特殊性癖の女王

『本日15時、不知火群島国 南無瀬市の南無瀬テレビ局の地下駐車場にて、同局をご訪問していたブレイクチェリー女王国のイルマ・ブレイクチェリー女王が十数名の集団から襲撃を受けました。そんな事は置いといて、なんと黒一点アイドル・タクマがたまたま現場に居合わせてしまったのです。幸いなことに、優秀な男性身辺護衛官・音無氏の活躍もありタクマにケガはありませんでした。襲撃者は捕らえられており、今後南無瀬組が主導となり襲撃者の正体・目的が調査されるでしょう。仮にブレイクチェリー女王国の内ゲバが原因とすれば、タクマを巻き込んだ責任は重く、融和が進められていた両国の溝を大きく広げると予想されます』




「この記事、酷くないですか? 事実と推測が混じっていて気持ち悪さを感じます」


「僕も三池君の感想に同意だとも。恣意的な文章が多分に含まれ、この事件を煽りたい気持ちが透けて見える。記事の出所はゴシップを生業なりわいとする小規模メディアのようだ。過激な内容で目立ちたいのだろう」


「あたしは素敵な記事だと思います。特に『優秀な男性身辺護衛官・音無氏の活躍もあり』って部分、分かってるな~って感心する他ありませんね」


「感心するかは別として、音無さんの名前が普通に出てきていますけど、どこで知ったんでしょうね? タクマのダンゴの情報なんて公式ページやファンサイトに載せていないのに」


「えへへ、あたしや静流ちゃんって結構有名なんですよ。ネット掲示版の『脳を移植したい先ランキング』や『取り憑きたい先ランキング』でトップになっていますし。あと定期的にコロコロ予告が」


「ストップ! すんません、話題を出しておいて何ですが、これストップで! それよりイルマ女王が襲われた話に戻りましょ、ねっ!」


やべぇよ、やべぇよ。襲撃事件より闇が深そうだよ。んなもんをキャッキャと口にする音無さんのオリハルコンメンタルもやべぇよ。


南無瀬テレビから南無瀬邸に帰還した俺たちは休むのもそこそこに、広間に集まった。普段は食事で活用する畳の空間に腰を落ち着かせて、闇深やみふか小話を挟みつつ思い思いに記事の感想を述べていたところ。


「ふん! 唾棄すべき駄記事、これは焚書もの」と、椿さんが腰を浮かせて憤った。珍しく語気と言葉遣いが荒い。


「同じく三池氏のダンゴである私が無いものとして扱われている。今回は偶然にも凛子ちゃんが活躍してしまったが、全ては私の痒い所に手が届きまくるサポートあっての事。それに気付かない節穴記者の書く駄文に値打ちなし。よって燃やすべき。以上、証明終了」


「ま、まあまあ。燃やそうにもこれネット記事ですし、俺は椿さんの活躍をしっかり認識していますから、今日もありがとうございます」


「おおう、三池氏ぃぃ……一番分かってほしい人に伝わる喜び。ボリボリ噛み締める」


ふぅ、椿さんが口からボリボリ発しているうちに話を進めよう。

襲撃時の違和感、記事の内容、そしてこれまで散々見せつけられてきたイルマ女王の奇行から考察するに――


「思うんですけど、今回の襲撃事件はイルマ女王の自作自演ではないでしょうか」


「いきなり何を言うのかね……!?」


驚いたのはおっさんだけで、音無さんと椿さんはキャッキャしたりボリボリしたりで異論は無いようだ。


「このニュースが物語っています。襲撃現場に記者の姿はありませんでした。居たのは南無瀬組と襲撃者集団と、そしてブレチェ国の使節団だけです。誰が通信社にタレ込んだんでしょうか」


南無瀬組は真矢さん主導で情報規制を敷き、妙子さんや由良様と今後について打ち合わせする予定だった。方針が決まるまでは迂闊に情報をリリースしないだろう。


「ブレチェ国が自らタレ込んだと言うのかね……ううむ、何のメリットがある? それよりも、襲撃者側が情報を流したと思う方が自然だとも。襲撃者たちは失敗した場合の保険を用意していた。イルマ女王に痛手は与えられずとも、三池君を巻き込んだ失態を世に広めるため、最初から後方に仲間を控えさせていた――どうかね?」


