3 会津藩主 松平容保
考えをまとめよう。
ジイサンたちのペースにハマっちゃダメだ。
精神がイッテる人にふつうに話しても、解放してもらえない確率が高い。
下手したら……人生が終わる。
絶対逆らわず、穏便に部屋から出ていってもらおう。
そして、スキを見て……。
日本史ネタでくるなら、ちょっとした思いちがいや矛盾を見つけ、それでやつらの揚げ足を取る。
俺と話してもつまらないって思わせて、ここから出ていかせるんだ。
日本史を思いだせばいいのか?
日本史……生徒の評判は最悪だった。
なにしろ、社会科担当の清水は、自分のウンチクを語りたいがために教師になったという、非常に迷惑な男。
しかも、その興味対象がミクロ的にせまいっ!
好きな時代が、幕末限定。
なので、原始・古代~中世は超高速でかけぬける。
織豊政権~八代徳川吉宗までは、幕末の前ふりのためいやいや時間を割く。
そして、九代家重・十代家治――つまり田沼時代から急にペースダウン。
寛政の改革あたりになると本番突入。
授業ではお手製のレジメ、というかもはや小冊子なみのページ数をほこるウンチク集が、毎回毎回、次々次々、ドサドサ配布され、想像を絶するバカ丁寧なレクチャー開始。
「そんなの入試にでるかよ!」という抗議は、毎年生徒たちからあがるが、もちろんシカト。
数年前、超難関大の試験にマニアックな資料が出題。
それがたまたま清水のウンチク集にものっていたせいか、学校側もあまり強くとがめなくなった。
日本史は三年次履修なのだが、受験科目に日本史Bを選択する生徒は、救済策として、清水以外の教師が担当する。
入試問題頻出の明治~現代を一ヶ月半の猛追で終わらせるなんて、ハイリスクすぎるからだ。
世界史・政経受験の生徒は、ほぼ全員、清水が担当。
アメリカからの帰国子女で、日本史と古文が苦手な俺は、最初から世界史一本。
当然、清水組。
受験に関係なくお気楽だったせいか、授業は意外におもしろかったけどな。
……ん……待てよ?
幕末の会津藩主っていったら……松平容保……だよな?
じゃあ、俺は、松平容保役……なのか?
ちょっと微妙だろ、それ?
……あれ……?
容保って、養子じゃなかった?
そうだよっ!
忘れもしない、あの二学期中間テストっ!
〈幕末、徳川御三家・親藩・譜代などに養子に入り、活躍した兄弟を『○○○兄弟』という。○○○を埋めよ〉
答えは、『高須四兄弟』
美濃高須松平家は、徳川御連枝で血筋がいいうえ、子だくさん。
子供たちもみな優秀だった。
それで、世継ぎのいない多くの大名家と養子縁組。
尾張徳川家・一橋徳川家・会津松平家・桑名松平家などの名家をつぎ、高須松平家出身の四兄弟は勤皇佐幕両派にわかれ、活躍したらしい。
だけど、そんなマニアックな問題、だれが解けるよ?
「んなこと知るかーーーっ!」
大ブーイングでも問題の撤回はない。
なんで、『ライト兄弟』『団子三兄弟』……とにかく、三文字の兄弟の名前をみんな適当に書きまくった。
だから逆にがっつり残ってる。
で、さっき、ジイサン、なんて言ってた?
『殿がお亡くなりになられたら藩祖以来のお血筋が途絶えます』?
たしか、容保の先代藩主も、高須松平家の血統。
会津藩の先々代は、四歳で家督をつぎ、幼君が早世したら藩が無嗣断絶になる。
だから、家老が他家のワケあり赤ちゃんをこっそりもらってきて、幼い藩主のバックアップ――つまり弟に仕立てあげたんだよな?
その赤ちゃんが、のちに容保の養父になった人で、じつは血のつながった叔父だったはずだ。
そうそう、清水がドヤ顔でウンチクたれてたっけ!
会津松平家なんて、すでに二代前に血統絶えてるじゃねーかっ!
妄想のホコロビ見ーっけ!
『おい! ジイサン! 容保は養子だろーがよっ!』
「じい、わたしは養子なのか?」
また俺の思考とはちがう言いまわし。
俺の問いに対し、ジイサン茫然。
「な、なんと仰せに?」
ぶるぶるふるえだすジイサン。
やった!
勝ったっっ!
「と、殿がご乱心なされたっ!!!」
……は……?
ジイサン、ショック死しそうなほど錯乱。
「殿は、殿はどうなってしまわれたのだーーーっ!?」
ジイサン、スキンヘッドにつかみかかる。
だが、坊主は意外に冷静。
「ご心配にはおよびません。重篤な病から回復した直後は、このような意識や記憶の混濁がみられることも、しばしばございます」
「そ、そうであったか……」
ジイサン、急速にクールダウン。
そして、涙目で俺を見る。
「殿はまちがいなく藩祖土津公、すなわち保科正之公直系にございまする!」
じっとりした空気が……重い。
(ところで、保科正之って?)と思った瞬間、
《保科正之
二代将軍秀忠公・庶子
三代将軍家光公・異母弟
会津藩松平家祖
死後、
という情報が、光速で脳裡をかけぬけた。
「父君は、六代
母君は、加賀前田家の
殿は、そのご嫡男としてお生まれになったのではございませぬか!」
おい……ジジイ……いくら仮想世界とはいえ……史実ガン無視か?
おそろしいほどいいかげんだな!
あー、もうやだ、これ以上つきあいきれねー!
肉体的にもメンタル的にももう限界っ!
睡魔が……いや、心神喪失?
なんでもいいや、寝よ。
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