第176話 そうして彼女達は出会った③
場所は移り、コウタ達のホテルの一室。
そこには今、ゴーレム三機を除くと総勢で八人もの人間がいた。
まずはコウタ達一行の六人。
椅子に座るコウタとシャルロット。壁に背中を預けて腕を組むジェイク。アイリとリーゼはベッドの縁に並んで座っている。メルティアは
そして、それに相対するのはミランシャ一行の二人だ。
ミランシャは、シャルロットと対峙するように椅子に座って足を組んでいる。バルカスはそんな彼女の後ろに控えていた。
ちなみにルクスと傷持ち男はいない。
彼らは大通りでの騒動を聞きつけてやって来た衛兵達に連れて行かれてしまった。面倒になったミランシャが、二人に事情説明を押しつけたのだ。「上手く誤魔化してね」と、手を振るミランシャに絶望的な顔を見せる二人の様子は哀れだった。
静まりかえる室内。コウタ達はずっと沈黙していた。
特にミランシャとシャルロットは部屋に入ってから睨み合ったままだった。
「……あの、ミランシャさん」
長い沈黙を破り、コウタが口を開いた。
すでに互いの自己紹介だけは終えていた。
「その、ミランシャさんはやっぱりアルフの?」
「ええ。実の姉よ」ミランシャはコウタを見て頷く。「あなた達のことはアルフから聞いたから。とても面白そうな子達みたいだから迎えに来たんだけど……」
そこで、シャルロットを再び見据えた。
無表情のメイドさんの顔をまじまじと窺い、それから豊かな胸、細い腰、すらりとした四肢へと順に目をやり、渋面を浮かべる。
「……ベッグ」
それから後ろに控えるバルカスの名を呼ぶ。
「あなたはこのメイドさんと知り合いなのよね? どういう知り合いなの?」
「そ、それは……」
バルカスは言葉を詰まらせた。
次いでシャルロットに困惑した視線を送る。と、
「どうぞバルカスさん。隠すことでもありませんし」
シャルロットは表情も変えずにそう告げてきた。
「お、おう」
バルカスは頷く。
「スコラ嬢ちゃんと出会ったのは五年ぐらい前っすかね。場所は、確かサザンの傭兵ギルドだったか。そん時はまだ俺は傭兵だったんすけど、結果から言うと、俺とスコラ嬢ちゃんはそこで決闘することになったんすよ」
「……え? どうしてメイドと傭兵が決闘になるんですか?」
コウタが本気で理解できない顔を見せた。
「色々あったんだよ」バルカスはボリボリと頭をかいた。
「俺もちょいと意地になってな。で、決闘自体は俺の勝ちだったんだが……」
「……あれは不覚でした」
シャルロットが嘆息する。
「敗北した私は、その場で気絶してしまったのです。そしてバルカスさんはそんな私を戦利品として持ち帰ろうとしたそうです」
「「「『………………』」」」
シャルロットの補足に女性陣全員が冷たい眼差しを顎髭男に向けた。
ちなみにジェイクの額には青筋が立っていた。
「それは流石に犯罪では? どこの蛮族ですか」
と、コウタが呆れた様子で告げる。バルカスはポリポリと頬をかいた。
「いや傭兵には稀にいるぞ。そういう連中。けどまあ、あん時は……」
そこでバルカスは自分の頬を押さえた。
「結局、俺は嬢ちゃんに手を出してねえよ。あの後、旦那が――俺の部隊の隊長が偶然やって来てな。人がいい旦那としては見過ごせねえって話になって、まあ、ボロクズみてえにぶっ飛ばされちまったんだよ。嬢ちゃんはそのまま旦那が連れてっちまった」
「……あなた、『彼』と喧嘩したの?」
ミランシャが呆れたように目を丸くした。
「よく生きてるわね。驚きだわ」
「俺もそう思うっすよ。あの人はマジで化けモンすから」
と、バルカスが腕を組んでしみじみと言う。
「けど、これで合点がいったわ」
少しだけホッとした表情を浮かべて、ミランシャは微笑んだ。
