第七章 新徒祭始まる
第147話 新徒祭始まる①
『新徒祭にご来客の皆さま。現在校舎内は大変混雑しております。お気をつけてお歩き下さい。繰り返します。現在校舎内は――』
そんなアナウンスが校内外に響く。
しかし、来客者達は大して気にせずに笑顔で足を進めていた。
いよいよ開催となった新徒祭は予想以上に大盛況だった。
校庭、校舎内に問わず見渡す限り人ばかりだ。
来客者達は来年の新入生だけでなく、王都在住の住民や近く都市――例えば越境都市サザンや、わざわざ遠方の国から訪れてきた者もいた。
「こいつは凄え人数だな」
校庭の一角。小さな時計塔のある場所で、ジェイクは腕を組んで呻いた。
幼い子を抱いた家族に、卒業生らしいカップル。そして校章を描いたワッペンを胸に着ける私服姿の新入生達。彼らをジェイクと同じ制服を着た――恐らくは三回生達がにこやかに笑って案内している。
エリーズ国騎士学校の校舎は貴族も多く通うため、決して小さくはないのだが、流石に人が普段の倍以上ともなると狭苦しさを感じた。
ちなみに新徒祭の主催は主に二年と三年が務めていた。
三年はクラスでの出し物を。二年は部活メインで催し物をする。
一年であるジェイク達は基本的に出展物については自由参加だった。これは主催側に回らず積極的に新入生と交友を持って欲しいという騎士学校の伝統であった。唯一の例外として一年が主催側として関わるイベントと言えば、メインイベントである鎧機兵の模擬戦だけなのだが、これも一年が務めることはここ二十数年なかった。今回のコウタとリーゼの演舞はかなり異例なのである。
「うん。そうだね。これはちょっと想定外だったかな。去年、新入生として来た時も凄かったけど今年はそれ以上だ」
と、その異例の当人であるコウタが相槌を打つ。
現在、時計塔の元には四人の生徒と二人の訪問者。そして四機のゴーレムがいた。
生徒は制服を着たコウタとジェイクにリーゼ。
次いで訪問者はアイリとシャルロットの二人。
四機のゴーレムは、ゴーレム隊の団長たる零号と、本日のアイリ護衛担当機である十七号と七十八号。それから最近躍進中の《ディノス》のお面を被る三十三号だ。
新徒祭が開催されてすでに三十分が経過していた。
その間、彼らはずっとこの時計塔の前にいた。この場所は事前に決めていた待ち合わせ場所なのだ。事実シャルロットとアイリ。零号達は始まってすぐに合流した。
しかし、それから二十分以上、彼らはこの場所から動けずにいた。
何故ならば――。
「遅いですわね。ルカ……」
と、頬に手を当てて眉根を寄せたのはリーゼだった。
――そう。約束の時間が過ぎてもルカだけは合流できずにいたのだ。
一番の主賓が来ない。全員が困っていた。
「これは人の流れに呑み込まれてしまったかも知れませんね」
と、推測するのはシャルロットだった。あのおっとりとしたルカのことだ。人の流れに巻き込まれてどこかに流されるのは容易く想像できた。
シャルロットは迷子にならないように手を掴んだままのアイリを一瞥した。
「……? どうしたの先生?」と小首を傾げる小さなメイドに嘆息しつつ、シャルロットはリーゼに頭を下げ、「申し訳ありません。お嬢さま」と謝罪した。
「ラストンさんのことには目を向けていたのですが、配慮が足りませんでした。事前にルカさまの方にもお迎えに上がらなかった私の失態です」
「いや、それは違うだろ。シャルロットさん」
ジェイクがそう否定すると、リーゼもこくんと頷き、
「ええ。オルバンの言う通りですわ。シャルロットのせいではありません。ここまで混雑するとはわたくしも思っていませんでしたし。ですが……」
そこでリーゼはコウタの方に視線を向けた。
「どう致しましょうか。コウタさま。ここでこのまま待ち続けるのは……」
と、ちらりと別方向にも目をやり、言葉を濁す。
「……うん。そうだね」
コウタはすぐにリーゼの言いたいことを察した。
そして若干乾いた笑みを見せつつ、とある方向に目をやった。
するとそこには――。
『こうたぁ……』
見た目が甲冑騎士である彼女は今、多くの子供達に囲まれていた。
「凄え! カッコいい!」「騎士だ! 騎士がいるぞ!」「剣は? 剣は持ってないの?」
わらわらわら、と。
次々集まってくる子供達。見ればゴーレム達も巻き込まれていた。
「凄えな! どこで売ってんの! その鎧!」
「……キギョウヒミツダ」
と、十歳ぐらいの男の子にペチペチとヘルムを叩かれながら、ゴーレム達も困ったように受け答えしていた。
人混みの中であっても極めて目立つメルティア達は、もはやイベントの一つと思われていた。このままでは人が集まって混雑するばかりだ。
『こうたあぁ……』
メルティアが泣き声に近い声を上げた。恐らく甲冑の下ではオロオロと涙ぐんでいるに違いない。純粋無垢な子供の眼差しだからこそまだ耐えているが、好奇に晒されるのはメルティアが最も忌避することだ。正直まずい状況だった。
「しようがないか。リーゼ」
コウタはリーゼに視線を向けた。
「ここは君に任せていいかな? ボクはメルとゴーレム達を連れて校舎裏にでも避難するよ。ルカが来たらそこで合流しよう」
「そうですわね」リーゼはこくんと頷く。「ではコウタさま。ルカが合流したらわたくし達も校舎裏へ――」
と、リーゼが言いかけたその時だった。
――ピンポンパンポン、と。
不意に校舎内にアナウンスが響いた。
コウタ達はアナウンスに意識を向ける。と女生徒の声で……。
『迷子のお知らせを致します。白いダッフルコートに、淡い栗色のショートヘア。前髪に隠された水色の瞳が凄く綺麗で、何よりおっぱいが大きい――ムムウゥ……この子って本当に私よりも年下なのかしら? と、失礼しました。とにかくおっぱいが大きいルカ=アティスちゃんが迷子になっております。心当たりのある保護者の先輩方は一階迷子センターまでお越し下さい』
『ひ、ひゥ!? ま、迷子じゃないです!? その、おっぱいって!? ふ、普通に先輩達を呼んでくれれば――』
『繰り返しお知らせ致します。おっぱいの大きい迷子のルカ=アティスちゃんが涙目になっております。保護者の先輩方は急ぎ――』
……………………………。
…………………。
……コウタ達は空を見上げて沈黙した。
誰も何も言えなかった。ただ、行き会う人々と子供達の騒がしい声だけが響く。
が、ややあって、ジェイクがくつくつと笑い出し、
「……おいおい」苦笑いを浮かべる。「王女さま。迷子案内されてるぞ」
その台詞を切っ掛けに全員が相好を崩した。
どうやら迷子になったルカは、困り果てた末に案内センターへと向かったようだ。
「あははっ、けど見つかってよかったよ」
コウタはホッとした顔を浮かべる。
内心では、このままルカが合流できければどうしたものかと思っていたのだ。
アナウンス自体はかなり悪意か嫉妬が混じっていたようだが、ともあれ後輩の居場所は分かった。何にせよこれで最大の問題は解決した。
「うん。それじゃあ皆」
そしてコウタは、珍しく意地の悪い笑みを見せて告げる。
「早速、涙目の後輩を迎えに行こうか」
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