7 覚醒三日目
嘉永七年一月二十日
――覚醒三日目――
今日から朝食は、お粥とみそ汁。
かなりの大藩なわりには、とても質素だ。
まるで、禅寺の修行僧メニューみたい。
神君家康公の遺訓にしたがい、病人じゃなくても朝はご飯と一汁一菜が基本?
家康って……容保から約二百五十年くらい前でしょ?
ありえねー!
どんだけ質実剛健な藩風なの?
殿様なんて、朝昼晩三食、会席フルコースでも食ってたのかと思ったよ。
そんなこんなで、朝食終了。
食後、座敷になにやら道具類が持ちこまれ、問答無用で鏡の前にすわらされる。
そして、頭部中央をじょりじょり!
知らなかった!
ちょんまげ中央ハゲ部分は、毎日剃らないと野球部みたいなイガグリに成長するらしい。
だから三日間寝たきりのあと、両サイドロン毛・真ん中スポーツ刈り風の怪しいヘアスタイルになってたのか!
じょりじょり終了後、今度は結髪。
背後の傍点小姓が手際よくちょんまげを作成するあいだ、俺はされるがまま。
眼前の鏡に顔がうつる。
覚悟はしていたが、そこにあったのは俺の顔じゃなかった。
…………にしても?
ねぇ、容保ってこんな顔だっけ?
たしかに、松平容保の顔なんて、清水の手作りウンチク教材でしか見たことないけど。
でも、コレ……ちがくね?
ウンチク集『幕末の大名編』の写真は、陣羽織姿で二十代後半ころのもの。
ウィキ●ディアあたりから拾ってきて、画質の悪いプリンターで印刷したからやや不鮮明だったが。
粒子の粗い写真の顔と、鏡で見ている顔。
印象がちがって当然………なんだが。
写真の容保は、古風な美男だった。
鏡の中から見かえす男は……、
切れ長の目、すっきりとした端整な顔だち。
ちょんまげじゃなかったら現代でも十分通用する――ってか、すげーイケメンじゃねぇかーっ!
とにかく、あの写真とは似ても似つかぬ別人。
あっちの『容保』とは両親ともにちがうし、容貌もまるっとかわったのか?
身長は、目線の高さから俺と同じくらい。
百七十三~四センチ?
俺も容さんもやせ型だが、俺は長距離ランナーとしての筋肉がちゃんとついていた。
容さんはただのガリ。
数日寝こんだあとは、日常生活にも支障をきたすスーパー虚弱体質。
というわけで、現時点での最優先目標を決定!
『故障中の
問題なのはこのモビルスーツ、いきなり筋トレなんかしたら確実にぶっ壊れる。
よくよく考えた末、ジジババにもやさしいラジオ体操からはじめることにした。
本音をいえば、歩くなんてヌルイことより、長距離ランナーあこがれの皇居ランを、江戸時代の空気の中でやってみたいが……それは、まぁ、今後のトレーニング次第でどうにでもなるだろう。
ちょんまげ完成後、即人払い。
身体機能チェックのため、座位で上半身だけかるく動かしてみた。
なんだ……これは??
本当に人類の身体なのか?
絶望的なレベルだろーがっっ!
すこし腕をまわしただけで、骨がボキボキ鳴る。
真横に体を倒すが、ほとんど曲がらない。
首の旋回で、寝ちがえたときみたいに筋が
マジかよ?
いままでどんな生活してきたんだ?
想像以上にひどすぎる。
………いや、憑依霊の分際で宿った身体に文句言う権利なんかないだろ。
かるいストレッチを、毎日数回にわけて、チビチビやってくしかない。
攣った首筋をマッサージしながら、先の見えないゴールにちょっと気が遠くなる。
一月二十二日
ストレッチ開始三日目
夜になって、なんとか立位で正規のラジオ体操に近い動きができるようになる。
身体の可動域もだんだん広がってきた。
調子に乗ってジャンプ運動をしたら、こむら返りをおこした。
泣けた。
ガチで泣けた。
言いたくないけど……とんでもない欠陥住宅に引越しちまった!
もうすこしマシな物件にリハウスしてぇよ!
そして、ラジオ体操。
すこしナメてた。
きっちりやると、けっこうキツイじゃねぇか!
逆にいうとちゃんと、理にかなった有酸素運動になってるんだろうな。
とりあえず、がんばってみますか。
一月二十三日
ストレッチ開始四日目
今日からかるいスクワットもプラス。
その姿を、小姓のひとりに見られる。
そいつは一瞬茫然とした後、顔を引きつらせ猛ダッシュで逃げていった。
あれはたしか……容さん小姓中最年少の……森粂之介?
人払いしてただろーがっ!
『人払い』というシステムがあるにもかかわらず、どうも常に監視されているような気がする。
殿様にプライバシーはないのか!?
こうして肉体改造にはげむこと約一週間。
覚醒初日におぼえた違和感――全身まるっと薄いダイビングスーツ着用!、みたいな身体と神経(意識)のズレがすこしずつなくなっている。
だんだん身体と心がなじんでいくような?
日常生活においては、相かわらず容さんは俺の意思を松平容保としてふさわしい言動に自動変換し表出してくれている。
身体的には人間ばなれした超虚弱霊長類だが、容さんのたたずまいはちょっと感動的。
とにかく優雅。
ちょっとした立ち居ふるまい挙措のひとつひとつが、ホントにエレガントかつスマート。
さすが大藩の嫡男!
幼いときから、美しい身ごなしをきっちり躾けられてきたことがよくわかる。
言語も、乱れのないきれいな武家言葉。
俺もすこし見習わなくちゃ、っす。
そうした表に出る部分が今までどおりだからか、まわりの人間も中身が別人になっているとは気づいていないようす。
たまに、「?」となることがあっても、
「生死にかかわる大病をしたあとだから…?」
と、みななまあたたかく見守る方向らしい。
自宅療養中、幕府と井伊両方から何度も登城要請の使者がくる。
体力面ではまだまだ発展途上段階。
しかし、外を歩くことは身体機能の回復度を測るいい機会だと思い、登城してみることに。
明日も召集かかってるっていうし。
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