第155話 囚われた乙女と、騎士の矜恃④

(ああ! 無駄に長い!)


 スカートを旗のようになびかせて走るシャルロットが焦りを抱く。

 そこは会場の一角。四方を壁で囲まれた長い通路だ。

 シャルロットの横には、零号と三十三号が飛び跳ねるような勢いで疾走している。

 しかし、相当な速度で走り、幾度となく角を曲がったのだが、未だグラウンドには到着できずにいた。

 シャルロットは小さく舌打ちし、


「零号さん達! もう少し急ぎます!」


 並走するゴーレム達にそう告げる。


「……了解シタ!」「……ラジャ!」


 と、零号と三十三号は頼もしく答えた。

 そうしてシャルロットは宣言通りさらに加速した。

 スカートに加え、藍色の髪も大きくなびく。そして再び角を曲がり、真っ直ぐな通路に出た。通路には一人だけ人がいたが構っていられない。

 シャルロットは、速度は一切落とさずにその人物の横を通り抜けようとした。


 ――が、その瞬間だった。


「――――ッ!?」


 唐突に悪寒を感じ、その場で身を捻った。

 すると、その一瞬後にギロチンを彷彿させるような手刀が鋭く空を切り裂き、シャルロットの首があった位置を通り抜けた。


「なッ!? クッ!」


 シャルロットは廊下を転がることで自分の勢いを殺した。

 そしてすぐさま立ち上がり、いきなり自分を攻撃してきた人物を睨み付けた。

 ただ一人だけこの廊下にいた人物である。

 赤い眼鏡が印象的な、黒いスーツを身に纏う女性だった。


「あら。かわされるとは思いませんでしたわ」


 と、その女性が意外そうな顔で告げる。

 シャルロットは表情をさらに険しくしてその女性を凝視した。


「……乙女ヨ!」「……ナニモノダ!」


 一方、この緊急事態に零号達も即座に対応した。緊張を隠せないシャルロットの前へと陣取り、彼女を守るために身構えた。


「あらあら。まあ、これは……」


 対する女性は緊張感を見せない。

 ただ、とても興味深そうに小さな騎士達を観察していた。


「実に素晴らしい。自律型と聞いていましたが、報告以上の性能のようですね」


 そんなことを呟く。シャルロットは警戒を深めた。


「……あなたは何者ですか?」


 先程の奇襲と言い、明らかにゴーレム達の存在を知っている口ぶりと言い、この女は只者ではない。そして恐らくは……自分よりも強い。

 そんな敵意を露わにするシャルロットに、女性は少し困ったような顔を見せた。


「私ですか? これは困りましたね。あなたにはここで気絶して貰う予定でしたので、名乗る気はまったくなかったのですが……」


 と、右腕を腹部に、左手の指先をあごに当てて独白する。

 中々サマになっているポーズだが、その仕草一つとっても隙がまるでない。


(これはまともに戦ってはいけない相手ですね……)


 シャルロットは面持ちを鋭くしてそう判断する。


「(……零号さん達)」


 そしてとても小さな声で零号達に告げた。


「(幸い、この女は突破しました。このまま通路を駆け抜けましょう)」


「(……ウム。了解シタ)」「(……ラジャ。ソレガサイゼン)」


 と、器用なことに零号と三十三号も小声で返して来た。

 シャルロットは小声で「これも驚きです」と呟いた後、少しずつ女性から間合いを取っていた。それに対し、女性の方は未だ「さて。どうしましょうか。素直に名乗っても良いものなのでしょうか」と独白を続けていた。


(気が逸れている? いずれにせよチャンスですね)


 シャルロットは覚悟を決め、走り出そうとした――その時だった。


「まあ、名乗っても良いでしょう。カテリーナさん」


(………え)


