5  憑依

 

 ちょっとまどろんだらもう陽がかたむきかけていた。



 ふたたび重湯・トイレ・安静。


 傍には離脱した井伊の医者と西郷という字幕のオッサン以外は朝と同じメンツ。



 どうやら西郷は、たまたま今朝ここにいあわせたところで俺が起きたらしい。


 常にスタンバってるのは、ジイサン・医者その二・小姓三人。


 小姓はほかにも何人かいるようで、このあと傍点男以外はときどき入れかわる。



 なんでこいつだけかわらねーの?



 しばらくすると女の一団がやってきた。


 中一くらいの女子を中心にしたオバチャンたちの軍団は、入ってきた瞬間からクラクラする強い匂いをまき散らしながらの行進。


 それは、京都の土産物屋独特のニオイ――たぶん、におい袋的な香りをもっと濃縮したような強烈なフレグランス。


 全員打掛スタイル。


 髪は結婚式の和装花嫁みたいに結いあげ、櫛やかんざしが突き刺さっている。



 女の子が前を通るとき、小姓たちは畳に手をついて深々と礼。


 少女は無言のまま俺の枕もとに。



「殿の妹君ですぞ」


 ジイサンは、探るような目つきでこっちをジロジロ。


 どうやら、病気の影響で記憶が怪しくなった(設定の)俺に対する脳リハビリのつもりで呼んだらしい。



 中学生まで拉致ってきたのか?


 それともジイサンの孫がお姫さま役か?



「兄上」


 ゆるゆるとお辞儀をする少女は、おどろくほど顔色が悪かった。


 白いというより青白い肌。


 額も頬も余分な脂肪はなく、頭蓋骨にぴたりとはりつく皮膚。


 高価そうな着物の袖口からのぞく簡単にポッキリ折れそうな手首。


 結いあげた髪が重そうに乗るか細い頸部。


 骸骨なみにガリガリで見てるだけで痛々しい。



「お加減はいかがですか?」


(君のほうが病んでるみたいだけど?)とぼんやり思ったとき。



「……とし……」



 唇が小さくつぶやいていた。



 う……うそ。



 ――利――?


 そんな名前、俺は知らない。


 しゃべろうともしていない。


 なのに、身体が勝手にそう呼んだ!



 無性にいとおしい気持ちがわいてくる。


 初めて会った子供に。


 保護してあげたくなるような不思議な気持ち。


 まるで……自分の家族にいだくような。



 な、なんで?



 焦燥――混乱――不安――



 どういう……こと?


 自分の体なのに、心身ともに自分でコントロールできないって?


 狂っているのは、ジイサンたちじゃなくて…………俺なのか?



 いまにして思えば……前も……そうだった。


 俺が言ったはずの言葉が……口から出たときにはちがう表現にかわっていた。


 心はぐちゃぐちゃなのに、身体は少女を見つめてしずかにほほえんでる?



 なんなんだ……これは?



 前回は危篤状態から覚醒したてで、まだ頭がまわってなかった。


 でも、あらためて思いだしてみると……おかしなことばかりだ!



 心あたりのない和風の座敷。


 たった三日で歩行が困難なほど衰えまくってた身体。


 一部が不自然にのびている髪。


 知らないはずの人名や事柄が、字幕やフラッシュになって瞬時にわかる現象。



 これって……?


 これって……まさか?


 タイムスリップっ!?



 なにげなく思いつき、ゾッとした。


 腑に落ちる点もある。


 しかし、辻褄があわないこともある。



 SFのタイムスリップは、個体ごといろいろな時代に飛ばされる設定。


 その場合、行った先では誰もその人を知らない。


 ちがう時代・異国の服を着た人間は、周囲から完全に浮くのがデフォ。



 だが、これはちがう!



 浮いてない。



 むしろ、ジイサンたちは、俺のことを(というかこの外側を)よく知っている。


 しかも、身体はまわりに迎合する態度を、俺の意志なんかおかまいなしで勝手に取っている。


 違和感をもっているのは心だけ。



 つまり……『意識だけが飛ばされた』ってこと?



 身体は幕末の殿様で、ようするに憑依霊として俺の心だけがここに存在してるのか?



 ……なら、殿様の意識(魂?)は、どこに?



 覚醒して以降、ほかの存在は感じない。


 身体が勝手に作動したときも、強い動機によるものとは思えなかった。

 とくに考えなくても自転車に乗れたり、ルーティンワークをこなす感覚のような。



 それとも、多重人格の別人格のひとつとして、俺はこの器に共存してるのか?


 俺が眠っているあいだ殿様が表にでているのか?



 もしや、殿様が脳死状態のとき、同じく二十一世紀で急死した俺の魂がたまたま空いていたこの身体に入りこんだのか?


 まるで、ヤドカリみたいに。



 その場合、身体にも記憶って残るのか?



 でも、実際、俺のもっていない記憶をこの身体はおぼえてるじゃないか!



 初対面のはずなのに、相手の名前や役職がわかること。


 聞いたことのない単語が、自然に漢字変換されて理解できること。


 俺の考えが、時代劇風言語で表出されること。




 そういえば、以前聞いたことがある。


 臓器移植を受けた患者の話。


 手術後、それまでキライだった食べ物が大好物になったという話を。

 調べてみると、それは臓器提供者が好きだったもの。


 ドナー情報は患者には伝えられていないはずなのに、不思議だね~ってオチで。


「細胞にも記憶する力があるのか?」って一時話題になったこともある。


 だが、この身体――臓器ひとつどころか脳ミソこみの全身丸ごと。


 となると、記憶量のキャパもハンパなくデカいはず…………。


 ってことは、これは……大富豪の変人ジイサンが、金に飽かせて構築したバーチャルゲームじゃないのか?



 うそ……だろ?


 ……………。


 じゃあ、これからどうすればいいんだ?


 記憶つき生体モビルスーツに乗っちゃった俺は?



 しかも……よりによって……日本史上最悪の貧乏くじ男・松平容保に憑依って……。



 なんの罰ゲームなんだよーぉっっっ!?




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