第157話 囚われた乙女と、騎士の矜恃⑥
緊張に包まれる戦場。
だが、その緊張は静けさを抱くものではなかった。
この上ない激しさに満ちた緊張だった。
『フハハハハハ――ッ!』
ますます高揚する主の意を受け、《アズシエル》は無数の刺突を繰り出した。
その一つ一つが必殺の威力を持つ恐るべき攻撃。
濁流を彷彿させる猛威が、容赦なく《ディノス》へと迫る!
――が、
『………ふッ』
対するコウタは冷静だった。
迫る刃の軌道をすべて見切ると、鋭い面持ちで愛機を操る。
処刑刀と左の爪で左右へといなし、最後には後方へと跳んで間合いを確保する。《アズシエル》はさらに追撃しようとするが、それは《飛刃》で初動を潰した。
地面に炸裂し、足場を粉砕された《アズシエル》。
わずかに生まれる間隙をつき、《ディノス》が《雷歩》で加速し、袈裟斬りを繰り出したが、《アズシエル》は
次いで一瞬の鍔迫り合いもなく、刃を《ディノス》の機体ごと大きく弾き返した。
圧倒的な膂力の差に、悪竜の騎士が宙を飛ぶ。
観客達――特にメルティアとアイリ、《
その攻防に、観客達は言葉もなく息を呑んだ。
出力においては素人目でも分かるほど差がある《アズシエル》と《ディノス》。
だが、《ディノス》は、その覆せない出力差を技量のみで補っていた。
薄氷を渡るような攻防を維持し続ける凄まじいまでの技量。
思わず観客が魅入り、静まり返るのも無理はない。
ただ、『きゃあああ! 凄い! コウタさま凄いっ!』と、マイクを持つジーナだけは一人騒がしかったが。
『本当に凄いな。貴公は』
『
すでに《アズシエル》の攻撃は本身のものだ。
しかし、それでも真の力を解放させることも叶わず、ここに至っていた。
(流石にこの技量は尋常ではないな)
熱い高揚と共に、冷たい戦慄も抱かざるを得ない。
技量のみで言えば、明らかにハワードを上回っていた。
『……正直に言えば』
すると戦闘開始から、初めて少年が口を開いた。
『あなたの力は反則だと思う。その機体も技量もね。それこそボクの知る最強の男にさえ迫るほどだ。だけど……』
コウタは操縦棍を強く握り直した。
『今のボクは本当に手強いよ。容易く勝てるなんて思わないで欲しい』
――今の自分は手強い。
強がりでもなく、その台詞に一切の偽りはなかった。
今、コウタの全神経は、かつてないほどに研ぎ澄まされていた。
相手の呼吸や間合い、次の一手。そのすべてが分かる。
自分でも怖いぐらいに感覚が鋭くなっている。
だが、それも当然だろう。
なにせ、現在コウタは今までなかったほどの危機に直面しているのだから。
目の前には技量・性能ともに《九妖星》クラスの敵。
だというのに切り札である《
(……そう。負ける訳にはいかないんだ)
視線は《アズシエル》から外さず、コウタは左腕の力を強めた。
腕の中のリーゼが「……あ」と小さく呻く。研ぎ済まされた感覚が彼女の鼓動がかなり早まっていることを教えてくれた。
「リーゼ。緊張している?」
「い、いえ。その……」
コウタの背中にしがみつくリーゼは返答に困ってしまった。
緊張していると言うより、むしろ混乱しているのだが、やはりそこは鈍感少年。生まれた持った宿業ゆえに、こればかりは研ぎ澄まされた状態であっても気付かない。
「大丈夫。怖がらないで。ボクが傍にいるから」
と、より混乱を暴走させるような台詞を平然と囁いてくる。
「~~~~~っ」
リーゼは顔を真っ赤にするだけで、今度は声も出せなかった。
しかし、コウタの方は心音がさらに激しくなったリーゼに小さく嘆息する。
――言葉だけで不安を払拭させるのには無理があるか。
そう考え、コウタは他の方法を試すことにした。
