第219話 蘇る過去②
夢を見た。
燃え盛る炎の日の夢を。
家が燃え、空に火の粉が散り、黒い巨人達が闊歩する。
頭を強く打ったせいか、朦朧とした様子でコウタはその光景を見つめていた。
「……大丈夫か、コウタ?」
すると、声を掛けられた。
コウタを抱き上げて走る男性。
コウタにとっては母の弟になる人物。コジロウ叔父さんだ。
大らかな性格をしている人で父とも仲が良い。よく夕食などを共にした人だ。
だが、普段は気さくな叔父が、今は別人のように深刻な表情をしていた。
ギュッ、と幼いコウタを強く抱え直し、
「大丈夫だ。叔父さんが守ってやるからな」
自分に言い聞かせるように呟き、村の中を走り続ける。
目指す先は森の中だ。
木々に紛れて逃走する。しかしその目論見は甘かったようだ。
「――くそッ!」
叔父が舌打ちする。
森の手間。そこには数機の鎧機兵の姿があった。
ここを突破するのは不可能だ。コジロウは反転した――が、
「――ッ!?」
驚愕で目を剥く。
そこには、長剣を振りかざした黒い鎧機兵がいたのだ。
巨人の刃はコウタ達を狙っていた。咄嗟にコジロウはコウタを庇うが、その程度でこの一撃を凌ぐことなど出来ない。コジロウは死を覚悟した。
――が、その時だった。
「――させるか!」
――ドンッ!
鋼の拳が黒い機体の胴体に直撃した。
グラリと揺れる敵の鎧機兵。
「大丈夫か! コウタ! コジロウ!」
そう告げるのは助けてくれた鎧機兵の操手。
装甲のない農作業用鎧機兵に乗ったコウタの父だった。
「ここは俺がどうにかする! 二人は早く逃げるんだ!」
言って、強く操縦棍を握りしめる。
農作業用の機体と戦闘用ではスペックの差は歴然だ。事実、攻撃を受けた敵の鎧機兵もほとんど損傷もなく、すでに体勢を立て直していた。
その上、森の手間を見張っていた鎧機兵も一機、こちらに向かってきている。
「……コウタを頼んだぞ。コジロウ」
「……ああ。分かったよ。兄貴」
こくん、と頷き合う義兄弟。幼いコウタには分からなかったが、これが二人の今生の別れを覚悟した会話だった。
コジロウは背中を向けて走り出した。目的の場所は村の奥。逃走が不可能なら助かる方法はもう一つしかない。火の粉をかわしながら走るコジロウ。あまり速度が出せず苛立ちを抱く。コウタは叔父に抱えられたまま、残った父の姿を凝視していた。
恐らく、父には戦闘の才があったのだろう。
圧倒的に劣る機体で奮戦していた。四肢を剣で削られながらも、どうにか一機を沈黙させたのだ。残り一機と対峙する父の鎧機兵。すると――。
『……これはお前を褒めるべきか。それとも部下の不甲斐なさを嘆くべきか』
――ズズン、と。
重い足音を響かせ、さらに一機の鎧機兵が姿を現わした。
――それは異質な鎧機兵だった。
全高は四セージル級の大型。全身の色は深緑色。
両脇辺りから白い長大な牙がのびた重装甲の鎧を纏っている。下半身の足には足首がなく、地面に刻まれる足跡は円に近かった。竜尾の先には巨大な突起物。手に持つのは長大な突撃槍。無数の棘を纏う針葉の大樹を彷彿させるような槍だ。
『さて』
深緑色の鎧機兵は父を一瞥した。
『そんな玩具で俺の部下を倒すか。やはりここは褒めるべきだな』
「……別にそんな賞賛が欲しい訳じゃない」
父は、敵を睨み付ける。
すると、深緑の鎧機兵の操手はますます父に興味を持ったようだ。
『中々の殺気だ。とても村人とは思えんぞ。どうだ? 大人しく投降するのならお前だけは助けてやるぞ。鍛えればそこそこ使えそうだしな』
「……ふん。誰がそんな話に乗るかよ。クズ野郎どもが。そもそも俺みたいなおっさんをスカウトでもする気か?」
『俺から見ればお前ぐらいの歳ではまだまだ若造の部類なんでな。だからこそ声を掛けてみたのだが、まあいいさ』
深緑の鎧機兵は槍の穂先を父に向けた。
『所詮はただの気まぐれだ。お前は邪魔なので始末するぞ』
「…………」
父は無言で自分の機体を身構えさせた。
対峙する二機。
――が、沈黙は長くは続かず、決着は一瞬だった。
ほんの一瞬で。
父の体は、深緑の槍に貫かれていた。
そして次の瞬間には槍の穂先が開き、鞭がしなるように回転する。無数の棘に切り刻まれ、父の体は乗っていた鎧機兵ごと無残に四散した。
『お見事です』
深緑の機体の傍らに待機していた黒い鎧機兵がそう告げる。
コウタは叔父の服を強く握りしめながら、その光景を目に焼き付けた。
『村人相手に賞賛を受けてもな。それよりも、俺はそろそろ次の仕事に行く。ここの始末はお前達に任せたぞ』
『――はっ。了解しました』
そんなやり取りが聞こえてきた。
深緑の鎧機兵は、もう父を一瞥することもなかった。
「……コウタ」
その時、叔父は言った。
「お前だけは必ず守る。兄貴に誓って」
父の死を背負って、叔父はそう約束した。
事実、叔父は自分の命を捨ててまで、コウタを守り通したのだ。
幼いコウタは、遠ざかっていく深緑色の機体の背を凝視した。
もはや遠い記憶。
あの鎧機兵が何者だったのかは、未だ知ることもない。
だが、それでもコウタは今も憶えている。
村を焼き、父を殺した、あの鎧機兵の姿を――。
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