第二章 月下の出会い
第165話 月下の出会い①
「では、良い旅を」
サザンの門にて。
衛兵はにこやかな笑みと共にそう告げた。
そうして馬車は門をくぐり、エリーズ国領からグレイシア皇国領へと進んでいく。
「しっかし、楽しみだよな」
と、馬車の中で少年の声が響く。
年齢は十五歳。濃い緑色の短髪が特徴的な、体格のいい少年である。
――ジェイク=オルバン。
エリーズ国騎士学校の二回生であり、コウタの親友でもある人物だ。
「うん、そうだね」
と、コウタが答える。
皇国に向かうこの馬車にはコウタ達一行が乗っていた。
かつてサザンの別荘に行った時にも使ったレイハート家御用達の広く豪華な馬車内には現在、六人と三機のゴーレムの姿があった。
前方側の座席にコウタを挟んでメルティア、リーゼ。コウタの膝の上にはアイリ。いつも通りの陣形だ。ちなみにメルティアの
一方、後方側の座席にはジェイク。彼を囲むように零号、二十八号、十二号の三機。そして少し離れた位置でシャルロットが座っていた。やたらとゴーレム達に気に入られているため、シャルロットに近づけず、ジェイクは苦笑していた。
なお、シャルロットとアイリはメイド服。メルティアはいつも私服。後の三人は研修でもあるということで学校の制服を着ていた。
御者を除き、これがグレイシア皇国に向かう一行だった。
「あまり羽目を外さないでくださいまし。オルバン」
と、告げるのはリーゼだ。
ただし、ジェイクに羽目を外すなと注意しつつも、自身の方といえば、しっかりとコウタの左腕を掴んで身を寄せていた。
控え目ながらも存在感がある柔らかさに、コウタがかなりドギマギしていると、
「リーゼの言う通りです。皇国とは十数年前までは険悪な間柄だったと聞きます」
メルティアがそう告げる。
同時に彼女は豊かな双丘をコウタの右腕に押し当ててきた。
――むにゅうっと。
流石はメルティア。リーゼとは比較にもならない暴力的な存在感だった。
(うわ、うわっ!?)
コウタの頬が強張ってくる。
そんな風に緊張する少年を見やり、リーゼがムッとした表情を見せた。
同じ事をしてもこの違いとは……。
(やはり正攻法ではメルティアに打ち勝つのは難しいようですわね)
しかし、当然ながら諦める気はない。
リーゼはコウタの腕は離さないまま策を練る。と、
「……コウタ」
思わぬ伏兵が現れた。
身体を反転させ、コウタの首筋に手を回すアイリだった。
「……けど、少しぐらいなら羽目を外すのもいいと思うよ。久しぶりの帰国だし」
と、微かに笑って告げる。
そして幼さゆえの無邪気さでコウタに抱きつく。
「ははっ、そうだね」
こればかりはコウタも動揺しない。妹分が甘えてくるのはいつものことだ。
それに帰国はアイリにとっても久々のはずだ。彼女が浮かれるのも当然である。
「アイリも楽しんでね」
コウタは可愛い妹分を両腕で抱きしめ返し、ポンポンと頭を叩いていやる。少女達の拘束も自然と解かれていた。無邪気な抱擁。流石にこれを遮るのは無粋だ。
しかし、メルティアもリーゼも見逃さなかった。
コウタからは見えないアイリの表情が、かなり大人びていたことを。
小さな身体は鼓動が聞こえるまで密着させており、時折身じろぎしては「……ん」と艶めいた声を零していた。そのたびに頬が紅潮している。
アイリは愛する人に抱きしめられる喜びを理解している。
恐るべき九歳児だ。
そこには無邪気さの欠片もなかった。
(……むむ、アイリ……)
(やはりとんでもない策士ですね。アイリは……)
希代の策士。アイリ=ラストン。
その可憐な容姿に反し、
それぞれが警戒する少女達。
一方、その傍らでジェイクの方と言えば、
「………………」
美少女と美幼女に囲まれる親友を一瞥してから、自分の周囲を改めて確認していた。
右にはゴーレム。左にもゴーレム。前にもゴーレムだ。
「……なあ、お前らよ」
コウタと配置はほぼ同じはずなのに、まるで囚人のようである。
人間くさいゴーレム達のことは嫌いではないが、これではシャルロットと親睦を深めることもままならない状況だった。
「こんなに広いのに、なんでオレっちの周りにだけ集まってんだよ?」
試しにそう問いかけると、三機揃ってジェイクに注目した。
そして、
「……乙女ハマモル」「……ジェイクハキケン」「……カクホスル」
「お前らそんな理由でオレっちを囲んでんの!?」
どうやら、零号達は意図的にジェイクを隔離していたようだ。
この間の事件以降、ゴーレム達はメルティア、アイリ、リーゼのみならず、シャルロットのことも積極的に守るようになっていた。
まあ、兄弟機が身を挺して守った女性である。
彼らの気持ちは分からなくないが……。
(けど、オレっちって、そんな危険人物に見られてんのか……?)
