第175話 そうして彼女達は出会った②

 数瞬の沈黙を経て。


「……え」


 唖然とした声を上げたのはコウタだった。


「あの? シャルロットさん?」


 困惑した様子で尋ねる。


「この人ってお知り合いなんですか?」


「ええ。まあ一応」


 シャルロットは答える。


「以前知り合った傭兵です。名はバルカスさんと仰います。《猛虎団》という十人規模の傭兵団の団長を務める人でしたが……」


 そこでベッグ――バルカスを一瞥し、


「傭兵は辞められたのですか?」


「い、いや、まあ、傭兵を辞めたのは事実だが」


 と、バルカスが呻く。正直バルカスは混乱していた。

 まさか、こんなところで知り合いに出くわすとは夢にも思っていなかったのだ。


「……シャルロットの知人ですか」


 一方、リーゼは眉をひそめていた。

 こんな粗暴な男がシャルロットの知り合いとは、にわかに信じがたい。

 するとシャルロットは溜息をつき、


「よもや山賊に身を落としていようとは。まあ、いつかはそうなるような気もしていましたが、案の定です」


「いや!? そりゃあねえよ嬢ちゃん!?」


 バルカスが愕然とした顔で反論する。


「俺は山賊じゃねえからな!? これには訳があんだよ!」


「そこまで見事に山賊ルックを極めておいてよく言えます」


 シャルロットはバルカスの言い訳には耳を貸さなかった。

 そして冷め切った眼差しで告げる。


「かつてあなたが私を手籠めにしようとしたことは忘れていませんよ」


「「――はあっ!?」」


 シャルロットの台詞に声を上げたのは、ジェイクとリーゼだった。

 二人とも額に青筋を立てている。

 その傍らでアイリは「……おお、修羅場」と両腕をグッと握りしめ、メルティアはおどおどとした様子で『お、大人の会話ですか?』と呟いていた。


「……隊長代理」


 額に傷を持つ男が眉をしかめて尋ねる。


「あんた、あのメイドさんに何やったんだよ?」


「何もしてねえよ!? いや、確かに決闘もどきはしたし、その、勝ったから俺の女にする的な台詞も吐いたが……」


「……おい。コウタ」


 その時、ジェイクが肩を回しながら中央に躍り出た。


「代われ。そのおっさんはオレっちがぶち殺す」


「あ、うん。分かった」


 と、あっさりと選手交代をするコウタ。

 ジェイクの気持ちはよく分かる。

 コウタも以前にメルティアを情婦にすると宣言した男にキレたことがあるから。


「覚悟しな、おっさん」


「お、おい、待て! ガキンチョ!」


 両手を前に突き出し、制止させようとするバルカス。

 が、怒り心頭なジェイクが止まるはずもない。


「おい! ルクス!」


 そこでバルカスは優男――傭兵時代からの仲間であるルクスに助けを求めた。


「状況が変わっちまった! お前からも説明してくれよ!」


「え、えっと、なんて説明すればいいんですか?」


 と、ルクスが困惑した顔で尋ねる。

 すると、シャルロットが目を丸くした。


「あら。ルクス君ですか。お久しぶりですね」


「あ、お久しぶりです。スコラさん」


 言って、ルクスはペコペコとシャルロットに頭を下げた。

 彼もまた、シャルロットとは顔見知りだった。


「ダメですよ」


 シャルロットはお姉さん顔で年下であるルクスを叱る。


「いくら団長であっても悪いことに付き合っては」


「はあ、そうですね。ダメな人ですよね」


 ルクスは困り顔で頷いた。


「なに言ってんだよお前!?」


 バルカスはツッコんだ。唯一当時を知る人間は全く使えなかった。


(ヤ、ヤベ……)


 目の前の巨漢の少年は、もう殺る気満々である。

 別に負けるとは思わないが、周辺を囲む野次馬達から「あの山賊、メイドさんを手籠めにしたらしい」「最悪だ。あんな美人を」「通報しようぜ」という声が聞こえてくる。

 このままでは勝っても負けても犯罪者として捕まりそうだった。


「自首した方がいいっす。隊長代理」


 挙句、仲間であるはずの傷持ち男までそんなことを言う。

 流石にバルカスの額にも青筋が立った。


「うっせえよ! どいつもこいつもふざけんな! 俺がスコラ嬢ちゃんに手を出す訳ねえだろうが! そもそもだ!」


 そこで思わず彼は叫ぶのだった。


「この嬢ちゃんを最終的にお持ち帰りしたのは俺じゃなくて旦那なんだよ! ぶっちゃけるとスコラ嬢ちゃんは旦那の『女』なんだよ! 手ェなんか出せるか!」


 シン……とする。

 数秒の間が開いた。そして、

 ――ボッと。

 突然、シャルロットの顔が紅く染まった。


「え?」リーゼが唖然と呟く。「シャルロット?」


 すると、シャルロットは両手で顔を隠して震えだしてしまった。耳まで真っ赤で時折、「……は、はう」と小さな吐息を零して首を振っていた。

 あまりに乙女チックな仕草に観衆達からは「おお……」「可愛いぞメイドさん」と、興奮気味の声が上がる。アイリ、メルティアは興味津々にシャルロットを見つめて、コウタとジェイクは呆然と彼女の様子に見入っていた。


 しかしその傍らで、バルカスの方は青ざめていた。

 それは事情を知るルクスも同様だ。


 ――なんてことを。

 今の発言は、あまりにも軽率すぎる……。




「………ベッグ」




 その時、冷たい声がした。

 途端、空気が張り詰め、人垣がズザザと割れた。

 途方もない圧力に、思わず野次馬達が緊急退避したのだ。

 そして――。


「ねえ、ベッグ」


 耳に届く優しげな声。

 バルカスは静かに喉を鳴らした。


「あ、姐さん……」


 恐る恐る振り向くと、赤毛の『女王』がそこにいた。


 ――ミランシャ=ハウル。


 皇国が誇る大貴族。ハウル公爵家の長女。

 バルカスが絶対に逆らわないと決めている相手だ。

 そして彼女は命じた。


「今の台詞はどういう意味なのかしら? 教えてくれるわよね。ベッグ」

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