は可能なはずです。試行する機会がこれまでありませんでしたが」


 目を丸くするコウタに、メルティアが告げる。


「上手くいけば、あの邪魔な茨を一掃できると思います」


「…………」


 コウタは沈黙し、数瞬ほど考えた。

 そして、


「うん。試してみよう」


 メルティアの話には、するだけの価値がある。

 コウタはそう判断した。


「ありがとうございます」


 メルティアは微笑んだ。

 が、数瞬後、悪戯っぽい笑みを見せて。


「ですが、この技はきっと大量にブレイブ値を消耗します。消耗するはずです。だから、あとで補充をお願いしますね」


「いや、消耗って話は流石にうそだよね?」


 コウタは、苦笑を浮かべた。

 お約束であるブレイブ値の補充の催促にも焦ったりはしない。

 そもそもこんな危険な戦場に彼女を引っ張り出したのだ。その技とは関係なく、ブレイブ値はあとで補充しなければならないとは思っている。

 彼女が背中にいるだけで、どれほど精神が安定していることか。

 それを思えば、ブレイブ値の要望程度など当然のことだった。

 すると、メルティアは、コウタの背中に頬ずりして告げた。


「覚悟してくださいね。たっぷり甘えますから」


「……うん。了解」


 コウタは優しく笑って承諾した。

 そして表情を改める。


「けど、それもこの戦いに決着をつけてからだよ」


「はい。分かっています」


 メルティアも、真剣な面持ちで頷く。


「二人で勝ちましょう。コウタ」


 そう応えた時だった。


『……ふむ。作戦会議でもしているのか?』


 レオスが呟く。


『戦術は決まったのか? では、そろそろ再開と行くぞ』


 そう宣告して、突撃槍を地面に突き立てた。

 途端、複数の茨が地面の中へと突き進んでいく。


(――ッ!)


 コウタは表情を険しくした。


「メル!」


「はい!」


 次いで、メルに指示して炎の防御を固めた。

 コウタはコウタで《ディノ=バロウス》を後ろに跳躍させる。と、


『――萌芽せよ』


 レオスが厳かに告げる。

 刹那、《ディノ=バロウス》の足元の地面に無数の亀裂が奔る。

 地中に潜らせた茨から放たれた棘弾が、地面を割って飛び出してきたのだ。


『………くッ!』


 コウタは呻くが、直前に退避したことと、防御を固めていたおかげで損傷は少ない。

 だが、それでも装甲がどんどん削られていったが。


『どうした? 《悪竜顕人》。手詰まりか?』


 レオスが淡々と告げるが、


『……ほう』


 おもむろに、双眸を細めた。

 棘弾を凌いだ《ディノ=バロウス》。

 その装甲には亀裂も目立つ。

 しかし、闘志そのものは一切衰えていないようだ。

 炎を纏う悪竜の騎士は、重心を低くして身構えていた。


『なるほどな』


 レオスは、ニヤリと笑う。

 そして、


『面白い。何か企んでいるようだな』


 どこか嬉しそうにそう呟いた。

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