第四章 機械の宮

第136話 機械の宮①

「さて。そろそろかな」


 コウタは手に持った懐中時計に視線を落とし、ポツリと呟いた。

 そこはアシュレイ家の門前。

 今日は休日のため、普段の制服ではなく白いシャツの上に黒いジャケットを着込んだコウタは大きな正門を背にして人を待っていた。


「……ウム。ソロソロ時間ダ」


 と、コウタの隣に立つ零号も言う。

 時刻は午前八時五十五分。

 約束の時間は九時なのでそろそろ待ち人が姿を現わしてもおかしくない頃だ。

 コウタは正門前の公道に目をやった。

 すると、


「あ、来たみたいだ」


 そこには出会った時と同じ白いダッフルコートを着た少女の姿があった。

 ルカ=アティス。

 メルティアと意気投合し、弟子入りした少女だ。

 完全なプライベートだからか、今日は従者であるカタリナの姿はなく、彼女は一人だけだった。ただ、こちらに向かってくる彼女は背中に大きなサックを背負っており、結構な重量なのか足取りはどこかおぼつかない。まるで初めて歩き出した子鹿か、ヒヨコのような愛らしい姿だった。

 コウタは「ははっ」と笑い、


「それじゃあ行こうか。零号」


「……ウム」


 零号と共にルカの元へと急いだ。


「あ、コ、コウ先輩。零号君も、おはようございます」


 と、コウタ達の姿に気付いたルカが緊張した様子で会釈する。

 この少女もメルティアほどではないが、かなり人見知りの気があり、師であるメルティア以外となるとどこかまだぎこちない。

 コウタは内心で苦笑しつつも「うん。おはようルカ」と返して「重そうだね。そのサックを持つよ」と続けた。


「え、で、でもご迷惑じゃ……」


「ははは、大丈夫だよ。これぐらい」


 コウタは笑いながらそう言うと、ルカのサックに触れ、まだ少し躊躇う彼女からサックを受け取った。そこそこ重いがコウタにとっては問題ない重量だ。

 が、それを見て零号は、


「……コウタ。チカラ仕事ナラマカセロ。コウタハ案内ガカリ」


 と、告げてきた。コウタはまじまじと零号を見据え、


「うん。そうだね。じゃあ任せようか」


 言って、サックを零号に渡す。零号は大岩を抱え上げるようにサックを持った。

 小型でも零号は鎧機兵。少女が持てる程度の荷物など負担にもならないのだが、凄い力持ちの子供を見たような気分になる。


「わあぁ、零号君。凄いです」


 そんな零号の勇ましい姿に、パチパチとルカが拍手を贈った。

 コウタもつられて拍手を贈る。零号は「……造作モナイ」と渋い声で語り、正門へ向かって歩き出した。

 コウタは零号の後ろ姿を一瞥した後、ルカに笑みを見せて、


「じゃあ、ボクらも行こうか。案内するよ」


「は、はい。お願いします」


 ぺこりと頭を下げるルカ。

 そうして二人もアシュレイ家の正門に向かった。




「けど、この道を案内するのはリーゼとジェイク以来だよ」


 深い森の中にて。

 コウタが感慨深げに呟いた。


「そ、そうなんですか?」


 と、隣を歩くルカが尋ねてくる。

 現在、コウタとルカと零号は魔窟館へと続く森の道を進んでいた。


「リーゼ先輩とジェイク先輩以外の人はここには来ないん、ですか?」


 今名前が出た二人の先輩のことは知っている。

 三日ほど前にコウタから紹介された。二人ともメルティアの友人だそうだ。


「うん。メルは人付き合いが苦手だから」


 と、コウタが言う。


「だから君で三人目だよ。メルが自分の館に招いたのは」


 そう告げられ、ルカは緊張してきた。

 自分がそんな特別扱いされてもいいのだろうか……。

 すると、彼女の心情を察したのか、コウタが「ははは」と笑い、


「大丈夫だよ。君はもうメルの友達だから。もしくは仲の良い姉妹かな。メルがあんなに楽しそうに話す相手なんて、今まではリーゼとアイリだけだったし」


 コウタは実に上機嫌だった。

 メルティアの友人が増えることは本当に嬉しいからだ。

 このままどんどん友人が増えていくのならば、この上ない喜びだ。


「あ、あの」


 その時、ルカが尋ねる。


「リーゼ先輩やジェイク先輩はもう来られているんですか?」


「うん。三十分ぐらい前に。今日は君の歓迎会でもあるから二人とも張り切ってたよ」


「あ、ありがとうございます!」


 ルカは歩きながらぺこりと頭を下げた。

 師匠のみならず、いずれ学校の先輩になる人達に歓迎され恐縮だった。


「あはは、そう畏まらないで」


 コウタは優しい笑みでルカを見つめた。


「君はメルの弟子である前にボクら全員の後輩だしね。可愛い後輩を歓迎するのに堅苦しい挨拶なんていらないよ……っと、そろそろ見えてきたよ」


 そう言ってコウタは森の道の奥を指差した。

 そこには豪華な造りではあるが、廃屋敷のような館の姿があった。

 館の壁の一部には蔓も絡みついており、一見するとまるでお化け屋敷だ。

 開けた森の中にポツンと存在しているため、朝日に当たっていても揺るぎない不気味さが醸し出されている。


「あ、あれがお師匠さまの?」


 少し緊張した様子でそう呟くルカに、コウタは笑みを浮かべて告げる。


「うん、そうだよ。アシュレイ家の別館――魔窟館へようこそ」

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