2 嘉永七年一月
足が……がくがく。
全然力が入らない!
すさまじい倦怠感と疲労感。
崩れ落ちる。
息苦しい。
フルマラソンを走りきったあとみたいに。
なんだ?
どうしちゃったんだ?
体が……ありえないほど衰弱してる!?
水泳・サッカー・スキー・陸上――小さいころから「スポーツ命っ!」で、体力だけがとりえだった。
その俺が……立つこともままならない!
肩を上下させ、酸素吸入。
呼吸で肺が焼ける。
息を吸うたびゼイゼイ鳴る呼吸音。
やっぱり……突然昏倒したのは死病だからなのか?
そんなにヤバいのか?
もう助からないのか?
よつんばいの状態で荒い呼吸をくりかえしていると、ジイサンたちがもう一度布団に押しもどす。
「いまは養生なさいませ」
ムカつくが逆らう体力もない。
センター試験が終わった以上、ラストチャンスは各大学の一般入試。
出願はしてあるものの、残りあと二週間。
「センターでイケるでしょ?」とタカくくってたから、そっちは完全に準備不足。
いまこの状態じゃ、今年はもうムリじゃね?
四月からのキャンパスライフ。
チャラチャラした、ゆる~いサークル活動。
キレイな女子との合コンっ!
『男子校・陸上バカ・汗臭い(シューズの臭いは凶器レベル)ゆえに彼女いない』な暗黒時代に終止符♡風お花畑構想はガラガラ崩壊。
……もう少しまじめに勉強しとけばよかった。
AO入試なら、年内には進学先が決まっていたのに。
そうしたら、クソ寒い東京の雑踏で急に倒れることも、正体不明のオッサンたちに拉致られることもなかったはず。
後悔が次々にこみあげる。
夏――
秋――駅伝県予選が終わったら勉強に集中しようと思っていたのに、逆に脱力してなにも手につかず。
冬休み――最後の追いこみをする時期に、箱根駅伝中継をしっかり視聴。
われながらバカすぎて涙がとまらない。
この病気が治ったら……どうにか復活できたら……一浪して、今度こそちゃんと勉強しよう!
「大学なんてどこでも同じっしょ」なんて、ふざけたことはもう言わない。
死ぬ気で勉強して、今度は絶対MARCH以上をめざすっ!
めずらしくポジティブな感じになっている俺。
反対に、ジイサンたちはなぜかオロオロしはじめる。
うつろな目をして横たわる俺の姿に、はげしく不安感をかきたてられているもよう。
「殿、お気を強くお持ちくだされ! 会津二十三万石、お世継ぎなくばお家がお取りつぶしになります。藩祖土津公に対して顔むけできませんぞっ!」
なんだよ、さっきからわけのわからないことばっかほざきやがって。
「……会津?」
無意識に復唱。
「さようにございます。殿がお亡くなりになられたら、藩祖以来のお血筋が途絶えまする!」
ジイサン、会津って言ったよな?
あ、なに?
ジイサンの妄想ワールド脳内設定では、
っ!
俺が拉致られた
……んなわけねぇか。家からずっと
適当に捕まえてみたら、たまたま会津若松市民だったんだろ。
で、時代設定はいつなの?
なんかもうヤケクソ。
どうせ寝たきり状態だし。
つきあうふりして油断させ、回復したらダッシュで逃げよう。
はいはい、それじゃ今日は何日って設定?
……は?
嘉永って、たしか幕末頃の年号だったはず。
すっかりその気になりやがって。
花のお江戸妄想ワールドか?
嘉永七年――西暦に直すと何年だ?
そのころの歴史的事件といえば……?
手堅いところでいうと、
『アメリカのペリー艦隊は?』
「メリケンのペルリ艦隊はいかがいたした?」
また謎の変換。
それを聞いたジイサン、ひどくビックリ。
「殿がお倒れになった翌日、一月十六日ペルリがふたたびあらわれたとのこと」
――ペリー再来航――
ってことは、グレゴリオ暦1854年。
日米和親条約が結ばれた年だな?
「その儀にて、連日評定がつづいておりまする。殿にも登城せよとのご公儀よりの御使者が、たびたび」
へー、そういう重要な会議によばれるほど、ジイサンの殿さまは高スペック設定なのか。
城=江戸城・ご公儀=幕府――のような図式が、なぜか脳内にうかぶ。
ジイサンによると、
「会津藩の使いが御城に会議欠席届を提出にいき、そこで井伊につかまって『殿重体』がばれた(設定)」
「本来なら、世継ぎのない藩主が危篤などという超マル秘情報は改易につながるため、おいそれと外には漏れないようにするが、井伊は特別な人だから心配ご無用(な設定)」
「井伊さまは、大殿亡きあと、まことの親も同然のお方」???
井伊と聞いた瞬間、『井伊直弼』とひらめく。
あの『安政の大獄』の、井伊?
大粛清の首謀者的な、あまりいいイメージのない井伊直弼と親密な間柄?
ここの人間関係って、どういう設定なの?
あーもー、脳沸きそうっ!
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