第109話 それぞれの会合②

 場所は変わり、アシュレイ家の本邸。

 普段は会食などに使用される大応接室。何故か壁際に幼児サイズの甲冑がやたらと設置されている部屋にて現在、長いテーブルを挟む形で九名の人間が集まっていた。

 まずは今回の客人であるアルフレッドとリーゼの二人。イアンとシャルロットは従者として彼らの後ろに控えている。

 次いで、まるで玉座のように頑丈そうな特注の椅子に座るメルティアと、彼女の隣に座るコウタとアイリ。ジェイクもメルティア側に座っていた。ラックスはイアン達同様に彼らの後ろに控えている。本来ならば協力を依頼して招いているジェイクは別として、アシュレイ家の使用人であるコウタとアイリは、ラックスのようにメルティアの後ろに控えるべきなのだが、メルティアの強い要望でこの配置になったのだ。

 九人は何も語らず沈黙していたが、おもむろにアルフレッドが口を開いた。


「……メルティアさま。先程のお話、どうかご再考頂けないでしょうか」


 赤い髪の少年の顔は微かに強張っていた。

 明らかに不満が浮き出ているが、それも仕方がない。メルティアから告げられた内容はとても承諾できるものではなかったからだ。


「我々の目的は《死面卿》の捕縛です。そして現在、《死面卿》はその少女を標的にすると宣言している」


 アイリを一瞥し、アルフレッドは言葉を続けた。


「我々は《死面卿》の捕縛に全力を尽くす義務があります。――いえ、捕縛以前に最も重要なのは、標的にされた彼女を守り抜くこと。そのためにもメルティアさまのお言葉に従う訳にはいかないのです」


 祖国では温厚で知られるアルフレッドしてはかなり強い言い方だった。

 そのため、メルティアはわずかに肩を振るわせるが、


『む、無理です』


 それでも自分の意志を告げる。


『リ、リーゼやシャルロットさん、あと、オルバンさんならともかく、ま、全く知らない人を私の館に招くなど絶対に嫌です』


 それが、メルティアの返答だった。

 彼女が真っ先に宣言したのが、この台詞でもある。

 コウタは沈痛な面持ちでかぶりを振り、ジェイクはやれやれと肩を竦め、リーゼ、シャルロットは声に出さない程度に小さく嘆息した。

 ちなみにアイリとラックスは、表情一つ変えていない。


 一方、アルフレッドとイアンとしては、唖然とするしかない。

 今日この館に訪れたのは、自分達も警護に加わり、いかに連携を取るかを相談するためだったのに、いきなり初っ端から挫かれたのだ。

 それもこんな我儘な理由で拒否されるなど想定できるはずもない。


『べ、別に出入り禁止とは言っていません』


 メルティアはおどおどとした声で補足を入れる。


『他の騎士と一緒に敷地内の巡回や、本邸の出入りに関しては一切構いません。その、ですが、私とアイリが住む館――別館には立ち入って欲しくないのです』


「……メルティアさま」


 アルフレッドはとても力のこもった口調で告げる。


「相手は広大とは言え、皇都に二十数年も潜み続けた殺人鬼です。館の周辺の巡回だけでは万が一に潜入された場合、対応がどうしても遅れてしまいます」


『そ、それは……』


 正論にメルティアは言葉を詰まらせる。

 そしてしばし石像のように固まってしまった。

 その様子にリーゼが心配そうに目をやる。メルティアの性格や事情をよく知る彼女としては、今メルティアがどんな心理状態なのか手に取るように分かる。

 友人として、出来ることならば助け船をだしてやりたい。

 しかし、この会合はアシュレイ家とハウル家が主体であるもの。レイハート家のリーゼが口を出すべきではないし、何よりもメルティアへの無礼に当たる。


(……やはりメルティアには、まだ無理があるのでは……)


 リーゼは辛さを隠しきれない眼差しで、今度はコウタを見やる。

 すると、コウタはわずかに首肯した。


(……コウタさま?)


