第162話 望郷②

 そうして三十分後。


「……コウタの意気地なし」


 と、アイリが酷評する。

 コウタ、メルティア、アイリの三人と数機のゴーレム達は再び寝室に集まっていた。

 全員揃ってベッドの上に座っている状況だ。

 そんな中、冷淡な眼差しのアイリに対し、コウタとメルティアの顔は真っ赤だった。


「い、いや、意気地なしは酷いよアイリ」


 一応コウタが反論する。

 かつてない猛攻を見せるメルティアに、結局コウタは彼女を抱きしめることで対抗したのだ。引いてダメなら押してみるの発想だ。彼女にこれ以上何もさせないように、ひたすら抱きしめ続けたのである。

 結果、十分ほどメルティアの酔いも冷めたのだが、その後が何とも気まずい。

 二人にしてベッドの上で正座をし、ずっと顔を伏せていた。

 そこへアイリとゴーレム達が戻って来たのである。


「……本当に意気地なし」


 アイリは、コウタの言い分など一蹴して嘆息した。


「……これだと私の番は当分こないよ」


 と、頬に手を当て嘆く九歳児であった。

 何気に五年以内を目指していることは流石に口にしない。


「す、少し酔っていたようですね」


 その時、メルティアが話に加わった。


「とりあえずさっきのは忘れましょう。こんな形では私も不本意ですし」


「そ、そうだね。ごめんメル。ボクがマタタビなんて嗅がせたから」


 そう言って頭を下げるコウタに、メルティアがブンブンと首を振った。


「い、いえ。私も正気ではありませんでした。ルカの事で落ち込みすぎていました」


 そこで息を吐く。


「ルカがいなくて寂しいですが、別に今生の別れではありません。自分を見失うほど落ち込む必要などありませんでした」


「う、うん。そうだよメル」


 コウタはコクコクと頷いた。


「ルカも家の事情が解決すれば戻ってくる予定なんだし。今は寂しいだろうけど、その時を楽しみにして待とうよ」


「……そうですね」


 まだ少しぎこちないがメルティアは微笑んだ。


「しっかりしないと師匠失格ですよね。ルカと再会した時、合わせる顔がありません」


 言って、グッと拳を掲げる。

 色々あったが元気を取り戻してきたメルティアに、コウタとアイリ、ゴーレム達はホッとした。これでようやく本題に入れるというものだ。


「それでね。メル。例の件なんだけど……」


 と、早速切り出すコウタにメルティアは小首を傾げた。


「例の件? 何かありましたか?」


「アルフの件だよ。皇国に招待された話」


 コウタは呆れたような声で告げる。


「アルフがわざわざ誘ってくれたんだ。こないだの交流会でほとんど話す機会がなかったから。リーゼやジェイクとも相談して行こうって決めたじゃないか」


「……ああ、そうでしたね」


 メルティアは少し沈んだ表情で頷いた。

 そう言えばそんな話をしていた。しかし、コウタ達はとても乗り気だが、メルティアにとっては気が重くなる話題だった。

 引きこもりに旅行など、無茶ぶりもいいところだからだ。


「……やはり行かなくてはいけませんか?」


 と、ダメ元で訊いてみる。

 すると、コウタは予想通り残念そうな表情を見せた。


「メル。それはダメだよ。もう行くってアルフに答えてるし、学校の方にも研修の一種として申請しているんだよ」


「私は病弱キャラで通しています。なら急病で辞退が出来るのでは?」


 と、食い下がってみるがコウタは頭を振って、


「アルフは友達なんだよ。友達の誘いを仮病で断るなんてダメだよ」


「………う」


 正論を告げられてメルティアは言葉を詰まらせた。


「あのねメル」


 コウタは真剣な顔つきでメルティアを見つめた。


「アルフと会うこともそうだけど、ボクは今回の旅行、結構楽しみにしているんだ」


「……そうなのですか?」


 メルティアは眉根を寄せて首を傾げた。

 コウタは「うん」と頷く。


「何だかんだ言っても、やっぱり皇国はボクの祖国なんだ。ボクにとっては、大体八年ぶりの里帰りになる」


「……ぁ……」


 メルティアは目を見開いた。

 確かにそうだった。コウタは皇国出身者だ。ずっと一緒にいたため、そんな当たり前のことを忘れていた。


「すみません」メルティアは頭を下げた。「完全に失念していました。皇国はコウタの故郷でしたよね」


「いや謝らないでよメル」コウタは苦笑した。「皇国出身って言っても、小さな村が故郷だしね。実は皇都に行くのはボクも初めてだし。けどそれよりも」


 そこでコウタはメルティアの瞳に目をやった。


「ボクは君にボクの祖国を見せたい。それが一番の楽しみなんだ」


「……コウタ」


 君に故郷を見せたい。

 聞きようによってはプロポーズにも近い言葉に、メルティアの胸はきゅんと鳴った。

 思わず胸元で両指を組んで俯いてしまう。と、


「……私も見てみたいよ」


 アイリも手を上げてアピールする。


「……私の故郷も皇国領にあったけど、村の外には一度も出たことがなかったし」


「へえ。そうだったんだ」


 コウタがそう呟くとアイリは「……うん、そうだよ」と言って立ち上がった。

 次いでコウタの膝の上に移動。トスンと腰を下ろす。


「……だから皇都に行くのは楽しみだよ」


「ん。そっか」


 コウタは朗らかに笑ってアイリの頭を撫でた。


「そうですか。皇国はアイリの故郷でもあるのですね」


 メルティアは吐息を零して覚悟を決めた。


「分かりました。私も行きましょう」


 顔を上げて幼馴染と妹分を見やる。

 それから、


「それではコウタ」


 メルティアはおずおずと手を差し出した。


「私をあなたの故郷の国に連れて行ってくれますか?」


「うん! 一緒に行こう! メル!」


 コウタは迷うことなくメルティアの手を掴む。

 そして――。


「ボクの祖国――グレイシア皇国に!」


 そう言って、コウタは笑った。

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