 不意に後ろから聞こえた声に、背筋が凍り付いた。

 危険な女性から目を離すリスクを負ってでも後ろへと振り向く。

 そこには一体いつ現れたのか、一人の男がいた。

 年齢は四十代半ばほどか。

 背が低く頭髪が薄い。糸のような細い目が特徴的な男であり、女性と同じ黒服を纏っていたが鋭さはなく、実に温厚そうな風貌だった。

 だが、シャルロットは、この男を目にしただけでかつてないほどに緊張した。

 主人を守るために磨き続けている戦士としての勘が告げている。


 ――この男は明らかに格が違う。


 自分を襲ってきた女でさえも、この男とは比較にもならないと感じた。


「……あなたは何者ですか?」


 シャルロットは女にも告げた台詞を繰り返した。

 それに対し、男はにこやかに笑い、


「これは初めましてお嬢さん。私の名はボルド=グレッグと申します」


 と、風貌通りの丁寧な挨拶を返して来た。

 だが、その後に続く言葉にシャルロットはおろか、ゴーレム達まで絶句する。


「もしかするとご存じかもしれませんが、《黒陽社》という企業の、第5支部・支部長を務めている者です」


 以後、お見知りおきを。

 と言って、ボルドは深々と頭を下げる。

 シャルロットの後方では女性が「私はカテリーナ=ハリスと申します。ボルド=グレッグの秘書でございます」と上司に倣って挨拶をしていた。

 ――が、シャルロットには、その声は聞こえていない。

 ただ、呆然と目を前の男を凝視していた。

 するとボルドは、


「ところでお嬢さん。実はご相談があるのですか」


 友好的の笑みを共に、ここに訪れた目的を告げた。


「そこにいるゴーレムの一機。私どもにお譲り願えないでしょうか?」



       ◆



 ――ギンッ!

 武舞台グラウンドに重い金属音が響く。

 大双刃ダブルハーケンと処刑刀がぶつかり合う音だ。

 これで幾度目の衝突か――。

 悪竜の騎士・《ディノ=バロウス》と、純白の騎士・《アズシエル》の戦闘は時が経つほどに激しさを増していた。


『――フハハハハハッ!』


 哄笑と共に白金仮面――ハワード=サザンが愛機を操る。

 大双刃ダブルハーケンが残像さえ生む速さで回転し、《ディノス》に襲い掛かる!


『――ふッ!』


 それに対し、《ディノス》を操るコウタは鋭い呼気を吐き、処刑刀の切っ先を刃の軌道に合わせて斬撃を受け流した。あまりの膂力の差に処刑刀は一瞬軋みを上げるが、大双刃ダブルハーケンの軌道は無事横に逸れる。

 しかし、ホッとすることも出来ない。軌道から逸れた刃が余波だけで容易く大地を切り裂いたからだ。観客達が「「おおお……」」とどよめく中、


『――ふっざけんなッ! この大人げない放牧騎士め! いくら強くてもコウタさまはまだ学生なのよ! 子供相手にそんな機体で挑むか普通ッ!』


 と、マイクを手にジーナが憤慨する。

 淑やかさで知られる《悪竜王子近衛隊ディア・ディノスガード》の面々も激怒した顔で立ち上がり、「引っ込め放牧騎士!」「コウタさまに近付くな! 放牧騎士!」と声を荒らげている。


『そうだ! ブロック二回生の言う通りだ!』 


 と、そこにアモンも加わった。


『ヒラサカがどうなろうと一向に構わん! だが、その機体には今リーゼちゃんも乗っているんだぞ! つうか、くっそうッ! きっとヒラサカの奴、今頃、背中でリーゼちゃんの小ぶりではあるが、形の良さそうなおっぱいの感触を――ぐああああああああああああああッッ! ちっくしょおおおおおお―――ッ!』


