第133話 師弟。あるいは似た者姉妹②

 四十分後。

 魔窟館の玄関先にて。


「……行ってらっしゃい」


 と、アイリが手を振ってコウタ達を見送っていた。

 彼女の両脇には専属護衛を務める二機のゴーレム達もいて。


「……ウム。タノシンデ、クルガヨイ」「……オミアゲハ、スパナデ」


 と、手を振りながら告げていた。


「う、うん。じゃあ行ってくるよ」


 コウタがどこか疲れ切った表情でそう返して、


『それでは行ってきます』


 と、少し声に覇気を取り戻したメルティアが言う。

 ちなみに彼女はすでに着装型鎧機兵パワード・ゴーレムを着込んでおり、二セージルを超す巨体でズシンズシンと歩く彼女の傍らには一機のゴーレム――お土産の荷物持ちを買って出た零号が追従していた。背後には廃屋敷にも見える魔窟館。周囲は薄暗い森。そんな中を大小で並んで歩く甲冑騎士の姿は中々のホラーである。


 ともあれ、コウタとメルティア、そしてお供である零号は一番近い鎧機兵の工房へと出かけることになった。

 魔窟館の森を抜け、アシュレイ家の門をくぐり、街灯で照らされた歩道を行く。周囲の通行人にビビられながらも二人と一機は順調に歩を進めていく。


 そうして二十分後。

 二人と一機は大きな鎧機兵の工房の前に立っていた。

 ショーウインドウに数機の鎧機兵を展示しているような大きな店舗だ。

 名前を『ココロッソ工房』と言い、エリーズ国内に十八店舗。隣国のグレイシア皇国にも十四店舗支店を展開しているかなり有名な工房だ。

 時刻的にはすでに八時をすぎているのだが、窓から見える店内は来客が多く、まだまだ大盛況な様子だ。


「それじゃあ入ろうかメル」


 コウタがにこやかに笑ってメルティアの――巨大な鎧の手を取る。

 ちなみに内心でコウタはこの無骨な手にホッとしていた。

 なにせ、過去最大の葛藤を乗り越えたばかりだ。正直あと一分もあのままだったら本当に危険だった。どうにか暴走だけは回避したが、流石に今はメルティア本来の柔らかな手を取ることなど出来そうにもない。

 しかし、メルティアの方はそんなコウタの心の内には気付かず、人の多い場所に入るということで緊張していた。


『は、はい。分かりました』


 ただ、おどおどとした様子でも最後にはそう答えた。

 勇気は充分補充して貰った。ここで尻込みしてはコウタに悪い。

 甲冑騎士と少年は手を取って店舗の前で佇んだ。

 その光景を目にして、行き交う通行人が訝しげに眉根を寄せていたが、


『……ウム! イザ出陣!』


 結局、工房の扉を開いたのは零号だった。

 カランカラン、と来客の鐘を鳴らして二人と一機は入店した。

 近隣では最大手だけあって店内はかなり広い。

 フロアには来客用のテーブルがいくつも設置されており、そこには騎士風の青年からスーツ姿の男性、他にも家族連れなどの姿が見える。さらにこの店舗は一階のみならず三階まであり、展示されている鎧機兵は一階だけで二十機を超えていた。どれから見るべきか目移りしそうだ。


「……ほう。これがデルタリア社の最新機か」


 ふと、テーブルに着いた男性がパンフレットを片手に呟くのが聞こえてきた。

 すると店員がにこやかに笑い、


「はい。当店にはその機体の試乗機もございます。奥には試乗場もありますので、ご試乗なされますかお客さま」


「ふむ。試乗か……」


 と、男性が興味深そうに店員に目をやった。


(へえ。ここって試乗までやってたんだ)


 と、感心しつつ、コウタは別のテーブルにも視線を向けた。

 どうやら、試乗に関してそんな感じのやり取りがあちこちで見受けられた。

 この店舗に来る機会は数回ほどあったが、試乗できることまでは知らなかった。

 しかし、コウタ達が試乗をお願いするのは無理があるだろう。コウタはともかくメルティアは着装型鎧機兵パワード・ゴーレムを脱ぐことが出来ないのだから。


(まあ、試乗できないのは残念だけど)


 展示されている鎧機兵を見物するだけでも相当見応えがある。

 きっと、メルティアの気晴らしになるはずだ。


「それじゃあメル。どの機体から見ようか」


 と、コウタは笑みを浮かべて、メルティアに話しかけた。

 しかし、返事がない。


「……メル?」


 コウタは小首を傾げてメルティアに目をやった。

 すると、彼女はとある方向を、ただじいっと見つめていた。


「どうしたの? メル?」


『い、いえ』


 再度声をかけると、メルティアは少し困惑した声で返した。


『その、何でしょうか? 入店してからずっと見られています』


「見られている?」


 コウタは眉根を寄せた。が、同時に得心する。

 メルティアの鎧姿は非常に目立つ。興味を抱かれるのは仕方がないことだ。

 幼馴染が緊張しているのは、その視線に怯えているからだろう。

 コウタは視線をメルティアが見据える方向にやった。

 メルティアを怯えさせるような不躾な視線なら注意しなければならない。

 そう考えて、険しい表情を浮かべていた……のだが、


(へ?)


