第110話 それぞれの会合③
――そして、その日の夜。
時刻は夕食も終えた八時過ぎ。
魔窟館の最奥にあるメルティアの寝室には、五人の人間が集まっていた。
部屋の主人であるメルティア当人と、コウタ。今回の事件の中心人物であるアイリ。そして泊まり込みの護衛を担うジェイクとリーゼの二人だ。
メルティア達女性陣はアイリを真ん中にして天蓋付きのベッドの縁側に並んで座り、コウタとジェイクは床の上で胡坐をかいていた。周辺には侵入者を警戒する数機のゴーレム達の姿もある。
五人はしばらく沈黙していたが……。
「……どうにか最大の難関を乗り越えました」
おもむろにメルティアが口を開く。
同時に、豊かな自分の胸元に片手を当てて安堵の息をついていた。
「いや、あのさメル」
そんな幼馴染に、コウタは呆れるように苦言を零す。
「最大の難関って……自己紹介と変わらない程度の挨拶じゃないか」
「そのただの自己紹介が私には困難なのです。コウタなら分かるでしょう」
メルティアはムッとした表情でコウタを見据えた。
彼女の幼馴染はボリボリと頭をかきつつ、「まあ、納得はできるけど……」と一応同意してから、メルティア以外のメンバーに視線を向けた。
「メルの話はともかく、少し状況を整理しようか」
と、全員に対し告げる。
「まあ、そうだな」とジェイクが両腕を組みながら返答し、「ええ。分かりましたわ」とリーゼが答える。メルティアとアイリは無言で頷いた。
「今、アイリを狙っている《死面卿》については、もう説明はいらないと思うから割愛するよ。話したいのは、今のアシュレイ家の警備状況――戦力についてと、これからのボクらの対応についてだ」
そこでコウタはリーゼに視線を向けた。
「今回はかなり危険そうだし、リーゼを巻き込むつもりはなかったんだけど……」
と、心配そうに眉をひそめる少年に、
「コウタさま」
リーゼは拗ねたような表情を見せた。
「コウタさまが、わたくしを心配してくださっていることは分かります。とても嬉しく思いますわ。ですが、アイリの危機にわたくしだけ除けものにされるは不本意です」
そう告げて、アイリの頭を撫でる。
「アイリを妹のように思っているのは、メルティアだけではありません。例えコウタさまのお言葉でも今回だけは退くつもりはありませんわ」
「……リーゼ」
強い意志を見せるリーゼに、アイリが顔を上げて彼女の名を呼ぶ。メルティアも「リーゼらしいですね」と柔らかな笑みを見せていた。
そんな少女達に、コウタとジェイクは顔を見合わせた。
そして数瞬後、互いに苦笑を浮かべて。
「やっぱ野郎だけじゃ女の子の護衛には限界もあるしな。ここは折れようぜコウタ」
「……仕方がないね」
コウタは小さく嘆息した後、リーゼの方を見やり、
「それじゃあ改めて頼むよリーゼ。アイリと……メルを守って欲しい」
と、信頼を寄せて告げるが、この言葉も忘れない。
「だけど、絶対に無理はしないで。ボクにとって君も本当に大切なんだ。君自身を守ることを決して忘れないで欲しい」
「は、はい。コウタさま……」
慈愛に満ちた黒い瞳に見据えられて、リーゼの胸の奥がきゅうと鳴った。
ジェイクからコウタがリーゼの事を『女の子』と意識し、大切に思っているとは聞いていたが、本人からもはっきりと告げられ、喜びが溢れだしそうだった。
とは言え、今は不審者に備えた緊急事態。気を抜いてはいけない。そう考え、少し火照りつつある頬を無視し、表情を引き締めた――つもりだったが、
「……リーゼ」
ジト目になったメルティアの冷たい声が響く。
「まだ顔がにやけていますよ」
「ふえっ!?」
あっさりとダメ出しをされ、リーゼは頬を両手で押さえた。
そしてそのまま、ますます赤くなって深く俯いて黙り込んでしまった。
「……リーゼ? 顔が赤いよ? もしかして体調が悪いの?」
そんな事を堂々と言うコウタに、周囲は呆れ果てた。当事者であるリーゼまで涙目になって「……ううゥ」とコウタを睨みつける始末だ。
「まあ、コウタは相変わらずだとしても……」
そこでジェイクはキョロキョロと周囲を見渡した。
実はさっきからずっと気になっていたのだ。
