第二章 再会と、新たなる出会い

第238話 再会と、新たなる出会い①

「……凄い。まるで大陸みたいだ」


 船首にて、コウタが呟く。

 遠方には陸地が見える。アティス王国があるグラム島だ。

 ただ、その姿は、島とは思えないほどの巨大さだ。

 王国の港も目視できる位置。

 もうじき到着する場所とはいえ、島の端が確認できないのだ。


『この島は、セラ大陸全土でも最大級の大きさを持っているそうです』


 と、着装型鎧機兵パワード・ゴーレムを着込んだメルティアが、教えてくれる。

 二人は並んで立っていた。

 元々、メルティアが港方面を眺めているところに、コウタがやって来たのだ。


「そっか」


 コウタは目を細めた。

 続けて、微かに様子が窺える港方面に目をやった。

 さらに奥に目をやると、高台に、白亜の王城があるのが確認できる。


「あそこが、ルカの実家になるのかな?」


『そうですね』


 メルティアの愛弟子。ルカはアティス王国の第一王女だ。

 ゆえに、あの王城に住んでいる可能性は高い。


「本当に王女さまなんだと実感してきたよ」


 そんな風に、コウタが小市民的に呟く。


『そうですね。私にしてもリーゼにしても、流石にお城に住む経験はありません』


 メルティアも、着装型鎧機兵パワード・ゴーレムの中で苦笑を零した。

 が、すぐに遠い目をして。


『それより私はあの子が恋を知ったことに驚きました。しかも相手が……』


「……う」


 コウタが、頬を引きつらせる。

 思いがけない形で知ることになったルカの恋。

 その相手は、コウタにとっては想定外の人物だった。


「そ、それって本当のことなのかな?」


 微妙すぎる心情で、コウタが尋ねる。と、メルティアはクスッと笑った。


『まだ確認はできていませんが、恐らく真実だと思います。話を聞いている限り、ルカの好みのタイプのようですから』


「う、うん……」


 ますますもって強張った顔をするコウタ。

 そんな感じで幼馴染達が会話をしていると、続々と友人達がサックを持って船室から甲板へと集まってきた。ゴーレム達もそれぞれ、アイリ、メルティア、リーゼのサックを頭上に掲げて現れる。少しばかり手間取っているのか、まだ甲板にいないのは、ミランシャとシャルロットだけだった。


