第三章 師弟。あるいは似た者姉妹

第132話 師弟。あるいは似た者姉妹①

 夕刻。

 時節が冬のため、すでに日も完全に沈み、うっそうと暗くなった魔窟館へと続く不気味な森の道をコウタは一人黙々と歩いていた。


「…………」


 コウタはずっと顔をしかめていた。

 しかし、それは闇の深さに怯えている訳ではない。

 彼の胸中にあるのは、メルティアへの想いだけだった。


(……新入生、か)


 友人が教えてくれた可能性を思案する。

 結局、今日分かったことは、在校生の中から条件に合うような人物を見つけ出すのはかなり難しいということだった。


(う~ん、一番重要で難関なのがメルと技術的な会話が出来るかってことだしなぁ)


 コウタは歩きながら腕を組んだ。

 やはり可能性があるとしたら『鎧機兵研究会』なのだが、正直言って、あの部活動をメルティアに紹介したくない。

 ただでさえ暴走気味になる時がある彼女が、さらに過激になりそうだからだ。


(なら、やっぱり新入生に賭けるしかないのかな?)


 技術面に明るく。

 同年代の女の子であり。

 さらには性格がまともである。

 改めて考えると、相当厳しい条件だった。

 果たしてそんな人物が都合良く新入生にいるのだろうか……。

 どうしても自信が持てず、見つかる可能性を疑ってしまうが、コウタは頭をぶんぶんと振ってその考えを吹き飛ばした。


(ダメだダメだ。もうその可能性しかないんだ。だったらやるしかない!)


 続けて、パンパンと自分の頬を打つ。

 今は弱気になっている場合ではない。メルティアのためにもしっかりしなければ。

 コウタは気持ちを引き締め直した。

 そうして森の中を進んで五分後、彼は魔窟館の入り口に到着した。

 そこからは勝手知ったるもので大きな扉を開けると、真っ直ぐ四階の寝室に向かった。

 メルティアはまだ寝室にいる。そう確信した足取りで進んでいく。

 気持ちが急いていた。情報収集とリーゼとの約束のために一時的に離れざるをえなかったが、メルティアの様子が心配だった。


(大丈夫かな? メル)


 普段は理路整然としたメルティアではあるが、彼女が精神的に脆いことは誰よりもコウタがよく知っていた。

 だからこそ、離れている時間の分だけ不安も募っていた。

 足取りも徐々に速くなり、遂には、コウタは駆け出していた。

 そしてようやく寝室に辿り着くと一度大きく息を吐き、扉をノックした。

 すると、「……開いてるよ」という返事がきた。

 だが、メルティアの声ではなく、アイリの声だった。

 嫌な予感がした。


「……それじゃあ入るよ」


 コウタは不安を隠しつつ扉を開けた。

 席を外していた四時間ほどで室内はかなり綺麗に整理されていた。きっとゴーレム達が頑張ったのだろう。この寝室のメイン家具とも言える天蓋付きベッドの姿もはっきり確認できる。そしてそのベッドの上には二人の人物の姿があった。

 ちょこんと正座するアイリと、その隣でシーツを頭から被ったメルティアだ。


「うゥ……こうたぁ」


 スーツの隙間から金色の瞳だけを覗かせるメルティアがコウタの名を呼んだ。


「み、見つかりましたか? 私のアドバイザーは……」


「……いや、それはまだだよ」


 コウタは気まずそうにそう告げる。

 それに対し、メルティアは分かりやすいぐらいに肩を落とした。

 そしてますます身を縮ませて、ブルブルと震え出す。隣に座るアイリが慰めるようにポンポンとメルティアの背中を叩いた。


「や、やっぱり、私はずっとこのままなのでしょうか……」


 あまりにもか細い声に、コウタの胸が締め付けられた。

 そして同時に理解する。やはり今、メルティアのアイデンティティはかなり揺らいでいるようだ。正直このままではいけない。アドバイザーを見つける前にメルティアの精神が潰れてしまいかねない。