本来ならばこの場に居るはずの人物の姿が一人見当たらないことに。
「なあ、お嬢」
そしてジェイクは、恐らく事情を知っているであろうリーゼに問う。
「ところで、シャルロットさんは今どこにいんだ?」
◆
「………はぁ」
場所は変わり、そこはアシュレイ家本邸の二階。
公爵家に相応しい豪勢な内装の客室で、アルフレッドは一人嘆息していた。
大きなベッドの上に身を投げ出し、天井を見上げる。
この任務。容易ではないとは重々承知していたが、想像以上……と言うより想像外のところで難航していた。特に今回、納得した上とはいえ、やはり護衛対象の傍にいられないのはかなり痛い。どうしても対応が遅れてしまう。
ふうっと再度嘆息し、ぼんやりとした眼差しでアルフレッドは呟く。
「これは何か対策を考えないといけないか……」
個人的な思惑を別にしても《死面卿》の捕縛はアルフレッドの手で行うべきだった。
なにせ、ただでさえ、すでにエリーズ国に対して大きな借りが発生している。これ以上の借りはグレイシア皇国騎士団の団長はいざ知らず、副団長やアルフレッドの祖父は面白く思わないだろう。
「一番理想的なのは奴の潜伏先が判明することだけど……」
と独白しつつ、アルフレッドは渋面を浮かべた。
今も黒犬兵団は《死面卿》の捜索を行っているが、このパドロは皇都ディノスほどではなくとも紛れもない大都市だ。その中に潜り込んだ足取りはそう簡単には掴めない。
「どうしたものか……」
アルフレッドの独白は続く。と、その時だった。
――コンコン、と。
不意にドアがノックされたのだ。
もしやイアンが《死面卿》の痕跡を掴んだのか!
一瞬そう期待したのだが、
「……お休みでしょうか。アルフレッドさま」
閉じられたドアの向こうから聞こえてきたのは女性の声だった。
アルフレッドは訝しげに眉根を寄せるが、すぐに「いえ。起きています。今ドアをあけましょう」と答えてベッドから立ち上がり、ドアを開けた。
すると、そこにいたのは、
「……あなたは」
アルフレッドは少しだけ目を丸くした。
廊下にいた女性は顔見知りだった。
リーゼのメイドであるシャルロット=スコラである。
「夜分遅くに失礼いたします」
シャルロットは深々と頭を下げた。
「少々、アルフレッドさまにお尋ねしたい事がありまして」
「……私にですか?」
アルフレッドは少しだけ眉をひそめた。
シャルロットは表情を変えずに「はい」と頷いた。
一体何の用だろうか? アルフレッドは疑問を抱くが、とりあえず「立ち話もなんですので、中へどうぞ」と告げて、シャルロットを部屋の中に招いた。
シャルロットは「失礼します」と頭を下げてから入室する。
「では、こちらへ」
そしてアルフレッドは彼女を、部屋に置かれていた丸テーブルの席を勧めた。
二人はそのまま席につき、向かい合った状態で沈黙する。
その状況は数十秒ほど続いたのだが、よく分からない雰囲気に耐えきれなくなり、アルフレッドは口を開いた。
「あの、スコラさん? 私に尋ねたい事とは何なのでしょうか?」
すると、シャルロットはほんの少しだけ表情を崩し、
「個人的な話で申し訳ないのですが、実は……」
そう切り出した。
そして彼女は語り出す。
しばらく連絡を取っていなかった友人が風の噂で皇国騎士になったと聞いたこと。
もし友人が顔見知りであるのならば近況を教えて欲しい、と。
「へえ、そうなのですか」
アルフレッドは少しばかり破顔した。
なるほど。確かに個人的な話である。
しかし、この程度のことならばお安い御用だった。
「別に構いませんよ。私で答えられるのなら、お答えします」
と、快諾するアルフレッド。色々と思い悩んでいたところだ。彼としても気分転換には丁度よい話題だった。
「……ありがとうございます」
一方、シャルロットは珍しくはにかむような笑顔で感謝を述べる。
それから小さく息を吐き、
「それでは、ご存知でしたらお教え下さい」
と、そこで一拍置く。
そして少しだけ緊張した面持ちで彼女は話を切り出した。
「まず『彼』の名前なのですが――……」
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