「もうじきだな」


 サックをドスンと甲板に置き、ジェイクが言う。


「うん。そうだね」とコウタが答えた。


 そうこうしている内に、船は汽笛を鳴らした。

 ゆっくりと港に入り、速度を落とす。鉄甲船は着港した。

 船員達が、港へ向けて桟橋を下ろす。


「……ウム! ユクゾ! 弟タチヨ!」


「……ラジャ!」「……シュツジンデ、ゴザル!」


 途端、駆け出したのはゴーレム達だ。

 それぞれ、サックを頭上に抱えたまま、零号を筆頭に桟橋を降りていく。


「ふふ、相変わらず彼らは元気ですわね」


 桟橋の近くにいたリーゼが、微笑む。

 が、すぐに眉根を寄せた。港から『ドドーン!』という音が聞こえてきたからだ。


「??? 何の音ですの?」


 小首を傾げて、リーゼは桟橋を降りていった。

 ジェイクと、たまたま彼の横にいたアイリが顔を見合わせた。


「オレっち達も行くか」


「……うん」


 言って、二人も桟橋を降りていく。

 コウタもサックを背負って続こうとしたが、ふと足を止める。

 メルティアが、石像のように固まっていたからだ。


「……メル?」


 コウタが声を掛けると、メルティアは『は、はい!』と背筋を伸ばした。


「やっぱり、緊張してるの?」


『は、はい』


 メルティアは、素直に答えた。


『お、お義兄様との対面もありますが、やはり見知らぬ国ですから』


 彼女の声には、明らかな怯えがあった。

 今、この場には、コウタと彼女の姿しかいない。

 だからこその不安の吐露だ。


『少し……怖いです』


「……そっか」


 コウタは、瞳を優しく細めた。

 皇国への旅もそうだったが、今回の旅でもメルティアは相当無理をしている。

 それも、すべてコウタのためにだ。


「……メル」


 コウタは、サックを一旦その場に降ろした。

 そして再度周囲に人がいないことを確認してから、息を大きく吸い、


「降りられる? メル」


 メルティアに向けて、両手を広げる。


『……コウタ』


 メルティアは少し躊躇いながらも、身に纏う着装型鎧機兵パワード・ゴーレムを解除した。

 プシュウ、と音を立てて、胸部装甲が上にあがる。

 続けて中から出て来たのは、一人の少女だ。

 歳の頃は十五、六。

 ネコ耳を持つ、うなじ辺りまである紫銀色の髪に、金色の瞳。年齢離れした抜群のプロポーションの上には、白いブラウスと黒いタイトパンツを着込んでいる。

 神秘性さえ宿す少女。メルティア=アシュレイの『本体』である。

 彼女は、おずおずとコウタに手を伸ばした。

 コウタはその手を取ると、彼女をゆっくりと甲板に導いた。

 そして、


「ごめん。メル」


 有無を言わさないぐらいに、強く彼女を抱きしめる。


「結局、今回の旅って全部ボクの都合だ。君を振り回してしまった」


 本来、メルティアは旅を嫌う。極度の対人恐怖症なのだ。

 そんな彼女を、海外にまで連れ回してしまった。


「本当に、ごめん」


「……気にしないで下さい。コウタ」


 メルティアは微笑む。


「今回の件は、私にとっても、とても重要なことですから。それに、思いがけないルカとの再会も叶います」


 言って、コウタの背中に手を回した。


「私にはコウタがいます。だから、ブレイブ値は消耗しても尽きることはありません。足りない時は、こうして補充してもらってますから」


「……メル」


 コウタは、より強くメルティアを抱きしめた。

 愛おしさが溢れてくる。

 肩を掴む手も。腰に回した腕も。二度と離さないとばかりに力を込める。

 一方、メルティアは気恥ずかしくなった。


「コ、コウタ。そろそろ大丈夫です」


「あ、う、うん」


 そう告げられ、ようやくコウタはメルティアを離した。

 互いの視線が重なる。二人の顔は真っ赤だった。


「そ、それじゃあ私は先に行きます」


 言って、メルティアは、そそくさと着装型鎧機兵パワード・ゴーレムに乗り込んだ。

 続けて、ズンズン、と足音を響かせて桟橋に向かっていく。心なしか少し早足だ。

 コウタは、そんな彼女の後ろ姿を見つめていた。

 そうして、


「……はぁ」


 深く嘆息する。


「ダメだな。ボクって」


 再び嘆息。どうも最近、自分の方から、メルティアを抱きしめることが多くなってきている気がする。

 理由は分かりきっている。愛おしいからだ。

 メルティアが、どうしようもなく愛しいからだ。

 情けないことに、今の抱擁も、メルティアを勇気づけるよりも、自分が愛しいと思ったからという要因の方が強かった。


「もっと自制しないと」


 コウタは思う。

 メルティアが可愛いのは、世界の理だ。

 だからこそ、自分が愛しさを抱くのは当然だ。

 だが、同時に、わずかなりとも邪な想いを抱くのも必然なのである。

 自分も男なのだから。


「ダメだ! もっと気を引き締めて!」


 パン、と両頬を強く叩く。

 彼女は、自分の恩人の娘なのだ。

 そして彼女は幼馴染である自分を信じて、身体を預けてくれているのである。

 邪な気持ちを抱くなど、断じて間違っている。


「どうにかして抑えないと」


 コウタは、大きく息を吐き出した。

 しかし、本当に、どう対策すればいいのか……。

 ジェイクにまた相談すべきだろうか?

 コウタは眉根を寄せる。と、


「あ! そうだ!」


 不意に、名案が閃いた。


「この件も兄さんに相談すればいいんだ! うん! そうしよう!」


 親友以外にも頼れる人物はいる。

 経験豊富な兄ならば、きっと解決策を教えてくれるに違いない。


「うん。兄さんと話すことが一つ増えた」


 悩みが消えたように、コウタは晴れ晴れとした笑みを見せた。

 そして、サックを再び背負い、コウタも歩き出す。


「じゃあ今行くよ! 兄さん!」


 兄が待つ異国の地へと。

 なお、この件について、コウタの兄がどんな顔をするのか――。

 それは、まだ誰も知らないことである。

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