第100話 遭遇③
――ガシュン、ガシュン、ガシュン……。
時刻は昼の一時過ぎ。週末である《土轟》の日。
足音らしき奇妙な音が鳴り響く。
そこは王都パドロの市街区にある飲食店の多い大通りだった。
聞き慣れない音に歩道を進む通行人達は一瞬だけ視線を向けるが、すぐに苦笑を零して興味を失った。その足音の主が『子供達』だったからだ。
人数は四人。兄妹らしき、騎士学校の制服を着た黒髪の少年のメイド服の綺麗な少女。そんな彼らに付き従うように赤い外套を幼児のような背丈の二人の騎士。足音の主は彼ら二人だった。随分と金と気合いが入っているが、要は『騎士ごっこ』のようだ。通行人は気にもせず足を進めた。
そんな光景がしばし続き……。
「う~ん」
不意に黒髪の少年――コウタが唸った。
「意外とみんな気にしないんだ。正体を隠さない方が案外目立たないんだね」
「……だから言ったよ」
と、メイド服の少女――アイリが言う。
「……ゴーレム達は鎧を着た子供で誤魔化せるって」
「……ウム。オレタチコドモ」「……キシゴッコ、タノシイ」
と、当事者であるゴーレム達も言う。
コウタは、ポリポリと頬をかいて苦笑いを浮かべた。
魔窟館のゴーレム達は好奇心旺盛な機体が多いのだが、意外にも彼らが自主的にアシュレイ邸の敷地内から出ることはない。彼らの存在理由がメルティアの身の回りの世話をすることにあるからだ。しかし、全く外に出る機会が無い訳でもなく、例えばアイリが買い物に出かける時などは大きな外套を頭から深々と被るような工夫をしてきていた。
だが、今の光景を見ると開き直った方が周囲は勝手に解釈してくれるようだ。
「う~ん、まあ、二機ぐらいならそれでもいいのか」
と、コウタが再び唸る。
ともあれ、二人と二機は街中を進んでいく。
目的の場所はこの通りにあるケーキ店だ。メルティアに頼まれ、コウタ達はケーキを購入するために向かっているのである。
「……メルティアも一緒に来ればいいのに」
アイリがジト目で隣を歩くコウタを見つめた。
今回の買い物。本当はメルティアも外出に前向きだったのだ。
しかし、それを台無しにしたのが、コウタだった。
「い、いや、アイリ」
コウタは顔を強張らせて言い訳をする。
「流石に毎日、ブレイブ値の底上げなんて出来ないよ。あれって、ボクの精神力をゴリゴリ削って来るし……」
と、そこで深々と嘆息する。
先日、全く同じ理由と目的でブレイブ値の補充をしたばかりなのに、今回の外出もメルティアはブレイブ値の底上げを要望してきたのだ。
メルティアの望みであるのならば大抵の事は叶えてやりたいと考えるコウタだが、あれだけは本当にまずい。何回やっても慣れないし、何より心臓に悪い。少なくとも定期的に期間を空けなければ、コウタの理性が消失するか、それとも血圧の負荷で心臓が停止するかのどちらかの未来しか想像できなかった。だからこそ、今にも泣きだしそうなメルティアを「うん。じゃあ、今回だけだよ」と言ってしまいそうな自分の気持ちを必死に抑えて説得し、今回は辞退したのである。
「どうもあれはメルの癖になってるみたいだし、本気で対策を考えないと……」
と、切羽詰まった顔で呟くコウタ。
アイリとゴーレム達は揃ってかぶりを振った。
「……カイショウナシメ」「……イイカゲン、カクゴヲキメロ」
と、小さな声でゴーレム達が辛辣な言葉を告げる。
アイリも軽く首肯した。少女の顔は少しだけ不機嫌だった。
だが、それも仕方がない。コウタの鈍感さにはアイリも霹靂しているのだ。
彼女の主人である紫銀色の髪の少女は、他者とのコミュニケーションがとても苦手なのも相まって、かなり奥手な性格をしていた。
そんな彼女が毎回ブレイブ値の底上げ――ハグを要求しているのである。さぞかし勇気を振り絞っているに違いない。きっと、あの大きな胸の奥底では心臓が痛いぐらいに早鐘を打っていることだろう。なんといじらしいことか。
だというのに、この鈍感な少年ときたら――。
アイリは、ぶすっとした表情でコウタを睨みつける。
「……意気地なし」
言って、彼女はコウタの足を蹴った。
「え? アイリ? どうかした?」
しかし、鍛え上げているコウタは、アイリの仕置きにさえ気付かない。少女はますます不機嫌になって歩道を進む足を速めた。ゴーレム達もそれに続く。
コウタは頭の上に疑問符を浮かべるが、とにかく彼らの後に付いていく。
そして十分もしない内に、彼らは目的地に到着した。
ショーウィンドウから店内の様子が見えるかなり大きな店舗だ。
ウィンドウ越しから見える店内はかなり繁盛していることが窺える。どうやら店内では軽い食事も可能なようで、四角いテーブルが幾つか設置されており、その席すべてが埋まっている。思いのほか男性客が多いのも特徴か。
初めてこの店に来たアイリが小首を傾げた。
「……甘さ控えめの店なの?」
男性客の多さからそう考えるが、
「いや、違うよ」
アイリの疑問に答えたのはコウタだった。
