第148話 新徒祭始まる②

 ――十分前。

 本日の主賓であるルカは、校庭の片隅で困り果てていた。

 いよいよ開催された新徒祭。

 従者のカタリナは「流石に人混みでは心配ですね」と言って同行する気でいたが、折角の生徒主催のイベントだ。歓迎される側の新入生が保護者同伴ではあまりにも締まらないし、どこか失礼なような気もした。


『あ、あの、カタリナさん……実は』


 ルカは勇気を出してカタリナの説得を試みた。

 するといつもは厳しいカタリナであるが、自主的なルカの行動を好ましく思ったのか、危ないことはしないこと。見知らぬ人間には注意することを条件に、ルカが一人で新徒祭に行くことを許可してくれたのである。


 そうして、ルカは意気揚々とエリーズ国騎士学校へと出向いた……のだが、


(まさかここまで人が多いとは、思わなかった、です)


 しゅんと肩を落とす。

 校門をくぐった直後に、ルカは人の流れに巻き込まれてしまった。

 そうしてあれよこれよと流され続ける内に、いつの間にかこんな校庭の端にまで追いやられていたのである。

 唖然としたルカだが、すぐに校舎の方へと戻ろうと考えた。

 しかし、人の流れは中々途切れてくれなかった。とは言え、強引に飛び込み、再びこの流れに呑み込まれてしまうと今度はどこに流れ着くのか分からない。ルカは校庭の端で動けなくなってしまっていた。


「うゥ、完全に待ち合わせの時間をオーバーしてしまいました」


 師と先輩達を待たせてしまい、ルカは涙目になる。

 と、そうこうしている内に少しだけ人の流れが穏やかになってきた。それぞれが目当てのイベントへと向かい、分散してきた結果だ。


 ルカは気を取り直し、とりあえず校舎へ向かって歩き出した。

 待ち合わせの場所の時計塔は校舎の近くにあるとのことだ。目立つオブジェだと師は言っていたので、あそこま行けばきっとあっさりと見つかるだろう。

 しかし、それでも三十分近く無駄に時間を浪費してしまった。待たせて申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになり、足取りも重くなってくる。

 自然とルカは俯きがちになって歩いていた。


 ――と、その時だった。


「おや? あなたは……どうされたのですか?」


 いきなり、そう声をかけられたルカは「え?」と呟く。

 そして俯いた顔を上げて、思わず目を丸くした。


「あ、あなたは……」


 何故なら、目の前にいたのは――……。



       ◆



「しっかし、ルカ嬢の奴、いきなりうちの学校の洗礼を受けたような」


 頭の後ろに両手を回して歩くジェイクが楽しげに笑う。

 先程のアナウンスは実にツボに入る傑作だった。

 現在ジェイクは校舎の一階、廊下を歩いているのだがこの辺りは図書室など特殊な教室が多く、イベントも催していない。人通りは少ないため彼の声もよく通った。


「きっと卒業までネタにされるぞ」


 そんな不吉なことを言う。


「いやジェイク。あまりルカを弄るのはやめてあげなよ」


 すると、ジェイクの隣を歩くコウタが頬をかきながら応えた。

 それから少し眉根を寄せると、


「その、ルカってメルと同じぐらい人見知りが激しそうだしさ。もし師弟揃って引きこもりになったら本気で困るよ」


 とても小さな声でそう続けた。

 ジェイクもコウタの切実な声に「まあ、確かにな」と表情を改めた。

 まあ、ルカの方はトラウマまで抱えているメルティアよりはタフそうだが、それでも人付き合いが苦手なのは何となく分かる。

 引きこもりまでは行かずとも、からかい加減次第で本気で落ち込みそうだ。


「あまり無神経なことはやめとくか」


 と、ジェイクが呟く。粗暴に見えても意外と自制が利く少年なのである。


「……ウム。ソノ通リダ」「……シンシハ、カラカワナイ。オトメヲマモルダ」


 そう言って同意したのはコウタ達の傍を歩くゴーレム達――零号と三十三号だった。残りの二機も「……ウム」「……ムロンダ」と頷いていた。

 しかし、一方で今日だけは悪のりする者もいた。


「あら?」


 にっこりと微笑むリーゼである。

 彼女を含めた女性陣はコウタ達よりも少し離れて歩いていた。


「お優しいコウタさまはともかく、オルバンの方は意外ですわね。今日ぐらいは良いでしょうに。そうは思いませんかアイリ。なにせ今日はお祭りです。ルカも笑って許してくれことでしょう。何よりルカの胸が豊かなのは事実なのですから」


