第220話 蘇る過去③

 ぱちり、と目を開ける。

 早朝。コウタはゆっくりと上半身を起こした。

 辺りを見渡す。とても広い部屋。柔らかなベッド。

 故郷にいた頃には全く縁がないはずの光景だ。


「………ふう」


 コウタは小さく嘆息した。

 バルコニーから差し込む朝日は心地よい。

 しかし、コウタの心は重かった。

 ここ数年では、ほとんど見ることがなくなっていた夢を見たからだ。

 どうして今さらあの夢を見るのか。

 やはり、久々の祖国で少しばかり変調を起こしているのか。


 ――いや、そもそも故郷に寄った影響か。

 ジェシカと初めて出会った夜が、尾を引いているのかもしれない。


「ダメだな。しっかりしないと」


 言って、コウタは立ち上がった。

 過去を思い出すことは悪いとは思わない。

 しかし、それで落ち込んだりするのは問題だ。

 特にここは魔窟館ではない。

 ゴーレム達のサポートも万全ではない以上、気を抜けなかった。自分はいかなる心境であっても、メルティアを守らねばならないのだ。


「さて。今日も朝の訓練に行こうかな」


 コウタは素早く制服に着替えた。

 あの時は守られるだけだった。だが、今の自分は守る側の人間だ。

 わずかに暗い影を落としつつも、愛しい少女のためにコウタは部屋を出た。




「……ふう。どうにか復活です」


 コウタの起床より一時間後。

 ベッドの縁に腰を掛けたメルティアが、そう呟いた。

 珍しく今日はすんなりと目が覚めて、すでに服も白いブラウスに黒のタイトパンツという普段着に着替え終えている。

 後はコウタの到着を待つだけになっていた。


「……ウム。メルサマ復活」


「……ゲンキニナッテヨカッタ」


「……コウタモ、ギセイニナッタ、カイガアッタ」


 と、ゴーレム達も腕を上げて喜びを表す。ちなみにアイリはいない。彼女は昨晩だけは体調の悪いメルティアを気遣ってリーゼの部屋に泊まっている。


「……犠牲など言わないでください」


 メルティアは少しだけふて腐れて頬を膨らませた。

 前日。彼女はこれでもかとばかりにコウタに甘えた。

 本当に一日中部屋に籠ってべったりだったのだ。手はずっと繋ぎっぱなし。そして思い出したように定期的にブレイブ値の補充。

 離れていた時といえば、リーゼ達が手料理を持ってきてくれた時ぐらいだ。

 普段を超えるあまりの甘えっぷりに、徐々にコウタから感情が消え始めたので、零号達が「……イヤ、メルサマ。ソレグライニ」と流石に止めに入ったが、あのままでは今日は一緒に寝たいとまで要望しそうだった。


 ともあれ、そんなコウタの犠牲もあり、メルティアは本調子を取り戻していた。


「私としたことが、醜態を晒してしまいました」


 メルティアはパンッと自分の両頬を打った。


「今日は迷惑をかけないようにしなければ」


 今日の予定は、午前中は自由時間。午後から騎士団の訓練見学だった。

 訓練自体に興味はないが、騎士団の鎧機兵にはとても興味がある。

 何気に一番楽しみにしていた研修だ。


「今日は私が皆をサポートする番です」


 と、意気込んだ時だった。

 コンコンとドアがノックされる。


「あ、コウタ」


 メルティアは反射的に立ち上がった。この時間に訪れるのはコウタだけだ。

 入室を許可する前に自分でドアを開けた。

 と、ドアの前にいたのはやはりコウタだった。


「あ、メル。今日はもう起きてたんだ」


 にこやかに笑う少年。

 が、メルティアは少し違和感を覚えた。


「……コウタ。どうかしたのですか?」


「―――え」


 コウタは目をパチクリとさせた。


「いや、いつものように迎えに来たんだけど?」


「いえ、違います。その……」


 メルティアはコウタの手を取った。

 ここで立ち話するのも何なのでそのまま彼を部屋の中に誘う。


「コウタ。何かあったのですか?」


 メルティアは率直に聞いた。

 コウタは目を丸くする。


「いつもより沈んだ顔をしています。嫌なことがあったのですか?」


 コウタはメルティアの変調に鋭い。

 同時に、メルティアもまた、コウタの異変に敏感だった。

 ほんのわずかな陰りでも見落とすことなどなかった。


「……メル」


 コウタは苦笑した。

 幼馴染にはほとんど隠し事が出来ない。

 思い返せば、今までも昔の夢を見た時はいつもメルティアに見抜かれていた。


「ごめん。ちょっと昔の夢を見たんだ」


 と、コウタは素直に申告する。

 すると、メルティアは眉をひそめた。


「……夢を? もしかして故郷の夢ですか?」


「……うん。ちょっと今回は鮮明でさ。その、父さんが……」


 そこでコウタは言葉を噤んだ。

 それだけでメルティアはコウタの心情を察する。


(お父さまが亡くなった時のことを夢で見たのですね)


 コウタの過去は、ほとんど知っている。


 ――どれほど明るく振る舞っていても。

 ――すでに八年もの月日が経っているとしても。


 コウタは、故郷を失った日を決して忘れてなどいない。


「……コウタ」


 メルティアはコウタにそっと寄り添い、彼を抱きしめた。

 コウタは再び苦笑を零した。


「……メル。まだブレイブ値が足りないの?」


「これは違います。むしろ私があなたに注いでいるのです」


「………」


 メルティアの言葉にコウタは目を細めた。

 そして彼女の背中に手を回して強く抱きしめ返す。

 この確かな温もりがあるからこそ、コウタは今日まで生きて来られたのだ。

 彼女だけは絶対に失いたくなかった。

 二人はしばらくの間、心を繋ぐように抱擁していた。

 そして――。


「ありがとう。メル」


 コウタが彼女を離してそう告げた。

 メルティアはコウタの顔をじいっと見た。


「……まだ表情が硬いですね」


 先程よりは元気になっているのは分かるが本調子ではない。

 よほど鮮明な過去を見たのだろう。


(これはいけません)


 メルティアは覚悟を決める。

 昨日は散々甘えさせてもらった。だから今日は自分が無理をする番なのだ。


「コウタ」


 そうして、メルティアは真っ直ぐ少年を見つめた。

 幼馴染とはいえ、極上の美少女に正面から見つめられると流石に緊張する。特に彼女の金色の瞳は人を惹き付けてやまない。

 コウタが少し動揺しつつ「え? な、何かな? メル」と尋ねる。と、


「これから私とデートをしましょう。コウタ」


 一拍の間。


「―――――え?」


 唐突すぎるメルティアの宣言に、ただただ目を丸くするコウタであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る