第137話 機械の宮②

「いよいよだな」


 と、ジェイクが扉に目をやって独白する。


「しかしまあ、メル嬢がこうもあっさり人を招くとはな」


 そこは魔窟館の入り口であるホール。

 その場には今、ジェイクとリーゼ。そして二機のゴーレム達の姿があった。


「ええ、そうですわね」


 と、リーゼが答える。

 ジェイクもそうなのだが、彼女もまた私服だった。

 白い上質のセーターにロングスカートといった装いだ。ちなみにジェイクは濃い緑色のつなぎによく似たデザインの服を着ている。

 彼らはこの上にコートを纏って魔窟館にやって来たのだが、そのコートはゴーレム達に預けて今は着ていない。

 ジェイク達はルカを迎えるためにホールに集まっているのだ。

 なお、魔窟館の主人であるメルティアとメイドのアイリは、出迎えの装いの準備中でここには不在だった。


「まあ、ルカ嬢は良い子だしな」


 ジェイクが苦笑を浮かべてそう呟く。

 それに対し、リーゼは微笑んだ。


「そうですわね。ルカは純朴な子です。メルティアのスランプも脱したようですし、何より彼女に新しい友人が出来たことは喜ばしいことです」


「まあ、確かにな」


 と、ジェイクが同意する。

 彼らがルカを紹介されたのは三日前のことだ。

 ルカの出会いに関しては事前にコウタから聞かされていたが、トントン拍子で難問が解決していく状況にかなり驚いたものだった。

 そして、メルティアのルカに対するお気に入りっぷりにもだ。

 コウタはよく二人の様子を姉妹のようだと評するが、まさしくその通りだった。

 この三日間でメルティアとルカが会話をする光景は何度も見ていた。

 ジェイク達には全くついていけない言語で議論する光景は中々シュールであるが、互いに信頼関係がなければ議論など出来ない。メルティアならば尚更だ。こうも早く魔窟館にルカを招いたことが何よりの仲の良さの表れだった。


「人が苦手なメル嬢があそこまで気に入るとはな。しかしまあ……」


 そこでジェイクはあごに手をやり、リーゼに目をやった。

 その視線に気付き、リーゼは小首を傾げた。


「どうかしましたの? オルバン」


「いやなんつうか」


 ジェイクは少し気まずげに頭をかいた。


「正直に言って大丈夫なのか、お嬢」


「……? 大丈夫とは何がですか?」


 小首を傾げるリーゼ。


「いや、そのよ……」


 ジェイクは眉根を寄せて少し躊躇いがちに告げる。


「ルカ嬢のことだよ。純朴なのは間違いねえが、はっきり言ってすっげえ美少女だぞ。今はメル嬢との議論に夢中みてえだが、メル嬢と親しくなればなるほど必然的にコウタとも親しくなるってことなんだぞ」


 基本的にはリーゼの味方であるジェイクは懸念していた。

 見たところ、あの異国の少女はかなりの天然のようだ。メルティア、リーゼにも劣らない容姿ではあるが、色恋沙汰にはまだ全く興味がないようにも思える。

 しかし、コウタの天然たらしスキルは並みではない。

 それこそ何が切っ掛けでルカが目覚めるか予測は出来なかった。


「お嬢だって分かってんだろ?」


 と、リーゼに尋ねる。

 初めての弟子で浮かれているメルティアはともかく、冷静なリーゼがそれに気付かないはずがない。しかし、コウタに関してだけは結構メンタルの弱さを露呈することもある彼女はとても落ち着いてた。今も零号がお供しているとはいえ、ルカの出迎えをコウタ一人に任せているにも関わらずに、だ。


「ああ、そういうことですか」


 すると、おもむろにリーゼは微笑んだ。


「それならば、きっと大丈夫ですわ」


「は? 大丈夫って何がだ?」


 今度はジェイクが首を傾げた。


「お嬢だって……つうか、お嬢が一番コウタの天然たらしスキルの恐ろしさを知っているはずだろ?」


「ええ、そうですわね。コウタさまのあれは……」


 そこでリーゼはわずかに俯き、「ふう」と嘆息する。


「不意を突かれた時など抗いがたいぐらいときめいてしまいますわ。ですが、ルカの場合はまず大丈夫でしょう」


「へ? 何でそんなことが言えるんだ?」


 ジェイクの知る限り、コウタの天然たらしスキルに抗えた少女はいない。

 メルティアやリーゼが気付いているかは分からないが、最近はどこか淡泊だったアイリまで様子がおかしかった。大人びた性格は相変わらずなのだが、どうやら時々こっそりとコウタに甘えているようなのだ。