「……うん。その通り」


 するとアイリも乗ってきた。


「……ルカのあの大きさは少しぐらい弄っても問題ないと思うよ」


『い、いえ、リーゼ。アイリ。私の弟子にそれはやめて上げてください』


 と、ズシンズシンと足音を鳴らしつつ、メルティアが引きつった声で告げる。


「ええ、メルティアお嬢さまの仰るとおりです。お嬢さま。ラストンさん。あまりそう言った内容で弄るのは――」


 年長者としてシャルロットも一応止めに入ってみるが、メルティア達に対するリーゼ達の眼差しはとても冷たかった。


「あら。何かしら? 小柄な身体とは思えないぐらい過剰搭載すぎるメルティアに、歩く度にさりげなく自己主張する胸のシャルロット」


「……どうかしたの? 顔が埋もれるぐらい柔らかくて豊かな胸のメルティアと、どれだけ揺れた後でも形が崩れないおっぱいの先生」


『「………いえ。何でもありません」』


 メルティアとシャルロットは視線を逸らして黙り込んだ。

 持たざる者の、持っている者への嫉妬の深さを思い知る瞬間だった。


「まったく。何なのですか。ルカのあの大きさは。羨ましい。ところでアイリ。やはりコウタさまは大きいのがお好きなのでしょうか?」


「……うん。多分そうだよ。大きいだけでかなり有利になる。将来のためにも、私としては是非とも欲しい武器だよ」


 と、リーゼとアイリが真剣な顔で、前を行くコウタやジェイクには聞こえないように抑えた小声で意見交換をしていた。この会話をするために遅れて歩いているのだ。


「……コウタが《妖星》の子を気にかけるのも、きっと大きいからだと思うよ」


「やはりそうなのですね」


 と、そんな感じのコウタ本人が聞けば絶句しそうな内容が飛び交っている。

 シャルロットはもう何も言わなかった。メルティアの方は会話に入ることに腰が引けていた。二人ともとても親しい間柄なのだが、今日だけは本気で二人が怖かった。


 そうこうしている内に、コウタ達一行は校舎の一階奥にある迷子センター――要は教室の一つ――へと到着した。


『よ、ようやく着きましたか』


「え、ええ。そうですね」


 メルティアとシャルロットは内心でホッとした。そんな女性陣の緊張感にも気付かずコウタは「失礼します」とノックして教室のドアを開いた。

 造りは普通の教室。机を四つ並べて複数のテーブルを作っていた。

 コウタ達はぞろぞろと教室内に入った。


「あの。ここにルカ=アティスさんがいると聞いたんですが……」


 と、コウタが告げるが、その相手である放送員は何かの用事で席を外していたのかどこにいなかった。

 その代わりに返事をしたのは、


「あ! コウ先輩!」


 テーブル席の一つに座っていたルカ当人だった。

 コウタは元気な様子の後輩に相好を崩しかけるが、不意に目を見開いた。


「え?」


 後に続くリーゼも軽く目を瞠った。

 他のメンバーも驚きの表情を浮かべる。

 何故なら、そこにはルカ以外にも人物がいたからだ。

 それも想定外の人物である。

 ルカと向かい合うように座る彼の年の頃は二十代半ば。身に纏うのは白と金を基調にした貴族服。サラリとした栗色の髪を持つ、凛々しい顔つきの青年だった。


「おお。これはリーゼさま。そしてお初にお目にかかります。メルティアさま」


 そう告げるなり、青年は見た目通りの貴公子然とした笑みを浮かべてテーブル席から立ち上がり、こちらへと近付いてきた。

 そして二人の公爵令嬢に「ご機嫌麗しく存じ上げます」と一礼した後、一人の少年――コウタに対して手を差し出してきた。


「久しぶりだね。ヒラサカ君。元気だったかね」


「……ええ」


 対するコウタは一瞬だけ沈黙したが、すぐに青年と握手を交わした。掌から何やら底知れない力強さを感じ、嫌でも警戒心が高まってくる。

 されど、まだ少年の身でありながらもすでに多くの死線をくぐり抜けてきたコウタは、表向きの和やかな雰囲気は崩さず、親愛の表情でこう告げた。


「またお会いできて光栄です。サザン伯爵」

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