「あなたがあんな過激な発言をするからすっかり誤解しちゃったじゃない。要はシャルロットさんをただ助けてあげただけってことなんでしょう? まあ、あのアシュ君が女の子をお持ち帰りなんてする訳がないものね」
と、納得する彼女だったが、バルカスはまたしても迂闊な台詞を口走った。
「いや、そうなんすかね?」
次いでシャルロットを見やる。
「俺らとしちゃあ、スコラ嬢ちゃんはお持ち帰りされたあの日のうちに旦那の『女』になったとばかり思ってたんだが。だってよ、次に会ったのは二日後ぐらいだったか? そん時にはもう嬢ちゃんは旦那にデレデレだったろ? 髪とかも撫でてもらってたし。ありゃあもう完全に事後だなって皆して言ってたんだが……」
「「「「…………………え」」」」
バルカスの台詞にミランシャのみならず、全員が唖然とした声を上げた。
そして唯一、声を上げなかったシャルロットは、
「バ、バルカスさん……っ」
顔を真っ赤にして動揺していた。
そして両手でスカートの裾をギュッと掴むと、
「い、色々とあったのです。か、『彼』とは……本当に……」
消え入るような声でそう呟いた。
ミランシャは頬を引きつらせた。そして「まあ、シャルロット」『お、大人のやり取りですか?』「……先生、可愛い」と少女達は色めき立つ。
「――ぐはっ!?」
一方、その傍らで精神を削られ続けるのはジェイクである。
俯いて恥ずかしがるシャルロットの姿は貴重であり、同時に愛らしい。
だがしかし、それは別の男に向けた仕草なのだ。いかに常にポジティブシンキングなジェイクであっても、そのダメージは計り知れない。
そんな彼の心情に気付いたのは、コウタとゴーレム達だけだった。
「……ヌウ。イトアワレ」「……キズハアサイ」「……サスガニ、カワイソウ」
と、ゴーレム達が同情する中、
(や、やめて、シャルロットさん、もうやめてください!)
コウタはどんどん青ざめていた。
(死んでしまうから! ジェイクが死んでしまうから!)
親友に襲い掛かるあまりにもむごい現実に涙する。
未だ名も知らないシャルロットの想い人は、本当に彼女に愛されているようだ。
色々な思惑が渦巻く室内に沈黙が降りた。
すると、
「……まあ、いいわ」
じっとシャルロットを見つめていたミランシャが不意に嘆息した。
「あなたとは二人の時にゆっくりとお話をしましょう」
この問題は根深く、簡単には解決しない。
この話は一旦終わりにし、
「けど、それにしてもベッグ」
そこで、ミランシャは振り向いてバルカスに目をやった。
「あなたも大抵無茶苦茶よね。五年前なら奥さん達ってすでにあなたの傭兵団にいたんでしょう? よく他の女に手を出す気になったわよね」
「ま、まあ、その頃はあいつの縛りもまだ緩かったんで。それにそん時はまだ二人は揃ってねえっすよ。あいつらが揃うのは嬢ちゃんとの出会いより少し後っすから」
言ってバルカスは気まずそうに頭をかいた。
するとシャルロットは目を丸くした。
「奥さん? もしかして結婚されたのですか? 相手はやはり同じ傭兵団の……」
「おうよ」バルカスは二カッと笑った。「一年前にな」
その台詞に、ミランシャとシャルロット以外は少なからず驚いた。
目の前の大男が、とても結婚に向いているとは思えなかったからだ。
しかしシャルロットは構わず話を続ける。
「それはおめでとうございます」
「おう。ありがとよ。実は子供も生まれるんだ」
「まあ!」
ポンと手を叩くシャルロット。
「おめでとうございます。初めてのお子さんですか?」
「おうよ!」バルカスはデレデレと表情を崩した。「ようやく授かってな。これで俺の一家も三人から四人になるって訳さ」
「……え? 四人って?」
バルカスとシャルロットの会話にアイリが小首を傾げた。
「……初めての子供なのにどうして四人になるの?」
「あら、確かにそうですわね」