悪くない推測だと思う。ブレチェ国の自作自演よりもずっとように聞こえる。

だがしかし、それはイルマ女王の歪みを考慮しなければ、の話だ。


「記事の写真を見てください。音無さんが前に出て俺を守っている場面です。このアングルから撮るには、ちょうどブレチェ国の使節団が居た場所でなければ難しいです」


「い、いやしかし……」


「根拠、と呼べるかは微妙ですが、確信めいたものはあります。それは――」


イルマ女王の手によってテロリストたちは瞬く間に鎮圧された。素人目でも分かる象と蟻の対決だ。あのとんでも武力であれば、本来何事も無く騒動は収まり、『タクマ危機一髪』には至らなかったと思う。テロリストの一人が俺の方にぶっ飛んで来なければ。


「わざと三池君の方へテロリストを放ったというのかね? イルマ女王が? そんな事が……」


「あるんです。イルマ女王は普通じゃありません。自分や自国が今回の件で非難ごうごうになろうと、己の欲望のためならいとわないタイプです。俺、この手の目利きには自信があります」


ダンゴたち、天道家の変態共、由良様、その他諸々と同系統……って出会った女性の大半が欲望優先で目利きの必要ねーな、これ。


「仮に三池君の推理が当たったとして、肝心のイルマ女王のとは何かね? 僕にはまったく想像出来ないのだが」


「……くっ付けたいのだと思います」


「くっ付ける? 何と何をだね?」


ナニとナニってそりゃあ……なぁ。

今日の自作自演と言い、先日の結婚式と言い、イルマ女王の挙動不審ぶりから見えてくるものは一つ。非常に認めたくないのだが、おそらくは。


「俺と、音無さんです。彼女は、俺たちが仲良くなる事で快楽を得る、特殊性癖のようです」


頭が痛い。

肉食世界は競争相手を出し抜いてナンボ。弱肉強食をヨシとする慈悲? んなモンねーよの世界だ。そんな中、イルマ女王は敵に塩どころか最高級の肉を送ろうとしている。


「………………んんぅ~~、君は何を言っているのかね?」

と、たっぷり時間を掛けた上でおっさんが首を傾げるのも無理はない。


「はぁぁうええぇぇぇ気持ち悪ぅぅけどぉぉ結果的にナイスゥぅぅうふふふ??」

と、音無さんが喜怒哀楽の行き場を見失いながら、よく分らんがこれチャンスじゃね? と俺に色目を使うのも無理はない。


「なるほど、私が幸せになるには凛子ちゃんとイルマ女王を滅ぼせばOK?」

と、椿さんが静かに殺意キメるのも無理はない。後で俺製おにぎりでも投与して適当に殺意と脳をホワホワさせておこう。


「人の業と性癖は千差万別なんです。そういう奇特な人も居るんだな、と思ってください。で、イルマ女王の対策として――」


三人のリアクションを半ばスルーして、建設的な話し合いをしようとした。と――


ドカドカと複数人の足音が広間に近付いてきて。


「ただいま拓馬はん! ほな始めよか!」


バンッと障子が開き真矢さんが登場した。後ろには組員さんたちが続いている。

みんな切迫したご様子だ、つまり俺の胃がヤバいってことだ。


「おかえりなさい真矢さんいったいなにを始めるんです?」


「撮影や! お気持ち表明や! この際、多少の電波テロは許容するで!」


「お、落ち着いてください、話が見えませんって」


「イルマ女王襲撃に拓馬はんが巻き込まれた、それがリークされて世界中のタクマファンがブチ切れ祭りや。ブレチェ国へのヘイトがストップ高で、各国にある大使館がエライこっちゃ!」


「……お、おうふ」


俺は、ついてゆけるだろうか。沸点激低で暴動に走る肉食世界のスピードに……


「それだけやない。当のブレチェ国でもな――

『おいは恥ずかしか! ブレチェ国の民として生きておられんごっ! この国を介錯しもす!』

――って政府機関に民衆が押し寄せとる。このままやと亡国一直線やで」


「わァ…………あ…………」


「泣いてる場合やない! 一刻も早く世界中に伝えるで。自分は大丈夫やさかい、争いを止めて努めて冷静に! ってな。やるんや拓馬はん!」

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