 血の涙さえ流しそうな勢いで放送席の机をドンッと叩くアモン。

 まあ、実際のところ、現在リーゼの双丘が押しつけられているのは背中ではなくコウタの胸板なのだが、それを知れば本当に血の涙を流すかも知れない。


『いいなぁ、ヒラサカの奴、いいなあぁ』


 幸か不幸か、何も知らないアモンは呻き続ける。

 そんなアモンを、ジーナが冷たい眼差しで見下ろしていた。


『……先輩って最低ですよね。このセクハラ野郎』


『――ハッ! い、いかん!』


 するとその冷たさにやっと正気に返ったのか、アモンは先輩らしく表情を改めた。


『今は羨んでいる場合ではなかった! おいッ! 誰でもいい! 早く教師を呼んできてくれ! それも可能な限り大勢呼ぶんだ! あの騎士は本気でヤバい!』


 その指示に、複数の生徒がハッとした表情で立ち上がって駆け出した。

 二機の恒力値の差は五倍以上。しかもあの純白の鎧機兵を操る自称・放浪の騎士の力量は相当なものだ。化け物じみたあの機体を見事に使いこなしている。

 果たしてあの男は、教師陣であっても止められるのだろうか……。


『――クソッ! ヒラサカ! 今は逃げて時間を稼ぐんだ!』


 今は考えてもどうしようもない。とにかく今は後輩達に危機が迫っている。アモンはコウタに後退の指示を出すが、それを許してくれる敵ではなかった。


『フフッ、興ざめするようなことは勧めないでくれ。少年よ』


 仮面の下で不敵に笑うハワード。

 同時に愛機にも意志を伝える。《アズシエル》の双眸が輝き、手に持つ大双刃ダブルハーケンの柄がガシュンと中央で分離する。長大な刃は二振りの大剣と化した。


『そもそも貴公の力はこの程度ではあるまい! 悪竜の騎士よ!』


《アズシエル》は双剣を手に《ディノス》へと迫る!

《ディノス》には回避する時間はない。会場全体が緊張感に包まれた。

 そして次の瞬間、双剣の連撃が繰り出された。その速度はまさに息つく暇もない。

 ――袈裟斬り、刺突、胴薙ぎ。

 すべての斬撃が必殺の威力を誇る。並みの操手――いや、たとえ一流の騎士であってもこの猛攻を凌ぎきることは不可能だろう。

 だが、《ディノス》は――。


『――――――』


 無言のまま剣撃を凌ぎ続ける。

 処刑刀を縦横無尽に動かし刃を逸らし、時には左の爪で軌道を変える。

 一撃の重さは尋常ではない。防いだところで防御ごと打ち砕かれる。だからこそ《ディノス》は斬撃を悉く受け流した。

 そうして遂には、すべての斬撃を凌ぎ切ってみせたのだ。

 これにはアモンもジーナも、それこそ観客席にいる全員がただただ驚愕し、所々で感嘆の声が零れていた。


 が、その中にあって、誰よりも感嘆していた者は――。


(――素晴らしい!)


 ハワードは双眸を大いに輝かせた。


(何という技量だ! まさか《アズシエル》の連撃を凌ぎ切るとは!)


 今の連撃はかなり本気のものだった。

 どうした訳か一向にあの日の姿を見せてくれない宿敵に業を煮やし、凡庸な鎧機兵ではどうしようもないレベルの攻撃を繰り出したのだ。

 今の宿敵の恒力値は六千四百ジン程度。到底防ぎきれるはずもない。


 ――それが何と言うことか!

 宿敵は真の姿を解放することもなく、操手の腕のみで凌いで見せたではないか!


 かつてもその力量に感服したが、今はあの日よりもさらに洗練されている。

 恐らくまだ真の姿を見せないのも、その必要性がないからか。


(なるほど。この程度ではまだ君を本気にはさせられないということか)


 ハワードは苦笑を浮かべ、《アズシエル》は双剣を大双刃ダブルハーケンに戻した。

 そして再び切っ先を悪竜の騎士に向ける。

 ならば、その気になるまで技を繰り出すまでだ。

 ハワードは宿敵を前にして凄惨な笑みを浮かべる――が、


(いや、待てよ)


 ふと思い出す。


(いかんな。つい忘れてしまうところだった)


 次いで、乾いた笑みを見せた。

 そう言えば、自分には時間を稼ぐ義理があったのだ。本当にうっかりしていた。戦闘が楽しすぎて失念しかけるとは。しかもまだ三分も経っていない。

 もしここで宿敵の真の姿を引き出せたとした場合、どちらが勝ったとしても決着は一瞬でつく予感がした。それを鑑みると今の状況はかえって好都合かも知れない。


(グレッグ殿)


 ハワードは愛機の操縦棍を握りしめて笑う。


(この至福の時を与えてくれたことに本当に感謝する。あなたとの約定を果たすためにもしばし時間稼ぎに徹底しよう。心よりあなたの成功も祈っているよ)

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