「この店に男性客が多いのは、きっと彼女が目当てだと思うよ」
「……彼女って?」
「まあ、それは入れば分かるよ」
そう言ってコウタは店のドアを開けた。
カランカラン、とドアにつけてあるベルが鳴る。
「いらっしゃいませ!」
そう言って、出迎えてくれたのは店員である少女だった。
年の頃は十七、八ほど。肩まである栗色の髪と、愛らしい笑顔。調理服の上からでも分かるぐらいスタイルがいい。紛れもなく美少女と呼んでもいい容姿の少女だった。
彼女はこの店のオーナーの一人娘であり、看板娘でもあった。
「……ああ、なるほど」
アイリは納得する。
各テーブルに居座る周囲の男性客のデレきった顔を見れば一目瞭然だ。
この店にいるほとんどの男性客は、彼女がお目当てらしい。
「あっ、コウタ君!」
すると、少女はコウタに満面の笑みを見せて、
「また来てくれたんだ!」
実に嬉しそうに歓迎する。コウタも相好を崩し、
「うん。今日もいつもの宜しく」
と、コウタにしては珍しく気安げな口調で告げた。
何気にコウタはこの店の常連だった。ただ、コウタの場合は彼女目当てではなく、この店のケーキがメルティアの好物であることが一番の理由だが。
「うん。すぐに用意するから少し待ってね」
言って、彼女は忙しく他の客の相手をし始める。
その様子を一瞥してからコウタはアイリを見やり、
「じゃあ、アイリは好きなの選びなよ」
「……うん。分かった」
そう答えて、アイリはケーキの陳列するガラスケースに貼り着いた。何故かケーキを必要としないはずのゴーレム達も彼女に倣う。ここに来るまでは何故か少し機嫌が悪かったアイリだったが、もういつもの調子のようだ。
コウタは少しホッとした後、手持無沙汰に店内を見渡した。
すると、そこで意外な人物を見つけた。
「あれ? イザベラさん?」
「……おや、コウタ君ですか」
と、同じくコウタの存在に気付いたイザベラがこちらに振り向いた。
胸元の前にて下ろす三つ編みの髪がたこそいつもと同じだが、彼女は珍しく私服だ。薄手の白いセーターと黒いスカートを履いている。
彼女はテーブル席の一つにつき、コーヒーを呑んでいた。
「珍しいですね。イザベラさんとケーキ店で会うなんて」
彼女の傍に寄り、コウタはにこやかに話しかける。
「私も女ですから。ケーキには目が無いんです」
と、表情一つ変えずにそう告げてくるイザベラ。
コウタは「そうだったんですか」と答えた。
イザベラ=スナイプス。
アベルの腹心とも呼ばれるほど優秀な騎士である彼女も女性ということか。
コウタは少し親近感を覚えた。そう言えば学校で、ジェイクやフドウ達が卒業した先輩達から借用したという歴代の卒業アルバムを見ながら、イザベラと、リーゼのメイドであるシャルロット。そしてもう一人、二年前の卒業生である女性――面識がないので名前は忘れたが、その三人をエリーズ国騎士学校が誇る『氷結系三大美女』と評していたが、こういった一面を見ると、やはり彼女は血の通う暖かい人物だと改めて思う。
「ああ、ところで……」
すると、ソーサーにコーヒーを置き、イザベラが口を開いた。
「アベ……アシュレイ将軍は、甘いものはお好きなのでしょうか?」
ガラスケースの方を目やり、独白のように問う。
「ご当主さまですか?」コウタはあごに手をやって思い出す。「結構お好きですよ。脳には糖分が必要なんだ、とメル……お嬢さまと同じようなことを仰ってましたから」
イザベラは「……え」と少しだけ目を瞠った。
「そうなのですか? それは知りませんでした。ならば、今後はご休憩の際にケーキをお出しすることも考慮した方がよいのでしょうか」
「あははっ、そうかもしれませんね」
コウタは柔和に笑う。
「きっと、ご当主さまもお喜びになられると思いますよ」
と、その時、「……コウタ、コウタ」と名前を呼ばれた。見るとレジの前でアイリがコウタを手招きしていた。どうやらすでに支払い直前まで準備が出来ているらしい。
「ああ、準備が出来たみたいです。じゃあイザベラさん。ボクはこれで失礼します」
「ええ、また会いましょう。コウタ君」
と、イザベラはやはり表情を変えずに首肯する。
しかし、親愛の感情だけは伝わってくるのでコウタは破顔した。
「それじゃあまた」
そう言ってコウタはケーキを買うと、アイリとゴーレム達と一緒に店を出ていった。
「またのお越しを!」
看板娘が名残惜しそうに手を振っている。
そんな少女に目をやりつつ、
「……アベルさまは甘いものがお好き」
平均以上はある双丘を支えるように腕を組み、イザベラがポツリと呟く。
「これは思わぬところで重要な情報が聞けました。やはりコウタ君は良い子です。さて。ここは私もケーキの一つでも購入しておきましょうか……」
そう言って、彼女はガラスケースの中にある全く興味のないケーキを一瞥した。
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