第八章 妖樹の王
第322話 妖樹の王①
アティス王国の王都の近くには、大きな森がある。
――『ラフィルの森』。
遠方にある『ドランの大樹海』を除けば、近隣最大の森林である。
一部の貴族や富豪はそこに別荘を建て、行楽地としても利用しているらしいが、狩場や資材源としても重宝されている場所であり、その広大さは相当なものだった。
その森の中を、コウタの愛機・《ディノス》は進んでいた。
――ズズン、ズズン。
響く重い足音。
比較的に広い木々の間を、魔竜を象った鎧機兵が、ゆっくりと歩いていく。
月と星の光に照らされたその姿は、まるで魔獣のようでもあった。
「………」
コウタは、ずっと無言だった。
ただ、静かに前だけを見据えている。
そんな少年の後ろには、額にティアラを着けたメルティアの姿もあった。
(……コウタ)
メルティアは、コウタの背中を強く抱きしめた。
この森の入り口で《ディノス》を召喚してから、コウタは一言も喋っていない。
迂闊に声を出せば、憎悪や怒りが溢れ出てしまう。
そう自覚しているからこその、沈黙だろう。
現在、《ディノス》は、森の奥へと向かっていた。
恒力値を探索する《万天図》に頼って、あの男を探していた。
恐らく、この場所こそがメモで示されていた場所のはずだからだ。
――『我らが出会いし地』。
我らというのはコウタと、あの男のことだろう。
そして、出会いし地は二つ考えられる。
一つは、本当に二人が初めて遭遇した場所――クライン村。
もう一つは、二人が対峙した場所――皇都ディノスにある森の中。
どちらも森の奥だった。そして王都ラズンの近くにある戦闘さえ出来るほどの大規模な森は、ここ『ラフィルの森』だけだった。
この場所が、指定場所に違いない。
詳細な居場所に関しては、互いに鎧機兵を召喚すればいい。
《万天図》の探査範囲は、最大で三千セージルにも至る。
探査しながら、森の奥に向かえば、いずれは見つけ出すことが出来るだろう。
そうして――。
「……見つけたよ。メル」
ポツリ、とコウタは呟いた。
《万天図》の端に、三万ジンを超える光点が示されていた。
やはり、推測は正しかったようだ。
「……そうですか」
メルティアはより強く、少年を抱きしめた。
「……コウタ」
彼の名を呼ぶ。
「あなたが今、とても怒っていることは分かっています。私だって怒っています。リーゼは私の友人ですから」
メルティアにとって幼少時から知る友人。
長らくメルティアが魔窟館に引き籠っていたため、疎遠となっていた時期もあったが、親交を深めてからは、リーゼには何度も何度も助けられてきた。
リーゼは、ルカや、ユーリィにも劣らない大切な親友であると断言できる。
しかし、命に別状こそないが、彼女は未だ目を覚ましていなかった。
もし、このまま、リーゼが目を覚まさないようなことになったら……。
そう考えると、痛いぐらいに胸が締め付けられる。
あの男だけは絶対に許せない。
憎しみを抱くことに無縁だったメルティアでさえ、こんな気持ちなのだ。
あの男に故郷を潰され、さらに父まで目の前で殺されているコウタの気持ちは、もはや想像を絶するものだろう。
「……コウタ」
メルティアは心配げに声を零した。
初めて、あの男と戦った時のコウタの姿を思い出す。
憎悪と憤怒を剥き出しにした姿。
今のコウタの心情は、あの時以上なのは間違いない。
メルティアは、続けて掛ける言葉に迷った。
すると、
「……大丈夫だよ。メル」
コウタは、そっと腰を掴む彼女の腕に触れた。
「あの時みたいに、無様に暴れまわることはしないよ。そんなことをすれば兄さんにも、リーゼにも怒られるから。それに……」
ギュッ、とメルティアの手を握る。
「君が傍にいる。君がいる限り、ボクは大丈夫だ」
メルティアが傍にいる時こそが、最も強くなれる。
そして同時に、彼女が傍にいてくれるだけで穏やかにもなれるのだ。
けれど、
「ただ、それでもいつもよりは確実に激しくなる。それだけは覚悟していて」
リーゼを傷つけられた。
それだけは、とても許せるようなことではない。
刃の切っ先には、きっと怒りが宿るだろう。
「……はい。分かっています」
メルティアは頷いた。
「……どんなに過酷でも私はコウタの傍にいます。あなたが憎しみに呑み込まれそうになったら体を張ってでも止めてみせます。だから」
彼女は微笑んだ。
「あなたはあなたの思うままに。全力を尽くしてください。コウタ」
「……メル」
コウタはグッと操縦棍を握りしめた。
彼女の言葉に、心が震えてくる。
自分が背負う人の大切さを改めて知った。
「……ボクは勝つよ」
コウタがそう告げた、その時だった。
突如、《万天図》の光点が高速移動し始めたのだ。
ただ、真っ直ぐに。
《ディノス》の元に向かって突き進んでくる。
コウタは、面持ちを鋭くした。
「メル! 奴が来る!」
「っ! 分かりました!」
メルティアはハッとした顔で、コウタの背中にしがみついた。
同時に、《ディノス》の全身が紅い炎で覆われた、その直後のことだった。
――ガガガガガガッ!
目の前の木々を、大地を削って渦巻く茨が襲い掛かって来たのは。
「――クッ!」
コウタは、咄嗟に《ディノ=バロウス》を跳躍させた。
茨の渦は、《ディノ=バロウス》の横を穿ち、粉塵を巻き上げた。
もうもうと煙る土埃。
《ディノ=バロウス》は処刑刀を振るって粉塵を払った。
剣圧で吹き飛ぶ粉塵。
晴れた視界から現れたのは、一機の鎧機兵だった。
――ズシン、ズシン、と。
その鎧機兵は、悠々と間合いを詰めてくる。
両脇辺りから白い長大な牙がのびた深緑色の装甲。手に持つのは、茨の鞭が重なって形成される針葉樹を彷彿させる突撃槍。茨の鞭は、すでに槍の姿に戻っていた。
かつて、半壊にまで追い込んだその機体は、完全に復元されていた。
――《木妖星》。
父の命を奪った忌々しい鎧機兵だ。
『……レオス=ボーダー』
コウタは、ギリと歯を軋ませた。
『自分から誘っておいて、いきなり攻撃とは礼儀がなっていないね』
『ああ、それはすまんな』
月明かりの下で、怨敵は言う。
『俺は騎士ではないからな。まあ、これが俺なりの歓迎だと思ってくれ』
その声は相も変わらず、ふてぶてしいものだった。
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