プチシュー

オイシュットダンシュイン城。

『双姫の乱』を代表に数々の戦乱を耐え抜いてきた名城は、落城の危機にあった。


「国の都合にタクマを巻き込んだ。何たる醜態。その罪、万死に値す」と義憤、自己嫌悪、羞恥に駆られた民衆がブレチェ国の象徴たる本城に殺到し、本能のままに暴れ始めたのである。


固く閉ざした城門や城壁を「武器を使ったら怒りの伝導率が下がるから」と己の拳で破壊せんとする女性たち。その凄惨たるや、歴史に記される全ての革命を超越していた。


「警備長! もう持ちません! 城門が殴り壊されるのは時間の問題です!」


「見張り塔からゴム弾を掃射しろ、老人子どもだろうと容赦するなっ!」


「とっくにやっています! パニックになった一部の警備員が実弾も使いましたが、あんまり効いていません。奴ら、タクマさんのグッズを投与して防御力カチカチです」


「ええい、お手軽に人の枠からハミ出しおって!」


警備長は空を仰いだ。地獄と化した地上とは裏腹に、雲一つない澄みきった天上。

美しい青の世界にいっそ吸い込まれてしまいたいと思ったが、城門が突破されると否応なく行きつく場所だ。逝くならタクマの手によって、と決めている。先日発表された『タクマくんとのラブラブ家族プラン』も経験していない今、ここで散るワケにはいかない。


「先代の女王陛下のお力を借りよう。民衆へ落ち着くよう説得していただくのだ。お身体と、お意識の調子がよろしくないが……国家存亡が掛かっている。尻を叩いて矢面やおもてに立ってもらおう」


「とっくにやっています! パニックになった一部の警備が寝たきりの先代を無理矢理バルコニーに立たせたのですが……民衆からの投石が当たって先代は更なる深い眠りに……」


「ええいっ、どこまでも役に立たない先代めっ! それとパニックになっている一部の警備員を縛り上げておけ、勝手に動きおって」


警備長は頭を抱えた。

国家の敵、ヘイト増し増しでみんなのコロコロ対象になっている先代女王が倒れても民衆は止まらない。足りないのか、ブレチェ国の象徴たる城を粉々にするまで民衆の怒りは収まらないのか。その城に仕える自分たちの運命は……想像しただけで寿命が縮む。こうなれば――


「命より尊いものはない、城門を開放しよう。一気に押し寄せる住民に紛れて城を脱出するぞ」


「その言葉を待っていました。はよ逃げましょ」


「全員私服に着替えろ! 上手く住民に扮して――」


ぎゃああああっ!?


警備長の指示をかき消す悲鳴が上がった。見張り台からゴム弾を斉射していた警備員の声だ。見ると、城壁を登り切った数人の暴徒に襲われ羽交い絞めにされている。

数年前にイルマ女王の妹が城壁を登って侵入する事件があって以降、改修されて壁の取っ掛かりは無くなっていた。凹凸の無い表面に、元々十メートル以上の高さがあれば登られる恐れはない……が。