リーゼも首を傾げる。
すると、バルカスは少し気まずそうな顔をした。
その表情を見て、シャルロットは「あ」と呟いた。
「もしかしてバルカスさん。あなた……」
「お、おう」さらに気まずそうに身を縮ませるバルカス。
その時、「あはは」とミランシャが苦笑を零した。
次いでおもむろに立ち上がるとバルカスの横に移動し、バンと大男の背中を叩いた。
「こいつね。実は奥さんが二人いるのよ」
一拍の間。
コウタ達はキョトンとした表情を見せた。
――が、すぐに、
「「「『――――はあっ!?』」」」
全員揃って目を剥いた。
「確かエリーズ国でもそうだったと思うけど、皇国って戦乱時代からの名残で一夫多妻制が認められてるのよ。その二人って元々はこいつの傭兵団の団員なんだって。しかも二人とも結構美人な上にこいつよりも凄く若いのよ。一人は十三歳下。もう一人に至っては十九歳も下よ。凄いでしょう。ちなみに今回妊娠したのは年上の方」
「「「『――――ええっ!?』」」」
再び愕然とするコウタ達。
ミランシャは苦笑したまま肩を竦めた。
「別に恋愛は自由だけど、こいつって本当に最悪でしょう。たった二人しかいない女性団員の両方に手を出したって訳よ」
「いえ、それは違います。ミランシャさま」
と、ミランシャの意見を否定したのはシャルロットだった。
彼女はバルカスを一瞥してから淡々と告げる。
「二人とも手を出されたのは団員になる前だと言っていました。この山賊はしっかりと彼女達を自分のものにしてから手元に置いたそうです」
「うわあ、それは初耳だわ」
ミランシャは何とも言えない顔をした。
バルカスとしては肩身が狭くなるばかりだ。
少々大人な会話に、リーゼとメルティアは頬を赤く染めて沈黙し、コウタとジェイクは何故か気まずげな様子でいた。
「まあ、いいわ」
その時、ミランシャが話題を変えた。
「こいつがゲスなのは今さらだし。それよりも」
彼女はコウタ達を見つめた。
特にベッドに座るリーゼと、鎧を纏うメルティアを。
「改めまして。アタシの名はミランシャ=ハウル。ハウル公爵家の長女です」
一拍おいて、
「弟の招待を受けてくださり、皆さまには本当に感謝します。公爵家同士の友好は、両国の素晴らしい架け橋になることでしょう」
そこで一礼する。彼女もまた公爵令嬢だけあって実に優雅な礼だった。
が、それも束の間のことだった。
「けど、堅苦しい挨拶はここまでにしようね。別に公の場でないし」
と、ネコのようにころころと表情を変えて言う。
「正直興味津々だったのよ。あの子がビックリするって言うような子達ってどんな子なのかなって。ただ、その前に別件でビックリもしたけど」
言ってシャルロットに目をやる。
それに対し、シャルロットは苦笑した。
「アタシ個人としては、とてもとても気になることなんだけど、ともあれ、こうして無事出会えたからには!」
一呼吸入れて、彼女は親指を立てる。
そして二コッと笑い、
「ここから先はアタシが皇国まで案内してあげるわ! 任せてね!」
一方的に、そう宣言してくる。
バルカスは心底疲れた様子で溜息をついていた。
コウタ達は苦笑いを浮かべていたが、そんな中、アイリだけはバルカスを見つめ、
「……うん。なるほど。愛人じゃなくても、そんなのもアリなんだ」
ベッドから立ち上がると、トコトコとコウタの傍に寄った。
そして、
「……参考にしていいよ。コウタも頑張って」
「えっ? 何を?」
――かくして。
赤毛の美女と、虎のような大男。
グレイシア皇国への道程に、奇妙な同行者達が増えることになったのである。
「よろしくね! みんな!」
実に溌剌とした、元気な掛け声と共に。
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