「リーゼ。少しだけ手を緩めて」
「? え、は、はい」
言って腕の力を緩めて顔を上げるリーゼ。するとコウタは左手を彼女の後頭部に添え、自分の左胸辺りに押しつけるように抱き寄せ直した。
「ッ!? ~~~~~~ッッ!?」
当然逆効果なのだが、コウタは相変わらず気付かない。
普段ならばコウタの方も女の子とここまで密着すれば動揺するのだが、今は戦闘中。そんな邪な感情はすべて排除していた。
とは言え、彼女を大切に思う気持ちまで切り捨てている訳でもなく。
(……う~ん。これでも無理なのか)
一向に鼓動が落ち着かないリーゼに、コウタは面持ちを鋭くした。
故郷にいた頃、他人の心音を聞くととても落ち着くと姉から聞いたことがあったので実践してみたが、さほど効果はないようだ。だが、よくよく鑑みれば、リーゼは《九妖星》クラスの敵を前にしてずっと背中を見せ続けているのだ。見えない後ろで死闘を繰り広げられては落ち着けと言う方が無茶なのだろう。
やはりここは一刻も早く決着をつけるのがベストのようだ。
「リーゼ」
コウタは左手を離すと、、耳を真っ赤にして震える少女に告げる。
「無理して落ち着かなくてもいいから、今はボクの背中にしがみついてて」
それに対し、リーゼは顔を上げることはなく、ただこくんと頷いた。次いで無言のままコウタの背中にしがみついてくる。コウタは安心して微笑んだ。
そして再び左手でリーゼの細い腰をグッと掴み、敵機を睨み据える。
『
その正体にはすでに見当がついているが、コウタはあえてその名で呼んだ。
『悪いけど、そろそろ決着をつけるよ』
『……ムム。うむうゥ、なんと』
対するは
同時に《アズシエル》が、ズズンッと
『もう少しいいのではないか? ようやく熱も帯びてきたところであろう』
『そんな悠長に構えていられる状況でもないと思うよ。もうじき先生達も来る。不完全燃焼で邪魔が入ることこそ、あなたにとっては一番不本意じゃないかな?』
『……ぬうゥ。確かにな』
一拍の間はあったが、
想像通りの反応にコウタは苦笑を浮かべた。
やはりこの人物は策士ではあるが実直さも持っているようだ。
少しだけ親しみも湧くが、すぐに表情を改めて。
『だから決着をつけよう。だけど安心して欲しい』
コウタは不敵に笑って告げる。
『あなたを痛い目に遭わせる決定自体は、何も変わっていないから』
――グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
と、悪竜の騎士が恐ろしげな咆哮を上げた。
次いで天を差すように処刑刀を勢いよく振り上げる。
刀身に煽られ、風が大きく揺らいだ。
『……ほう』
只ならぬ魔竜の気配に、
どうやら何かを仕掛けてくるようだ。気配には必殺の匂いが漂っていた。
『――面白い!』
『早期決着は不本意であるが、それに見合うものを見せてくれる訳か!』
『まあ、期待に添えるとは思うよ』
コウタは泰然とした笑みを崩さない。
次いでリーゼの背中を二回叩き、「すぐ終わるから」と告げる。
もはや会話どころではないリーゼだったが、それでもコクコクと頷いた。
コウタはふふっと笑みを零す。
それだけで充分だった。彼女が頷くだけで勇気が湧いてくる。
――この少女を絶対に失いたくない。
改めて強くそう思う。
そうして少年は再び《アズシエル》を睨み据えて、
「さあ、初のお披露目と行こうか。《ディノ=バロウス》」
滅びの魔竜の真名を持つ愛機に呼びかける。
愛機に宿った原点であり、新しくもあるその力を使うことを。
「起動させるよ。《
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