第167話 月下の出会い③
コウタ達の旅は順調に進んでいた。
サザンを越えて、森の街道を進むことおよそ八時間。
夜の八時を過ぎた頃。彼らは街道沿いにある旅人用のコテージ群に到着した。
今日の移動はここまでだ。多くの馬車が停車し、中々の盛況ぶりを見せるコテージ群の一つを借りて、コウタ達は休息を取ることにした。
そして女性陣、コウタとジェイクと零号達は各自の部屋へ。御者の男性は一礼をし、使用人達が集まるコテージへと移動した。
「ここのコテージを借りるのは初めてですが、他の地域と似た造りなのですね」
と、リーゼが呟く。
豪華ではないが、シャワールームなどの一通りの設備が完備されている一室。
しっかり整理整頓もされており、休息を取るには充分な施設だった。
『ようやく一息つけそうですね』
と、告げるのはメルティアだった。
ズシン、ズシンといつもネコ耳付き
次いでベッドの前に立つと、プシューと音を立てて前面部の装甲が開いた。
中から出てくるのは、これまたいつも通りのメルティアだ。
リーゼはふふっと笑う。
そう言えば、初めて彼女の『正体』を知った時もコテージでのことだった。
次いで小さなサックを背負うアイリにも目をやった。
アイリと親しくなったのもコテージでだ。
今となっては、遙か昔の出来事のようにも感じられた。
「お嬢さま」
その時、シャルロットが声をかけて荷物を机の上に置いた。
「皆さまも。今日はもう休むだけです。おくつろぎください」
「ええ。そうですわね」
リーゼは微笑む。
「ですが折角ですわ。コウタさま達も交えて談話でもしましょう」
言って、リーゼはドアへと向かう。彼女はこの旅で壮大な目的を掲げている。少しでも一緒にいて親密度を上げておきたいのだ。
「……うん。そうだね」
リーゼほどの目的は掲げていなくとも、気持ちはアイリも同じだ。
同意して早速部屋を出たリーゼの後に続く。シャルロット、メルティアもその後に続くのだが、ただメルティアだけは少し気まずそうな顔をしていた。
そうして数分もしない内に、四人はコウタ達の部屋に到着する。
ノックをした。
するとすぐにドアが開かれた。
開いたのは、腕をワイヤーで伸ばした零号だった。
「……ヨクゾキタ。乙女タチヨ」
と、零号は歓迎する。
リーゼは頬を綻ばせて零号を見た後、男性部屋の室内に目をやって――。
「……あら?」
パチパチと瞳を瞬かせた。
部屋の構造は女性部屋と同じだ。そこにゴーレム達もいる。
しかし、
「コウタさまはいらっしゃらないのですか?」
室内にいたのはゴーレム達と、ベッドの上で胡座をかくジェイクだけだった。
どこにもコウタの姿はない。
「コウタは野暮用だってよ」
ジェイクは少し神妙な顔でそう告げた。
リーゼが小首を傾げる。
「野暮用? どこかに行かれたのですか?」
「……リーゼ」
リーゼの問いかけに答えたのはメルティアだった。
「あまり深く訊かないで上げてください」
メルティアはわずかに視線を落として言葉を続けた。
「コウタは多分――……」
◆
夜の森の中を進む。
道はないが木々の間は広い。
月明かりも差し込んでいるので、視界も開けている。
(……本当に久しぶりだな)
静寂に包まれた森。
懐かしさで溢れたその森を、コウタは一人だけで歩いていた。
手には、サザンで購入した小さな花束を持っている。
(懐かしい)
この森に立ち入るのは、およそ八年ぶりのことだった。
(最後に訪れたのは、ご当主さまに連れられてきた時か)
あの日。故郷の様子を、どうしてもこの目で確認したいと無理を言って、連れてきてもらったのだ。結果としては絶望を抱くだけだったが。
あの日以降は勇気が出せず、ここには一度も訪れることはなかった。
ズキン、と胸が痛む。
歩くたびに胸の痛みは増していく。
そこにはもう何もない。
誰もいない。
友達も、親戚も。
父も、母も、兄も、義姉も。
それでも、もしかしたらと思ってしまう。
徐々に近付くその場所には今も村があって、そこには家族が待っていて……。
そんな幻想を抱いてしまう。
(……そんなことはあり得ないのに)
思わず自嘲の笑みを零す。
郷愁の森は、儚く淡い夢も見せてくれるようだ。
しかし、それはとても残酷な夢でもあった。
コウタは黙々と歩き続けた。
少しだけ早足になる。
あまり長くこの森にいると、涙を零してしまいそうだった。
そうして十五分後。ようやく森を抜けた。
視界に映るのは大きな広場。
かつて、百名近い人間が暮らしていた村の跡地だ。
今は建屋一つもないただの更地である。
あるのは、村の中央にアベルが建ててくれたという慰霊碑だけで……。
「………え」
コウタは目を丸くした。
月が輝く夜。失われた故郷。
彼は本当に驚いた。
そこは、もう誰もいないはずの場所なのに――。
「あなたは……」
「……え?」
不意に呼びかけられて彼女が振り向いた。
二人の視線が重なる。
慰霊碑の前に立つ彼女も少し驚いた顔をしていた。
――月光の下。
失われた故郷には今、花束を持つ一人の女性がいた。
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