第273話 白金の風③
「要は、あれがお嬢の特性ってことなのか」
と、ジェイクがあごに手を置いて言う。
そこは、王城の渡り廊下。
コウタとジェイクは、並んで歩いていた。
「うん。メルもそう言ってた」
コウタは頷く。
「今の《
――バディ特性。
メルティアは、不本意そうにそう語っていた。
コウタとの相乗り権を解放することにも不満はあるが、ただ開放するだけということにも技術者として気に入らなかったらしい。
『全員が同じ結果というのは気に入りません。特性を付けることにします』
メルティアはそう言って、《ディノス》を改造した。
「特性自体は一度乗ってみないと分からないんだって。例えば、メルなら形態は『炎』。色は『真紅』。能力は『出力重視型』になるんだ。今までの《ディノス》だね。そしてリーゼの場合は――」
コウタは先程の模擬戦を思い出す。
圧倒的な速度を以て、翻弄した戦いを。
「形態は『風』。色は『白金』。能力は『速度重視型』になるみたいだ」
「ふ~ん」
ジェイクは、ふと思い浮かべる。
二人の少女の、その容姿を。
(『出力』に『速度』か)
メルティアと、リーゼの、特に胸部を思い浮かべる。
とても、腑に落ちた。
「……ジェイク? どうしたのさ?」
コウタが首を傾げる。
「……いや。何でもねえさ」
ジェイクは、遠い目をして答えた。
続けて「それよりも」と話を変える。
彼の顔は、真剣なものに変わった。
「マジで、あの嬢ちゃんがここに来てんのか?」
「……うん」
コウタは頷く。
「昨日いきなり現れて。今は部屋にいるよ」
ジェイクは「うわあ」と額に手を当てた。
「それってマズイだろ。あの嬢ちゃん、《九妖星》なんだろ?」
――リノ=エヴァンシード。
ジェイクは会話する機会はなかったが、コウタから彼女のことは聞いていた。
「お前の兄ちゃん、《七星》なんだぞ。弟のお前が《九妖星》を匿ってどうすんだよ」
「う、うん。分かっているけど」
コウタは小さく嘆息した。
「それでも、ボクはリノを見捨てられないよ」
兄に限らず、コウタも《九妖星》とは因縁がある。
その内の一人は、父を殺し、故郷を滅ぼした仇でもある。
だが、それでもコウタにとってリノは特別だった。
彼女は、すでに失いたくない存在になっていた。
「ジェイク。相談があるんだ」
コウタは、ジェイクに言う。
「ボクにとって、リノはもう大切な人なんだ。たとえ彼女が《九妖星》であっても、ボクは彼女の手を離したくない。彼女を日の当たる場所に連れていきたいんだ」
「……そうか」
ジェイクは目を細める。
「本気なんだな」
「うん。本気だよ」
コウタは真剣な顔で頷く。
「ボクは彼女を表の世界に連れていく。だから相談したいんだ」
「……しょうがねえな」
ジェイクは、ドンっと自分の胸板を叩いた。
「任せな。相談ぐらい乗ってやるぜ」
ニカっと笑う。
「うん。ありがとう。それでね」
コウタは言う。
「ボクは何をすればいいんだろう?」
「…………おい」
「まったく分からないや。ははは」
「『ははは』じゃねえよ!」
ジェイクは、呆れ果てた。
「おい、コウタ。お前、まさかのノープランか?」
「う、うん」
コウタは、肩を落として頷く。
「だからジェイクに相談しているんだ」
「……お前、オレッちには、どんな無茶振りしてもいいと思ってねえか?」
「む、無茶なのは、分かっているよ」
コウタは頬を引きつらせた。
「けど、こんなこと、他の人には相談できないし、兄さんになんて、伝えるのもどうすればいいか分からないぐらいだし」
「……まあ、そうだよな」
ジェイクは足を止めて、両腕を組んだ。
「言わば、天敵同士だもんな」
「うん、けどリノは……」
そこで、コウタも足を止めて深々と溜息をついた。
「兄さんに、挨拶がしたいなんて言い出すし」
「……色々詰んでねえか? それ」
「………う」
コウタは呻くことしかできない。
「仕方がねえな」
ジェイクは、ボリボリと頭をかいた。
「対応は、まず嬢ちゃんと話しながら決めようぜ」
「……うん。そうだね」
コウタは溜息をつきつつも、再び歩き出した。
そうこうしている内に、コウタ達は目的の部屋に辿り着いた。
ルカが用意してくれた個室だ。
「ここに嬢ちゃんがいるのか?」
「うん」
コウタは頷くと、コンコンとノックをした。
続けて、「リノ。ボクだよ」と声をかける。が、
「………?」
返事がない。
コウタは疑問に思いつつも、ドアノブに手をやった。
かちゃり、とノブが回る。
「……鍵をかけてねえのか?」
「いや、ボクが出る時は念のためにかけておいてってお願いしたんだけど」
何やら不安を感じながら、コウタはドアを開けた。
そして、恐る恐る部屋の中を覗き込む。
王城に相応しい、バルコニーまである広い部屋。
けれど、
「………え」
目を丸くするコウタ。
そこには、誰もいなかった。
リノの姿が、どこにもなかったのだ。
「ええっ!? どういうこと!?」
コウタは、慌てて室内に入る。ジェイクも後に続いた。
「リノ! どこにいるの!」
一応、ベッドのシーツとかもどけるが、彼女の姿はない。
コウタは青ざめた。
「ま、まさか誘拐?」
「いやいや、《九妖星》を誘拐できる奴って何なんだよ」
ジェイクは呆れつつも、バルコニーに向かった。
窓が開いている。そして手摺まで近づいて下を見る。
この部屋は三階にある。
普通ならば、とても降りられる高さではないが……。
「……こっから、出て行ったんじゃないか?」
何となく確信して、ジェイクが言った。
コウタが、さらに青ざめる。
そして、手摺まで駆け寄り、
「リ、リノ―――ッ!」
コウタの絶叫が、バルコニーから外に向けて放たれるのであった。
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