第130話 暗雲低迷②
「「スランプ?」」
エリーズ国騎士学校のグラウンドの一角。
街路樹が並ぶ校舎沿いの道で、リーゼとジェイクは声を揃えてそう呟いた。
「うん。そうなんだ」
それに対し、二人に事情を話したコウタが頷く。
三人は道沿いに校舎へ向かって歩いていた。
時刻は夕方。放課後の約束を終えて三人――ジェイクは暇つぶしに付き合った――は落ち着ける場所として校舎前の噴水広場に向かっていた。
「かなり深刻みたいで、メル、本当に落ち込んでいたよ」
この場にはメルティアの姿はない。
どん底までにヘコんでいる彼女は魔窟館に引き籠もっていた。
「それで今日は学校においでになられなかったのですね」
と、リーゼが言う。
彼女の声は今朝に比べるとかなり弾んでいた。何故なら、そんな状況であってもコウタが自分との約束をきちんと覚えていてくれたからだ。
しかし、
リーゼは表情を引き締め直してコウタに尋ねる。
「それで、コウタさまはメルティアのアドバイザーとなれる人物をお探しになろうと思われたということですか」
「うん。そうだよ」
コウタは頷くと、リーゼとジェイクを交互に見た。
「どうかな? 二人とも推薦できそうな人っている?」
コウタ自身には技術系に優れた友人はいないが、二人とも交友範囲が広い。もしかしたら、すでに条件を満たすような人物と知り合っているかもしれない。
そう思った問いかけだったが、二人は渋面を浮かべて――。
「オレっちにはいねえな。メル嬢と技術系の話が出来て、しかも女子だろ? 流石に思い当たるのはいねえぞ」
と、ジェイクがコツコツとこめかみをつつき、
「わたくしにも思い当たる方はいませんわ。少しぐらいなら技術面に優れた友人はいますがメルティアと議論が出来るレベルとなると……」
リーゼもまた申し訳なさそうに頭を振った。
「……そっか」
コウタは少し残念そうに眉をハの字にした。
そう簡単には見つからないと思いつつも、内心ではやはり期待していたのだ。
「やっぱり地道に各クラスに当たっていくしかないのか」
と、コウタが呟いた時だった。
「あ、そういえば……」
不意に、リーゼがあごに指先を当てて呟いた。
「技術系と言えば、以前、友人が言ってましたわ。この学校には『鎧機兵研究会』という部活動があると」
「ああ、『
ジェイクもあごに手をやって首肯した。
「名前の通り鎧機兵を研究・開発する部活で、何でも学校にも一目置かれ、中には授業を免除されている生徒もいるって話だよな」
「ええ、わたくしの友人もその話を聞いて体験入部したそうですが――」
リーゼがジェイクの話を継いだ。
が、そこで少し間が空く。奇妙な間にジェイクは「ん?」と首を傾げた。
「実は、その……」
ややあって彼女は躊躇いつつも話の続きを語ろうとした……のだが、
「へえ~。そんな部活があったんだ!」
瞳を輝かせるコウタに遮られてしまった。
「放課後はすぐに帰ることが多かったから全然知らなかったよ。その部活ってどこでやっているの?」
そしてかなりの食いつきぶりを見せるコウタに、
「あ、はい。それは――」
と、リーゼは反射的に部活の場所――『鎧機兵研究会』の部室の場所を答えた。
校舎の三階にあるそうだ。コウタは「うん」と頷いた。
「じゃあ、早速行ってみようよ! まだ部活しているかな?」
「あ、コ、コウタさま、その……」
と、リーゼが何故か言葉を詰まらせるが、コウタには聞こえていない。
「お、おい。コウタ。オレっち、なんか嫌な予感がするぞ」
ジェイクもそう告げるが、コウタは構わず三階に向かい始めた。
彼にしては珍しく二人の意見を無視した拙速な行動だ。メルティアの危機なので気が急いていることもあるが、何より今回のケースは独力ではどうしようもない難問だ。そのため、不意に見えた光明を前にして目が眩んでいる状態だった。
そうして五分もせずに、かなり渋い顔をするジェイクとリーゼと共にコウタは目的の場所である『鎧機兵研究会』の部室の前に到着した。
部室自体は普通の教室と同じ造りだ。相違点として扉の隣には達筆な文体で『鎧機兵研究会。同志求む』と書かれたプレートが立てかけられていた。
「うん。それじゃあ話をしてみようか。意外と気が合うかもしれないし」
と、気軽な様子でコウタはドアに手をかけた。
そこでリーゼが「あっ」と小さな声を上げて手を伸ばした。
「あの、コウタさま。これだけは申し上げておきます。実は、わたくしの友人はこうも言っておりましたの」
一拍おいて、彼女は困惑した顔で告げる。
「あの場所は、『死神』が住む世界だと」
「……へ? 『死神』?」
コウタはポカンとした様子を見せるが、そのまま部室のドアを開けた。
するとそこには――。
――ギュイィィン……。
工具を片手に、金属板を加工する生徒がいた。