「しまったっ! 奴らの拳は壁にめり込む。凹を自ら作り出して登ってきたのか!?」


気付いたところでもう遅い。ロックなクライミングで城壁を殴り越えた狂乱の民衆たちが城内へ躍り出る。

一度でも穴が開けば決壊は免れない。今から民衆に紛れるのも至難である。警備員の命運はオイシュットダンシュイン城と共に尽きた――


『んんぅるぅんん~~~~』


――かに思えた時、そのハミングが城内のスピーカーから流れ出した。


『ルルル~~ラララ~~~』


歌詞はない。如何にも即興、当たり障りのないハミングだ。しかし、その効果は超絶である。

ヒャッハーしていた者たちはピタッと停止するか、パタッと倒れ伏すか、ガタッと見張り台から足を滑らせ落下していく。


『おはよう、こんにちは、こんばんは。タクマです。皆さん、この度はお騒がせしました。俺は元気です、五体大満足です』


うっ……と助かったはずの警備員も数名倒れた。生の極限状態の中で性の極限を供給されれば、オーバーフローで心を保てるはずがない。


『何も心配することはありません、何も憤ることはありません、気に病むことなどありません』


立てこもり犯を説得するような、心臓を撫でる安らぎの声。

ハミングを逝き延びた人々は握りしめていた拳を解き、その場に膝を突いて頭を垂れ、タクマを感じるために全てのリソースを聴力に割く。


『皆さんの手は人を滅するためではなく人と手を繋ぐため。皆さんの口は憎悪を吐き出すためではなく愛を語り合うため。殲滅だなんて悲しい事は止めてください』


染みて渡って行き届く。静止した世界で奏でられる福音。


『どうか落ち着いて、あなたの傍にはいつだって俺が居ますから。俺を感じてください』


終わりそうな世界の中、タクマを感じた人々は平等に召されていった……




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★




緊急生放送によって、世界はプチシュー(プチ終末)から一定の落ち着きを取り戻した。

真矢さんの報告によると、ブチ切れタクマファンの暴動で、世界各国に置かれていたブレチェ国大使館の六割が半壊、三割は全壊、一割は無にしたらしい。


ブレチェ国内の混乱は一応の収束を迎えた。街も村も暴徒に蹂躙されて荒れに荒れ、特に王家に関わる建造物は、あわや歴史の中に消えるところだったそうだ。

ブレチェ人を始め、巻き込まれた他国の人々も合わせて人的被害は相当らしいが、俺の生放送によってみんな再生・蘇生したので実質被害ゼロとのこと(なお放送の影響で失神者無数)。

世界規模のテロで死傷者皆無って、やっぱこの世界の人たちは頑丈だわ、生物としての強度がおかしい。でも、俺の心労が減るんでOKです。


と、思っていたら。


「こんにちは拓馬様、こちらでお会いするのは初めてですので新鮮な感動がございますね」


心労が人の形をして乗り込んできた。

なぜですか、由良様。事件の解決のために南無瀬領入りしているのは聞いていましたけど、わざわざ訪ねて来なくても。


「よ、ようこそいらっしゃいました……あ、ですが妙子さんは不在でして」


「存じています。妙子様は襲撃者の処罰で手が離せません。そこでイルマ様の今後についてワタクシの方で検討する事になった次第です。現状を正確に把握したく、まず拓馬様のご意見を伺ってよろしいでしょうか」


「も、もちろん協力します。じゃあ、お話は応接室で」


「ワタクシ程度に応接室をお使いになられるのはもったいないです」


「いやいや」

国主を格不足にしていたら誰が使うんだよ応接室。


「拓馬様のお部屋……ではイケませんでしょうか。


「あ、はい」


『ねっ』の語気に組み伏せられ、俺は由良様をマイルームにお招きすることになった。ちなみにダンゴや真矢さんも俺の部屋の方が集中出来るからと、由良様の提案に異議を挟まなかった。




「ここが、拓馬様の部屋……生で見ると格別です(ボソッ」


気になる発言をしながら、座布団を「普段拓馬様が座っているものでしょうか?」「え、いえ客用ですけど」「……ありがとうございます、お借りします」沈痛な面持ちで受け取り、正座して「すぅぅぅ……んん」と深く息を吸って呑み込む由良様。


流れるような不審者ぶり――だが、ままええわ(事なかれ主義)。



短脚テーブルを挟んで由良様と向き合う。俺の後ろにはダンゴの二人と真矢さんが控える形だ。

長旅を感じさせないバリっとした巫女服に、清楚にして凛とした佇まい。若干怪しいながらも清らかな空気に包まれ、慣れ親しんだ部屋から厳かな竹林に迷い込んだ錯覚に陥る。


「先に申しておきますと、イルマ様はワタクシの屋敷で保護します。今のブレイクチェリー女王国にお戻りになるのは、燃え残った全てに火を点ける事になりますので」


「賢明な判断。現在のイルマ氏は歩く爆薬庫、ちょっとした火種で国がボン」

「あたしとしては、そっちの方がスッキリするけどね。後腐れなくするには、腐る物すら残さないのが一番」

「隣国が無法地帯になったら絶対うちらの国にも飛び火するわ、あかんあかん」


「燃える云々は置いといて、由良様と一緒でしたらイルマ女王も大人しくなる……と思いますし、保護するに越したことはありませんね」


イルマ女王が良からぬ事を企てても、剛腕と(俺の中で)知られる由良様なら対抗できるかもしれない。バケモンにはバケモンをぶつけんだよ理論である。


「イルマ女王も大人しく……ですか。拓馬様はイルマ様に懸念を抱いているのですね。そう思わせるモノが、襲撃事件にあったのでしょうか」


「はい、今回もそうですし、先日行ったイルマ女王との結婚式でも――「あ゛?」 


ヒエッ……う~ん(死期)


「拓馬様、お言葉は正しくお使いください。イルマ様とは『タクマくんとのラブラブ家族プラン』のデモンストレーションでご一緒になっただけの事。それ以上の意味は微塵も無く、拓馬様には心に決めた人が居て、結婚を控えている。そうでございましょう?」


「…………デ、デス、そうデス」


空間が清楚から凄訴に早変わり、いつものゴゴゴが物理法則と俺に容赦なくダメージを与えてくる。話し合いは始まったばかりなのにダウン寸前だ。

おぶヴぇぇ……

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