第三章 義姉と義妹
第274話 義姉と義妹①
(ああ、くそったれ)
自分はきっと、このまま胃に穴が開いて死ぬんだ。
《黒陽社》の社員の一人。
ゲイルは胃を押さえて、そんなことを考えていた。
そこは市街区にある宿の一室。
上司にここに待機するように命じられたのだ。
(あの我儘お嬢さまめ)
――ぎゅるるるッ!
胃が渦巻くように鳴った。
ゲイルの顔が、どんどん青ざめていく。
今朝から、ずっとトイレに籠りっきりの状態だった。
今も、この小さな世界から出れなかった。
「ぐあああ……」
思わず呻いていると、
「……ダイジョウブカ?」
ドアの外から、そんな声が聞こえてくる。
ゲイルは、眉間にしわを寄せた。
(なんで、俺は鎧機兵に心配されてんだ?)
この声の主は人間ではない。
ゲイルの上司が、同僚に頼んで奪取させてきた自律型鎧機兵だ。
「……シッカリ、シロ。ゲイル」
(……ぐぐぐ)
ゲイルは、グッと唇を噛んだ。
そして少しは落ち着いてきて、ふらつきつつもドアを開けた。
そこには、蒼い鎧の小さな騎士がいた。
側面から二本の角が生えた、勇ましい竜のお面を被った機体だ。
腰には、スパナを改造して作った玩具の処刑刀も帯刀している。
「……ダイジョウブカ? ゲイル」
「……うっせえよ」
思わず、悪態をつく。
「それより」
ゲイルは蒼い顔で鎧機兵――上司が『サザンX』と名付けた機体に尋ねる。
「まだ、お嬢さまは帰ってきていないのか?」
「……ウム」
サザンXが頷く。
「……ヒメハ、マダ、コウタノトコロダ」
「……くそ」
ゲイルはふらふら歩きながら、ドスンとベッドの縁に座った。
(あのお嬢さまは……)
ガシガシ、と頭をかく。
「なんでだよ!」
ゲイルは、ベッドの上でのたうち回る。
「なんで、よりにもよって《双金葬守》の弟に惚れるんだよ!」
ゲイルの上司は《九妖星》の一人だ。
しかも、偉大なる《黒陽》の血を引く唯一の令嬢でもある。
まさに《黒陽社》のサラブレッドである。
そんな血ゆえの業なのか、上司の破天荒さには、部下であるゲイルは、もう散々なまでに振り回されてきたものだ。
しかし、今回は本当に度を越していた。
『うむ! では、コウタに会ってくる! 今宵はたっぷり甘えてくるからの! しばらく帰らぬからそう思え!』
そう言って、上司は出て行った。
サザンXは手を振り、ゲイルはただただ唖然としていた。
「思いっ切り敵じゃねえか!? 最悪の敵の弟なんだぞ!? 何考えてんだよ! あのお嬢さまはッ!」
ゲイルは絶叫を上げた。
途端、胃が、ギリギリと痛み出す。
胃液を沸騰させて、ぐるぐるとかき混ぜられるような痛みだ。
「ぎゃああああッ!?」
ゲイルは、目を見開いて叫んだ。
そして、今にも倒れそうな勢いでトイレに駆け込んだ。
バタンッとドアが閉まり、悲痛な声がトイレ内から聞こえてくる。
「た、助けて、誰か、助けてくれェ……」
ゲイルは、決して無能な人間ではなかった。
むしろ、支部長の補佐を担うのだから優秀なのだろう。
ただ、不運においては並ぶ者がいない。
それが、ゲイルという男なのだ。
「……部署を、部署を変えてくれえェ……」
切なる願いが、トイレから響く。
しかし、それを聞き届けてくる者は、トイレにはいなかった。
「……ムウ」
機械であるサザンXが、憐れむような声で呟いた。
「……シヌナ。ゲイル」
それから、部屋のドアに向かう。
「……シカタガナイ。ヒメヲ、ムカエニイクカ」
意外と同僚思いのサザンXだった。
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