第五章 それぞれの会合

第108話 それぞれの会合①

 王都パドロの王城・イスクーン城。

 その三階にある小会議室には今、四名の人物がいた。

 部屋の中央に置かれた円卓を囲む彼らは、全員が四十代半ばほど。その内の二人はメルティアの父であるアベルと、リーゼの父であるマシューだった。

 そして残り二人は、顎鬚を蓄えた筋骨隆々な人物に、銀縁眼鏡をかけた、やや痩身すぎる印象を持つ人物である。


「……くそったれだな」


 しばし続いていた沈黙を破り、顎鬚を蓄えた男が口を開く。

 エリーズ国騎士団を統べる四将軍の一人――四大公爵家の一つであるガーライズ家の現当主でもあるダン=ガーライズだ。


「皇国もとんだ迷惑をかけてくれるじゃねえか。領土ばっかデケェくせに殺人鬼なんぞ放逐してんじゃねえよ」


「まあ、それについては異論もありませんねぇ」


 と、少し間の空いた口調で答えるのは痩身の男。

 彼の名前はスティン=フォーランド。彼もまたダンと同じく四将軍の一人であり、四大公爵家の一つ――フォーランド家の現当主だった。


「本来ならば皇国内で片をつけて欲しかったところですよねぇ。幸いにもまだ我が国民に犠牲者は出ていませんが、もし一人でも出ようものなら……」


 そこでスティンは瞳を微かに狭める。


「流石に許しがたいですからねぇ。殺人鬼は勿論、皇国に対しても」


「当たりめえだ」


 ダンが両腕を組んで同意する。


「そん時は殺人鬼野郎には俺らの手で当然の報いを。皇国にもそれなりの礼をさせてもらおうじゃねえか」


 と、荒々しい口調で言い放つダンに、


「少し落ち着け。ガーライズ」


 落ち着いた声で語りかけたのはマシューだった。


「今回の件では皇国もそれなりに下手したてに出ている。それに、まだ起こってもいないことで怒りを抱くのは滑稽だぞ」


「――けッ!」


 ダンはマシューを一瞥して、吐き捨てる。


「てめえは相変わらず冷静だな。レイハート。けどな、起きる起きねえが問題じゃねえんだよ! 皇国のミスで俺らの国の国民が危険に晒されてっからキレてんだよ!」


「ええ。私もガーライズと同意見ですねぇ。現に今、我が国の民であるいたいけな少女が狙われています。今回の一件は明らかに皇国の失態ですよ。下手したてに出ていようが、相応の賠償を求めるべきです」


 と、スティンもダンの言葉に賛同した。まるで正反対の性格でありながら、学生時代から意外と気が合う二人にマシューは嘆息した。


「……ふむ」


 マシューはまだ発言していない最後の一人に目をやった。


「お前はどう考える? アシュレイ」


「………ん?」


 不意に呼びかけられ、アベルは面持ちを上げた。

 そこで三人の同僚が自分に注目していることに気付いた。


「ああ、すまん。えっと、殺人鬼の動向についてだったか?」


 どうも注意力が散漫になっていたらしいアベルに、ダンはムッとした表情を見せた。


「オイオイ。それも無関係って訳じゃねえけど、今していた話とは違えよ。しっかりしろよアシュレイ。らしくもねえな」


 と、苦言を零す。

 対し、アベルは、もう一度「すまん」と告げて頭をかいた。


「正直なところ、急激な状況の変化に少し困惑しているんだ。特に報告にあった《死面卿》の現在の標的はうちの娘のメイドだしな。身内が関わっていては流石に落ち着かん」


「……それもそうだな」


 マシューが皮肉気に口角を崩した。


「件の少女は――そう。《星神》だったか。うちの娘も関わった人買いの事件で保護した者の一人だったと憶えている」


「ああ、その通りだ」アベルは首肯する。「わずか八歳で人買いなどを経験した子だ。それに加え、今回の件。察するに余りある」


 と、独白してから、


「だからこそ、あの子にはこれ以上の不安を抱かせるつもりはない。うちの本邸には今、精鋭を配備している。噂に聞く殺人鬼といえど容易く手を出せる布陣でない。騎士の誇りにかけてあの子は絶対に守り抜いてみせる」