他にも数人の生徒がいる。図面をひく者。何かの部品を組上げる者と様々な作業をしているようだが、白衣を着る彼らは揃って目の下に隈を作っていた。
各自かなりの疲労が見える――と、その時、一人の生徒が机にぶつかり倒れ込んだ。
ガランガラン、と机の上に置いてあった工具が散らばっていく。
周囲の部員達がどよめき、駆け寄ろうとするが、
「情けない。道半ばで倒れるのか貴様は」
その時、冷たい声が響いた。
何故か一人だけ黒衣を着た生徒の声だ。
橙色の髪が眩しい彼がきっと部長なのだろう。どうして分かるかと言うと、裾がやけに長い黒衣の背中に白い文字で『部長』と書かれているからだ。
黒衣の部長は、コツコツと靴を慣らして倒れた部員に近付いていく。
そして掠れるような呼吸を繰り返す部員を一瞥して告げる。
「期間までもう三週間を切った。だというのに貴様はそこで倒れるのか?」
彼の声はどこまでも冷徹だった。
すると倒れた部員がグッと拳を握りしめた。
「……お、俺は」
そして大きく身体を震わせて部長の黒衣に掴まり、必死に立ち上がろうとする。
「俺はまだ戦える! まだ戦えるんだ!」
部員は血走った瞳でそう言った。
黒衣の部長は自分にしがみつく部員を見据えた。
そして――。
「よくぞ言った」
部長は微笑む。
「今は眠れ。目覚めた時にお前の力をまた借りよう。ここは俺に任せろ」
そう告げられた途端、部員は唖然とした表情を見せた後、力尽きてしまった。
バタンと前のめりに倒れた彼の顔は何かをやり遂げた漢のものだった。彼はすぐさま別の部員によって仮眠室に連れて行かれる。
それを見届けてから、黒衣を着た部長は壁にかけてある自分専用の火花を防ぐ白い防火面――何故か目の辺りに黒い縦線が刻まれている――を手に取った。倒れた部員の作業を代行するつもりなのだ。
「どうして……」
部員の一人が呟く。
「どうしてあんたはそこまで戦えるんだ? あんただって全然寝てないだろう……」
憧憬にも似た眼差しを部長に向けた。
すると、黒衣の部長はふっと笑った。
「疑問か? ならば教えてやろう。真の技術者とは何か。技術の最後の極意とは」
そして、彼は白い防火面を片手でスタイリッシュに下ろして被ると、刀剣並みに長いスパナ――これも何故か黒い――を手に黒衣をなびかせて告げる。
「それは俺自身が道具になる事だ――」
――ガラガラ、ビシャン。
コウタは一言も声をかけることもなく部室のドアを閉めた。
沈黙が続く。コウタもジェイクもリーゼも何もしゃべらなかった。
そうして三人が部室の前で固まって三分ほど。
「……リーゼ」
コウタが頬を引きつらせながら、ここを教えてくれたリーゼに尋ねた。
「……今のって何?」
「い、いえ。その、何だったのでしょうか?」
と、リーゼも困惑した様子で返した。
すると、ジェイクがフォローを入れる。
「ま、まあ、『鎧研』は変人揃いって噂だったしな。それよりコウタ。どうすんだよ。さっきの連中と話をしてみるのか? ここの連中は何だかんだ言ってもこの学校で最高の頭脳集団だしな。メル嬢と会話は出来るとは思うが」
と、答えは何となく分かるが一応尋ねてみる。案の定コウタは渋面を浮かべた。
「ダメだよ。彼らは色々な意味でガチ過ぎる。メルに変な影響を与えそうだしパッと見たところ女子部員もいなかったみたいだから、いずれにせよ無理だよ」
そう答えてコウタは深々と嘆息した。
やはり今回の問題の解決は簡単にはいかないようだ。
「けど結局、校内の最有力が彼らってことなんだよね……。仮に全校生徒を当たったとしても見つかるかな? そんな子がいたらすでにここの部活に入ってそうだし……はぁ、どうしたものか……」
と、コウタが情けない声を零した。
「……そうですわね」「そもそも条件からして難しいからな。同い年ぐらいの女子でメル嬢と技術的な会話が出来る人間かぁ……」
と、リーゼとジェイクも眉根を寄せてぼやいた。
そうして三人は悩む。
その間も「おい! また一人倒れたぞ!」「早く仮眠室に連れて行け」といった声が部室内から聞こえてきた。そして「くそ! このままじゃあ本当に新徒祭に間に合わねえぞ」という声も。
(ん? 新徒祭?)
ジェイクが片眉をピクリと動かした。
別段聞き耳を立てていた訳ではないが、妙にその単語が耳に残った。
そしてあごに手をやって数秒後、
「おっ! そっか! その可能性がまだあったな!」
不意に、ジェイクがパシンと拳を鳴らした。
どうやら妙案が思いついたようだ。
「え? 何か思いついたの? ジェイク」
コウタが眉をひそめた。リーゼも同様の表情だ。
そんな中、ジェイクはニヤリと笑い、
「なあ、コウタ」
そして悪戯を思いついた少年の顔で告げるのであった。
「いっそ、今度入学する新入生の中から見つけるってのはどうだ?」
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