 思い出す。あれはこの間、魔窟館に遊びに来ていた時のことだった。

 用足しのため、廊下を進んでいたジェイクだったが、そこでアイリがコウタのズボンをくいくいっと引っ張っている光景に出くわしたのだ。


『ん? どうしたの? アイリ?』


『……その、んっ……』


 と、そんな二人の声が聞こえてくる。

 何やらアイリは、コウタにお願いをしているようだった。コウタはそれをあっさりと了承し、にこやかに笑うとおもむろにアイリを抱き上げ、ジェイクの前で『高い高い』をし始めた。そしてその後、幼児に対するようにぎゅうっと抱っこまでする。アイリはほとんど表情を変えなかったが、少なくとも嫌がってはいないようだ。それどころかコウタの首に自分からしがみついていた。


 これには流石にジェイクも目を丸くした、

 あの軍師のように老獪(?)な少女とは思えない行動だ。

 その時、背中を向けていたため、コウタ自身はジェイクの存在に気付いていなかったようだが、アイリの方とは完全に目が合ってしまった。普段はとてもクールな少女が愕然として目を見開き、みるみる頬を紅潮させる様は実に印象深かった。


 アイリでさえそんな状況なのだ。

 あの恋愛に免疫のなさそうなルカが、到底凌げるとは思えなかった。


「少し楽観しすぎてねえか?」


 と、ジェイクが状況を案ずる声を上げる。

 すると、リーゼはふっと笑い、


「楽観とは少し違いますわ。あえて言うならば直感ですわね」


「直感?」ジェイクは眉をひそめた。「何だそりゃあ?」


 リーゼは言葉を続ける。


「メルティアとわたくし。直接対話をする機会はありませんでしたが、メルティアから聞いた《妖星》の少女。


 さりげなくアイリの名も上げるリーゼ。

 ジェイクは頬を強張らせた。

 流石は名の知れた才女。新たな恋敵ぎせいしゃについてもすでに把握済みらしい。


「結局のところ、相手が好みの殿方でなければ恋心は生まれません。そういう意味でルカは安全なのです。何故なら彼女は――」


 リーゼは苦笑を零しつつも断言する。


「多分ファザコンですから」


「…………は?」


 ジェイクは目を丸くした。

 リーゼは平然と言葉を続けた。


「しかも重度の。彼女と会話して思いました。自覚しているかはともかくルカの好みのタイプは『包容力があって優しい大人の男性』ですわ。わたくしの友人にもそういう子はいますが、彼女達は同年代に好意を抱いても恋愛にまで発展する事はありません。未完成な少年よりも、完成された大人の方に心がときめくそうですわ」


「……へえ」


 ジェイクは少し感心した。

 なるほど。コウタは、包容力はある方だし優しくもある。しかし、まだ少年だ。どうしても時々年齢相応の幼さが面に出ることがある。そういった意味でルカの好みから外れていると言うことだろう。

 だがしかし、


「けど、それって文字通り時間の問題じゃねえか? あと数年も経てばコウタってルカ嬢のモロ好みのタイプになるってことだろ?」


 というジェイクの指摘に、


「あら。オルバン」


 クスクスとリーゼが笑う。


「考え方が逆ですわ。数年も猶予があるのですよ。そんな長い間、わたくしが手をこまねているとでも思いですか?」


 と、告げてリーゼは真っ直ぐジェイクを見据えた。


「コウタさまと結ばれるのはわたくしです。誰にも負けるつもりはありません」


 そう言って、扉に目をやり両手を腰の前で重ねて姿勢よく佇む彼女は、まるで夫の帰りを信じて待つ良妻のようだった。


(うわあ、お嬢の奴、ガチでコウタに惚れてんな)


 まるで揺らいでいない。

 レイハート公爵令嬢はしっかりと将来まで見据えていた。

 と、ジェイクが同級生の気迫に圧されていた時だった。


「……ム。アニジャカラ、レンラクキタ」


 不意にゴーレムの一機がそう呟いた。

 続けてもう一機のゴーレムと一緒に扉へと進んでいく。零号とリンクしている彼らはコウタ達が館の前まで来たことを知ったのだ。


「おっ、来たみてえだな」


「ええ、そのようですわね」


 ジェイクとリーゼが笑みを零す。

 ゴーレム達は左右の扉の取っ手を手に取った。

 そして魔窟館の扉は開かれた。

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