流石に少しヘコんでしまう。
が、そんなことは露とも知らず、もう一人の当事者であるシャルロットは、コウタ達の方に興味を抱いていた。
「ヒラサカさまにはご兄弟がおられるのですか?」
と、コウタに尋ねる。
ジェイクとゴーレム達も視線をコウタに向けた。
コウタ達の話題は、いつしか彼の故郷や家族の話になっていた。
「あ、はい」
コウタがアイリを膝の上に乗せ直して答える。
「八歳年上の兄が一人います。今は行方不明中ですけど」
「なるほど。お兄さまが……」
シャルロットは頬に手を当てた。
八歳年上。年齢は二十二、三歳ぐらいか。
(そう言えば、『彼』もそれぐらいの年齢になるのでしたね)
少しだけモヤモヤとした。
(いえ。流石にそんなことはないと思いますが……)
仮にもしそうだとしたら、それはもう運命の悪戯としか言いようがない。
そんなことを思いつつも、シャルロットは尋ねてみることにした。
「やはり、お兄さまはヒラサカさまに似ておられるのですか?」
しかし、その問いかけに対して、コウタは苦笑を見せた。
「いえ。あまり似てないですね。兄は父に。ボクは母の方に似たみたいですから。けど黒髪や黒い目なんかは同じですよ」
「……黒髪。そうですか」
少しがっかりしたような様子でシャルロットは反芻する。
いきなり相違点が出てきた。やはり自分の勝手な思い込みだったようだ。
「兄さんはボクなんかとは全然違いますよ」
コウタはさらに語る。
「背はボクよりも高いですし、素手だときっと今のボクよりも強いですよ。鎧機兵戦だと分からないけど、多分訓練すればボクよりも……」
と、兄を絶賛するコウタ。
(あらあら)
シャルロットは頬を緩めた。背が高いということなどはともかく、強さにおいてコウタは紛れもなく怪物級だ。それを凌ぐ者はそうそう考えられない。
どうやら思い出補正も加わり、コウタの中で兄がかなり美化されているようだ。
(これでは再会した時、お兄さんも大変ですね)
そんなことを思うシャルロットをよそに、コウタは饒舌になって話を続けていた。
曰く、兄は本当に凄くて天才なんだと。
こんなコウタは珍しいので、メルティア達も注目していた。
「あと、兄さんは凄く女性にモテました」
「あら。そこはよく似ておられるのですね」
「え? 何がですか?」
美少女達と美幼女に囲まれておきながら、本気で首を傾げるコウタ。
シャルロットは思わず苦笑を零した。
まあ、メルティア達も苦笑……と言うより脱力していたが。
「それにしてもコウタのお兄さまですか……」
ふと、メルティアが呟いた。
「いつかお会いして、きちんとご挨拶しなければなりませんね」
それは完全な独白だったのだが、リーゼ、アイリもこくんと頷いている。
コウタにとっての唯一の血縁者。将来的には義兄となる人だ。初対面の印象は出来るだけよくしておきたいのは三人とも共通の認識だった。
――が、当のコウタは、
「あはは、メルは真面目だね。けど、兄さんはとても気さくな人だから、そこまで格式張った挨拶なんて必要ないよ」
と告げる。彼は額面通りの挨拶だと受け取っていた。
三人の少女はそれぞれ溜息をついた。
シャルロットは再び苦笑を零し、ジェイクは肩を竦めている。
零号達三機のゴーレムは「……ヤハリ、コウタハ、コウタダ」「……メルサマ、ゼントタナン」「……アニモ、ヨメ、オオソウ」と感想を呟いていた。
「それに、その前にボクの方からみんなの紹介をするだろうしね」
と、コウタが言う。
キャビンの中が笑顔で満たされる。
馬車の車輪の音が響いた。
こうして、今回の旅は和やかに始まったのである。
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