 訝しげに眉根を寄せるリーゼ。が、すぐにふっと笑みを零す。

 リーゼでも心配しているのだ。コウタの方はもっと心配しているに違いない。ここで彼女が出しゃばらなくても、彼がどうにかしてくれるのだろう。事実、黒い髪の少年は「メルティアお嬢さま。発言よろしいでしょうか?」と声を上げた。


『コ、コウタ!』


 対し、メルティアの方はホッとした声を上げた。


『か、構いません。どうぞ』


『では、失礼を』


 そう告げて、コウタはアルフレッドに視線を向けた。

 アルフレッドもまた、アシュレイ家の次期当主と噂される少年を見据える。


「ハウルさま。ご緊張なされているメルティアお嬢さまに代わり、補足のご説明をさせていただても宜しいでしょうか?」


「補足ですか。分かりました。お聞きしましょう」


 メルティアよりは話が通じそうだ。

 誰もが思う感想をアルフレッドも抱き、コウタの言葉に耳を傾けた。


「先程のお話で誤解を招いてしまったかもしれませんが、アシュレイ家の別館に護衛者が滞在していない訳ではありません」


「……そうなのですか? ですが、メルティアさまは貴方を含め、ごく少数の者以外は別館への立ち入りを制限されていると仰られましたが?」


「それは確かに事実です。しかし、それはあくまで新たに立ち入る者に対しての制限なのです。実は、別館にはメルティアお嬢さまの幼少時より仕え、実力・忠義ともに信頼を置く、百二十名を越える従者がおります。そして今回の事態に対し、すでに彼らは昼夜問わず別館の周辺、屋敷内を巡回しているのです」


 その台詞にはアルフレッド、そしてイアンも少し驚いた。


「それは……かなり厳戒な警備状況ですね」


「はい。ハウルさまが当家の従者の身を案ずるお気持ちには痛み入ります。しかし、館一つに対し、これほどの大規模な人数での警備が上手く機能するのは、彼らだからこそ可能なことなのです」


 コウタは表情を変えずに淡々と事実だけを告げる。


「……なるほど。そういうことですか」


 それに対し、アルフレッドはコウタの言わんとすることを察した。

 幼少時よりよく知る者同士だからこその絶妙な連携。そこに勝手の違う増援を加われば、返って連携が乱れてしまう。コウタはそう告げているのだ。


「勿論、メルティアお嬢さまとラストンには私を始め、特に面識の深い者が直接の護衛にも付きます。これは《死面卿》が変装などの手段を用いた事態を想定した配置です」


 黒い髪の少年はさらにそう補足した。

 アルフレッドは渋面を浮かべる。変装。確かにその可能性もある。面識の浅い者がその場に居ては付け入る隙になるだろう。


『そ、そういうことです!』


 ここぞとばかりに、メルティアはぶんぶんと頭を縦に振る。


『だ、だから応援は入りません。いえ、その、お手を煩わせることはありません!』


「…………」


 アルフレッドは沈黙した。

 アシュレイ家の言い分は理に適っている。《死面卿》が変装をする可能性を考えれば、護衛対象の周囲は面識のある者だけで固める方がいいだろう。アルフレッド達が護衛に付くことは戦力的にはメリットもあるが、デメリットもあった。

 アルフレッドは数瞬だけ瞑目する。

 そして、


「直接の護衛にリスクがあることは納得いたしました。別館への立ち入り規制もやむ得ない対応であると承諾いたします」


 慎重に言葉を絞り出した。

 すると、メルティアは肩を大きく震わせた。きっと、兜の下では表情を輝かせているのだろう。アルフレッドはそんな少女を見やり、


「しかし、我々としても手をこまねいている訳にはいきません」


『……と、と言いますと?』


 再びおどおどし始めるメルティア。

 彼女は胸元辺りで指先同士を不安そうに絡めていた。

 大柄な体格の割にはかなり臆病な少女だ。少しだけ可愛らしくもある。

 ……どうも臆病なクマみたいな女の子だな。

 そんなことを思いつつ、アルフレッドは真摯な声で告げる。


「我々にも任務があります。せめて、私と私の部下達をアシュレイ家の敷地内に滞在させて頂けないでしょうか」


『そ、それは……』


 メルティアは一瞬言い淀み、続けてコウタ、ラックスへと視線を向けた。

 二人はそれぞれ静かに首肯した。メルティアはこくりと頷き、


『わ、分かりました。別館に立ち入らないのならば問題ありません。ご自由にして下さって構いません。宿泊には本邸をお使い下さい。本邸には庭園巡回の指揮のため、ラックスが滞在していますので、ご用件があれば彼にお伝え下さい』


