第323話 妖樹の王②

(……レオス=ボーダー)


 ――ギシリッ、と。

 強く、歯を軋ませる。

 怨敵を前にして、怒りで脳が沸騰しそうだった。

 すぐにでも跳びかかりたくなる……が、


「コウタ」


 愛しい幼馴染の声が、コウタを正気に返してくれる。

 彼女はギュッとコウタを抱きしめてくれた。


「……分かっているよ。メル」


 コウタは、大きく息を吐きだした。

 怒りはある。殺意もある。

 けれど、まずは先に聞きたいこともあった。


『レオス=ボーダー』


 コウタは拡声器を通じて、怨敵の名を呼ぶ。


『お前に、聞きたいことがある』


『……ほう。何だ?』


《木妖星》がそう返した。

 コウタは一呼吸入れて、


『どうして、リーゼを狙った?』


 どうして狙われたのが、リーゼだったのか?

 コウタへの嫌がらせなら、他にも候補がいたはずだ。

 その中から、どうしてリーゼを選んだのか。

 それだけは、コウタにも、兄にも分からないことだった。


『ん? ああ、何だ。そんなことか』


 すると、《木妖星》は、突撃槍を肩に担いで語り始めた。


『なに。単純な話だぞ。いわゆる消去法だ』


『……消去法だって?』


 コウタは、眉根を寄せた。

《木妖星》の中で、レオスは苦笑を浮かべた。


『流石に、もう気付いていると思うが、今回の騒動の目的はお前への嫌がらせだ。お前のようなタイプは身内を傷つけられることを最も嫌うからな。そしてお前の身内の中で、特に効果がありそうな候補は五人いた』


 そこで、突撃槍を《ディノ=バロウス》に向ける。


『まずは、そこにも乗っているであろうメルティア=アシュレイ。恐らく、最も効果が高い娘だ。しかし、その娘は普段から自律型の鎧機兵に守られている上に、着装型の鎧機兵にも乗っているからな。少々ドーピングした程度の輩では襲っても無意味だ』


 唐突に名を呼ばれて、メルティアが少し震えた。

 コウタは彼女の腕に触れて、メルティアを勇気づける。

 ただ、内心では、メルティアを襲うつもりだったと聞いて穏やかではなかったが。

 レオスは語り続ける。


『次にリノ嬢ちゃん。あの娘は論外だ。こちらの身内でもあるしな。今回の件を片付けたら回収する予定だ。まあ、そもそもあの嬢ちゃんなら、仮に暴漢など送っても返り討ちにするだろうがな。送るだけ無駄だ。意味がない』


 一拍おいて、


『続いて、ジェシカという女だが……』


『……………』


 ジェシカの名前まで出てきてコウタは、表情を険しくした。

 流石は《黒陽社》。その情報収集能力には、凄まじいものがある。


『正直、お前の食指の広さには呆れたぞ。暗殺者まで手籠めにしているとはな』


 レオスは、苦笑を浮かべつつ語り続ける。


『ともあれ、あの女は教団の盟主の護衛だけあって隙が無い。なかなか手強い女だ。暴漢をあしらうなど容易くこなすだろう。この女にも暴漢は意味がない。無意味で無駄な努力というのは俺が最も嫌うものでな。さて。三人まで語ったな』


 ゴンゴン、と《木妖星》は突撃槍で肩を叩いた。


『残り二人。アイリ=ラストン。この娘も、メルティア=アシュレイ同様に自律型の鎧機兵に守られている。ハードルが高い……が、それ以前に惜しいと思った』


『……惜しい?』コウタは、レオスの言葉を反芻した。『どういう意味だ?』


 コウタの問いかけに、レオスは皮肉気に口角を崩した。


『《黒陽社》が人身売買を母体にした組織だということを忘れたか? あの娘は希少な《星神》だぞ。用途は色々とある。好きモノに売るもよし。適齢期に売るのもよし。まあ、第6支部でそのまま確保して子を産ませるのもよしだな。《星神》同士を掛け合わせると《星神》の子を孕みやすいのはすでに実証済みだ』


 そんな非道を平然と言う。


『………お前達は』


 コウタは、ギリと歯を鳴らして《木妖星》を睨みつけた。

 メルティアも極めて不快そうに眉をしかめている。

 しかし、レオスは『そう憤るな』と言って、悪ぶれもせずに肩を竦めた。


『所詮、俺達は外道の集まりだしな。非道は当然の生業と思ってくれ。さて。それよりも最後の一人、リーゼ=レイハートだが』


 ようやく彼女の名が出てきて、コウタとメルティアは、表情を厳しくした。


『あの娘は特に問題がなかった。鎧機兵の護衛もおらず、そこそこ腕は立つようだが、リノ嬢ちゃんや暗殺者の娘ほどでもない。公爵令嬢の肩書をつけて売れば、そこそこ高値にはなりそうだが、《星神》ほどの値はつかないだろう』


 レオスは、ボリボリと頭をかいた。


『まあ、そういうことだ。消去法というよりも、単純にあの娘が最も狙いやすかった。価値がなかった。ただそれだけのことだな』


『………お前は』


 コウタは、ボソリを呟き、操縦棍を強く握りしめた。

 脳裏に、今も眠り続けるリーゼの顔が思い浮かぶ。

 こんな遠い異国にまで付いてきてくれた、大切な友達。

 ――いや、コウタにとって、彼女はそれ以上であって……。


『俺としては以上だな。さて。他に聞きたいことはあるか?』


 一方、レオスは親しげにも聞こえる声で、そう告げる。

 コウタは、息を吐き出して双眸を細めた。


『……いや。もうないよ』


『そうか。ならば……』


 ――ズン、と。

《木妖星》が大地を踏みしめて、突撃槍を構えた。


『そろそろ、本題に入ろうか』


『ああ。分かっているよ』


 ――ブオン、と。

 炎を纏う《ディノ=バロウス》が処刑刀を薙いだ。


『ここから先は殺し合いだ』


『ああ、そう来なくてはな』


 レオスは嗤う。


『全力を見せてくれ。いや、それ以上のものをな。でなければ、わざわざ《悪竜》の逆鱗に触れた意味がない』


『……分かったよ』


 コウタは、かつてないほどの険しい顔で怨敵を睨みつけた。


『お前は肉片の一つも残さない。魂まで食らいつくしてやる』


 その宣告に合わせて。

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!

 魔竜を象る鎧機兵が吠えた。

 一斉に逃げ出す動物達。近くにいた魔獣さえも逃走した。

 大気が、木々が、森全体が震える。

 魔竜の怒りの咆哮に、世界そのものが怯えているかのようだった。

 紅い炎が、陽炎のように揺れる。

 そして――。


『行くぞ! レオス=ボーダーッ!』


《ディノ=バロウス》は跳躍した。

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