「……メル」


 コウタはベッドの上に乗ると、メルティアの傍で胡座をかいて座った。

 次いで彼女の頭だと思う部位をシーツの上から撫でた。


「不安なのは分かるよ。けど、自分を追い詰めても苦しいだけだよ」


「で、ですが……」


 メルティアは震えつつ、言葉を詰まらせた。

 これはかなり重症だ。何とかして緩和させなければまずい。

 コウタはメルティアの頭を撫でながら、思案し――。


「あのね。メル」


 怯えるメルティアに告げた。


「スランプ解消には気分転換も効果的なんだよ。だからどうかな? これからボクと出かけないかい?」


「が、外出ですか?」


 メルティアは首を動かしてコウタの顔を見つめた。

 が、すぐに目尻に涙を溜めて。


「む、無理です。外出なんて出来ません。こ、怖いです」


「大丈夫だよ。ボクも傍にいるし、着装型鎧機兵パワード・ゴーレムも着ていいから。鎧機兵の工房を見に行こうよ。この時間でも大手ならまだまだやっているし」


「……鎧機兵の工房ですか」


 少しだけメルティアが乗り気になった。確かにそれは気分転換には持ってこいだ。

 他作品を見ることでインスピレーションも刺激されかも知れない。

 しかし、メルティアはどうしても一歩踏み出せなかった。

 何故なら――。


「ブ、ブレイブ値が深刻です。このままでは外出は不可能です」


 今は普段以上に気力が消耗している。本当に勇気が足りていなかった。


「こ、こうたぁ」


 そして縋るようにシーツの間からコウタを見つめる。

 それに対し、コウタは小さく嘆息した。幼馴染が何を訴えかけているのかは、もはや確認するまでもなかった。


「……うん。分かったよ」


 コウタは少し躊躇しつつも承諾した。

 今までも仕方がないと思いながら受け入れてきたが、今回ばかりは本当にやむをえなかった。メルティアの精神が深刻なレベルまで落ち込んでいるのは見て分かる。


 それに、結局のところ今までも結構ハグはしてきたのである。

 確かにあの理性が消失するような甘露のごとき感覚は、思春期真っ最中の少年にとって厄介ではあるが、それでも一度だって暴走したことはない。


(うん。大丈夫だ)


 これまでの経験でコウタは確信していた。

 ――メルティアを大切に想う気持ちは、邪な劣情ごときに負けたりはしない、と。

 こないだに至っては三十分にも渡る死闘さえも制したぐらいだ。

 厳しく苦しい戦いではあったが、勝利した後は大いに自信に繋がった。心的負担は今も変わらないが、もはやハグの一つや二つで自分は揺らいだりしない。

 ――何の心配もいらない。今回もきっと乗り越えられる。


(ボクが耐えることで、メルが元気になるのならそれでいいか)


 理性を強く強く締め直し、コウタは腕を広げた。


「おいで。メル」


 と、若干緊張しているが優しい声でメルティアを受け入れる。

 シーツの中で、メルティアは金色の瞳を輝かせた。

 と、その時だった。


「……コウタ。それはちょっと待った方がいいよ」


 今までずっと沈黙して様子を見守っていたアイリが、少しだけ不機嫌そうな声でそう忠告してきたのだ。


「ん? どうかしたの? アイリ」


 いつにない不機嫌な声に、コウタはアイリの方へと視線を向けた。

 一瞬正面から目が合った。

 すると彼女は目が合うとは思っていなかったのか瞳をパチクリとしてから、何故か不満げに頬を膨らませて睨み付けてきた。コウタが不思議そうに首を傾げると、アイリはぷいっと視線を逸らした。


「アイリ? 何かあったの?」


「……何でもないよ。ただ、コウタは本当に色々とずるいから」


「??? ずるいって?」


 言葉の意味が分からず、コウタが再び首を傾げる。しかしアイリはほんのりと頬を染めるだけで自分のことについてそれ以上は語ろうとはしなかった。

 ただ、その代わりにメイドとして再度忠告だけはした。


「……いつものハグだけど、今はやめた方がいいよ。すぎるから」


「へ? 危険って何が?」


 小首を傾げるコウタ。

 が、そうこうしている内にも事態は進行し、


「そ、それではコウタ」


 おもむろに身体を覆っていたシーツをはだけたメルティアは、今朝見た時から変わっていない姿、身を乗り出した。

 猫のように両手を前についたため、たゆんっと大きな双丘が揺れた。


「ど、どうか、よろしくお願いします」


 そう言って、普段よりも妖艶さが三割増しぐらいの姿でお願いしてくる。

 精神的に追い詰められていたこともあるが、基本的にグータラが大好きな彼女は朝から今まで一度も着替えていなかったのだ。

 アイリは「……もう遅い」と額に手を当てて嘆息した。


「………へ?」


 そんな中、キョトンとしたコウタの呟きが零れる。

 そしてまじまじと幼馴染のあられもない姿へと目をやり数瞬の沈黙。


「――――ファッ!?」


 かつてない脅威を前に、コウタの顔が盛大に引きつったのは言うまでもなかった。

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