 コウタは目をパチクリとさせた。

 呆気に――と言うよりも、拍子抜けしてしまった。

 何故ならそこにいた視線を向ける人物が、あまりにも可憐な少女だったからだ。


 年の頃はコウタよりも一つぐらい下だろうか。

 長い前髪が目立つ淡い栗色のショートヘアが印象的な女の子だった。

 白いダッフルコートを身につけており、メルティア(※本体)や、コウタにとって忘れられない、密かに今もその身を案じている菫色の髪の少女よりは一歩劣るが年齢離れしたプロポーションを持っている少女である。


 紛れもない美少女。この場所には全く似つかわしくない少女だった。

 そして名家のお嬢さまなのか、彼女の傍らには一人のメイドが控えている。

 少女は澄んだ水色の瞳を大きく見開いて、メルティアを見つめていた。


『あ、あう……』


 あまりに凝視されるので、メルティアはズシンと一歩後ずさった。

 ――と、それが切っ掛けになったのか。

 水色の瞳の少女はハッとした表情を浮かべ、まるで張り詰めた弦から解き放たれた矢のような勢いでメルティアの方に駆け出した。

 突然のことに少女のメイドも、コウタの方もギョッとして行動が遅れた。

 そうして誰にも邪魔されることもなく駆け抜けた少女はメルティアの前でキュキュッと立ち止まると、見た目通りの可愛らしい声で叫んだ。


「す、凄い、です!」


『え?』


 メルティアが唖然とした声を零す。

 すると少女はメルティアの巨大な手を掴み、


「そ、それはどこの新製品、ですか! ! 《星導石》は背中のバックパックの中ですか! 恒力値は!? 人工筋肉や鋼子骨格の配置は一体どうなっているん、ですか!」


 と、瞳をキラキラと輝かせて尋ねてくる。

 問われたメルティアも、隣に立つコウタも唖然として言葉もない。

 すると、それを見かねたのか零号が、


「……メルサマ、困ッテイル。オチツケ乙女ヨ」


 と言って、興奮気味の少女のコートの裾を掴んだ。


「―――――え」


 それに対し、少女はますます目を見開いた。もはや驚愕のレベルだ。


「す、凄い! も、もっと凄いのが、出てきました!」


 少女は身を屈めて零号に触れた。

 ヘルムから外装、両腕や尾などを次々と触っていく。基本的に紳士な性格をしている零号は無邪気な少女を邪険に扱えず、されるがままだった。

 コウタ達も状況が理解できず対応に困っていた。すると、


「……お嬢さま」


 不意に聞き覚えのない声が響いた。

 少女のお供をしていた妙齢なメイドの声だ。

 彼女は零号を一瞥して言う。


「その子が困っています。確かによく出来たおもちゃのようですからお嬢さまが興味を持たれるのも分かりますが、子供から玩具を取り上げるなどあまりにも情けない――」


「――ち、違います! カタリナさん!」


 その時、少女が振り向いて声を張り上げた。


「この子は子供じゃない、です! 鎧もおもちゃじゃないです! 外装はナイル鋼……弾性に優れ、比重も比較的に軽くて鎧機兵によく使われる鋼材、です。けど、いくら軽くても子供が支えれるような重量じゃないんです。信じられないけど……」


 そこで少女は零号のヘルムにそっと両手を添えて告げるのであった。





「『―――ッ!?』」


 コウタとメルティアは息を呑んだ。

 二人は互いの顔を見合わせた。


「き、君は一体……」


 そして数瞬の沈黙後、唖然としつつもコウタは尋ねる。

 この少女は、一瞬でメルティアの鎧も零号の正体も見抜いた。

 かつて瞬時に見抜いた者もいたが、その全員が人間離れした者ばかりだった。


 ――恐らくこの少女も只者ではない。


 内心で警戒心を高めるコウタだったが、対する少女はあわあわと両手を動かし、

「ご、ごめんなさい。まだ、自己紹介してません、でした」と言う。

 その後も自分のメイドに何度も視線を送り、おろおろとしていた。

 とても芝居のようには見えない動揺っぷりだ。

 コウタは想定外の反応に少し困惑しながら、


「え、えっと君。少し落ち着いて」


 と、まず少女を落ち着かせることにした。

 どうやらこの少女は、今までの曲者達とはかなり毛色が違うようだった。

 その無防備で純朴すぎる様子に、つい毒気が抜かれてしまう。


「落ち着いてから話をしようよ。ね?」


 コウタは優しい笑みを見せてそう告げる。

 少女は少し涙目だったが、コクコクと頷いた。

 そうして少しだけ和む空気。


 ――だが、この時のコウタは知らなかった。


 これが、いわゆる運命の出会いの一つであることを。

 実はこれこそがメルティアにとって、そしてコウタにとってもまさに生涯レベルでの付き合いになる少女との出会いであることを。


「その、わ、私の名前は、ル、ルカ=アティス、と言います」


 そして彼女は恥じらうような笑顔で告げた。


「は、初めまして。その、よ、よろしくお願いします」

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