 アベルは、マシュー達に力強い眼差しを向けて告げる。

 すると、ダンが「やれやれ」と肩を竦めた。


「けっ。不抜けてんのかと思ったら、結局いつものアシュレイ節かよ」


「まあ、これでこそアシュレイでしょう」


 スティンもくすくすと笑う。

 アベルの熱血ぶりは、学生時代から何も変わらなかった。


「歳をとっても熱苦しい男だな」


 マシューもまた苦笑を浮かべて告げる。

 が、すぐに真剣な面持ちで三将軍に目をやった。


「だが、アシュレイの言う通りだ。最も優先すべき事案は件の少女の保護。次に殺人鬼の確保だ。皇国に対する賠償は……」


 一拍置いて、


「この件が解決してからでも遅くはないだろう」


 その発言に、ダンとスティンは一瞬渋面を浮かべるが、


「……しゃあねえか。優先順位的には一番下だしな」


「そうですねぇ。すべてが解決してから要求しますか」


 と承諾する。しかしその直後、


「ああ、そういやぁ」


 ふと、ダンがあごに手をやって呟いた。


「例の皇国のガキ。ハウル家の小僧は今どうしてんだ?」


 今回の一件の対応のため、皇国が派遣してきた少年のことを思い出す。


「ああ、彼ですか……」


 スティンもすっかり忘れていた顔で首を傾げる。


「彼はレイハートの家にいるのですよね? 大人しくしているのですか?」


 と、台詞の最後の方でマシューに視線を向ける。

 対し、マシューは口角を崩した。

 それから、やや頬を引きつらせているアベルを一瞥し、


「彼なら今頃、アシュレイの館にいるはずだ。なにせ、彼は今回の件のために派遣されたのだ。動くのは当然だろう」


「おいおい、それ大丈夫なのかよ?」


 マシューの言葉に、ダンは眉をしかめた。


「あのの孫とは聞いてるが、そいつ自身はまだ十五、六歳程度のガキなんだろ? 現場の連中の足手まといになるんじゃねえか?」


「その点においては心配ないだろう」


 マシューは確信を以て告げる。


「皇国騎士団は実力重視の組織だ。血縁のコネなどで入団できるような騎士団ではない。それがたとえ、かつての騎士団長の孫であってもな。彼の実力は疑う必要もないだろう。むしろ私が気になるのは……」


 そこでマシューは、どんどん顔を強張らせていくアベルに視線を向けた。

 必然的にダンとスティンの視線もアベルに集まる。

 不意に訪れる沈黙。

 そして十数秒が経ち、ようやくマシューが口を開いた。


「……アシュレイ。お前、本当に大丈夫なのか? ここにいても」


「…………う」


 思わず言葉を詰まらせるアベル。

 マシューとの付き合いは実に長い。アベルが今、何を最も気にしているのかなど全部お見通しなのだろう。それは他の二将軍も同様だった。


「あっ、そういうことかよ。つうか、かなり思い切ったな、アシュレイ」


 そう独白して、ポンと手を打つダンに、


「……アシュレイ。帰らなくてもいいのですか?」


 と、心配そうに声をかけてくるスティン。

 そんな友人達に対し、アベルといえば、


「だ、大丈夫だ! あの子ももう十五歳だぞ! きっと、私の代わりを見事に務めてあげてくれるはずだ!」


 かなり上擦った声でそう言い放った。

 アベルの愛娘に対する甘やかしっぷりを知る三人の友人は、沈黙を以て応えた。

 空気がひたすらに重い。


(ううゥ、とは言ったものの……)


 アベルは内心で冷や汗を流しつつ、今頃本邸にいるはずの愛娘のことを想った。


(あの子自身が望んだこととはいえ、本当にメルは大丈夫なのだろうか? ああ、どうか頼むぞコウタ。ラックスよ)

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