 という当主代行の返答に合わせ、ラックスが恭しく頭を垂れた。

 アルフレッド、そしてイアンも「宜しくお願い致します」と軽く礼をする。

 彼らのやり取りを見届けてから、メルティアはアルフレッドに尋ねた。


『で、では、今回のお話としては、これでまとめてもよいのでしょうか?』


「はい。我々にも準備がありますので、ここで一度失礼させて頂きます』


『そ、そうですか』


 言って立ち上がるメルティア。が、不意に膝をガクンと崩した。

 その様子に、アルフレッド、コウタが慌てて立ち上がる。


「メルティアさま!」「――メル!」


 アルフレッドとコウタの緊迫した声が響く。

 リーゼやアイリ、ジェイク達、ほとんど会話していないイアンを除く全員が大きく目を瞠ったが、当のメルティアは少し気まずげな声で答えた。


『す、すみません。少し緊張しすぎて誤操作を……』


「……誤操作?」眉根を寄せるアルフレッド。


『い、いえ! 何でもありません! 申し訳ありません。アルフレッドさま。ディーンさま。慣れないことで少し体調を崩したようです。お先に失礼しても宜しいでしょうか?』


 そう尋ねるメルティアに、アルフレッドは「はい。ご自愛ください。メルティアさま」とにこやかに答えた。

 彼女が無理をしているのは一目瞭然だった。

 話すべきことは話した。ならば早めに休ませてあげるべきだろう。


『あ、ありがとうございます』


 メルティアはそう返すと、コウタの方を一瞥した。

 そして体格には全く似合わない甘えるような声で『コウタぁ、ブレイブ値が、ブレイブ値がぁ……』と告げた。アルフレッドは内心で小首を傾げた。言葉の意味は理解できないが、どうやら彼女は黒い髪の少年にも一緒についてきて欲しいようだ。


「……ヒラサカ殿」


 アルフレッドは気を利かせる。


「メルティアさまは、ご体調をかなり崩されているように思われます。どうか貴方も付き添ってあげて下さい」


「………え?」


 そう告げられた黒髪の少年は一瞬だけ、実に複雑そうな表情を見せた。が、すぐに真剣な面持ちに切り替え、アルフレッドに礼をする。


「お心遣い、ありがとうございます。それではお先に失礼いたします」


 言って、鎧騎士の少女に寄りそうように立ち、二人は部屋から退出した。

 閉じられたドアの向こうから『あうゥ、コウタぁ。魔窟館までとてもブレイブ値が持ちそうにありません。その、近くのお部屋でお願いできますか?』「ええェ……いや、あのさメル。どうも最近当たり前のようにお願いしてない?」といった声が微かに聞こえてくるが、アルフレッド達がその内容を気にすることはなかった。

 何故なら、そんな些細な会話を聞き流すぐらいにインパクトのある出来事がメルティア達の退室の直後に起きたからだ。


 ――ガシュン、ガシュン、ガシュン。


 いきなり奇妙な足音がそこらじゅうから響き渡ったのだ。


「「…………え?」」


 アルフレッドとイアンは表情をそろえて唖然とした。


「……イノチビロイシタナ、コゾウ」


「……モシ、メルサマ、ナカセテイタラ、シンデタ」


「……コウタハ、ワレラノナカデモ、サイジャク」


 次々と告げられる物騒(?)な言葉。

 それは、あまりにも常識から離れた異様な光景だった。

 なにせ、壁際に立てられていた小さな鎧騎士達が一斉に動き出し、ぞろぞろと部屋から出て行くのだ。


「な、何だこれは……」


 唖然としてイアンが呟く。そうしている内にも十数体はいる紫色の小さな騎士達は退室を続け、最後の一体が「……シツレイスル」と言ってドアを閉めた。

 リーゼ達は顔色一つ変えていないが、アルフレッドとイアンは言葉もない。

 数瞬の静寂。

 そしてラックスは優雅に一礼し、にこやかに告げる。


「では、アルフレッドさま。イアンさま。ご準備の前に、お客さまのお部屋にご案内いたしましょう」


「え? 今のスルーなの!?」


 思わず素でツッコミを入れるアルフレッド。

 かくして、アシュレイ家での初の会合は無難(?)に終わったのである。

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