イルマ女王襲撃事件

身支度を整えて楽屋を出ると、南無瀬組に混じってイルマ女王が出待ちしていた。


「お帰りの準備はできましたか? よろしければ駐車場までご一緒に」


よろしければも何も、拒否したところでねっとり付き纏うに決まっている。


「え、ええどうぞ」


同行区間は廊下から地下駐車場までの短い道のりだ。それが分かっているから南無瀬組は表立ってイルマ女王を遠ざけないのだろう。なお、グルルルと唸りながらガンを飛ばす一名音無さんは除くものとする。

イルマ女王の南無瀬領の滞在予定は本日まで。耐え忍ぼう、もう少しでストーキング女王から解放だ。



というわけで俺たちは地下駐車場に来たのである。


「今日は番組をご見学させていただきありがとうございました。タクマさんの益々のご活躍をお祈りいたします。それではタクマさん、リンちゃん……またお会いしましょう」


おやっ、意外だ。一秒でも別れを引き延ばすかと思いきや、イルマ女王はあっさりとサヨナラを告げてきた。


「イルマ女王に見ていただき、とても刺激になる収録でした。ありがとうございました」

イルマ女王の「またお会いしましょう」はスルーして、俺たちは別れの言葉を出す。


「早ク帰レ、塩撒クゾ!」


「んふふふ、それでは失礼します」


音無さんの罵声もなんのその、イルマ女王がゆったりとした足取りで御車へ向かっ――えっ?

急に御車の陰から黒の目出し帽で顔を隠した人物が現れた。

その人は「動くなッ!」と拳銃を向けながらイルマ女王に近付き――次の瞬間、トラックにぶつかったかのように吹き飛ばされ、地下駐車場の天井に当たり墜落した。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




うわぁ、なんだか凄いことになっちゃったぞ。


最初の襲撃者ぎせいしゃを皮切りに次々と現れる黒の目出し帽の集団に。


「……きゃっ、やめて、あなたたち何者ですか(棒)」


「大人しくしろ! ぶぼっ!?」

「やり過ぎたんだよお前は。恨むなら自分を、ぐっぇ!?」

「温室育ちの女王様風情が、あびばぇ!?」


イルマ女王がカンフー映画の如き大立ち回りをしていらっしゃる。


「なんやろな、地位の高い方って身体の造りが違うんか。同じ人間とは思えんで」

「フン! アタシニ言ワセレバ、パワー任セノ素人殺法デス」

「まるで凛子ちゃんがテクニックキャラと誤解させる物言いはNG」


一国の王が襲われているのに南無瀬組は、のほほんとしている。象とアリの戦いを前にして、象に助力する人はいないのだ。


「きゃあこわい(棒)」ドゴッ!


ううむ、それにしてもイルマ女王が強い。デタラメにお強い。

あれは努力や経験で培われたもんじゃない。おそらく由良様と同様に『ライオンは生まれた時からライオン』ってやつだ――推定テロリストさんらがイルマ女王のパンチにキックに気功波的なナニかで四方八方に景気良く射出されていくのを見ながら、俺はそう確信した。



「っ!? 下がってください!」

「タクマ氏、身を屈めて」


ほえ~っと殲滅戦を眺めていると、いつの間にか音無さんと椿さんが警護態勢を固めていた。

えっ? なに、どうしたんで――うおっ!?


イルマ女王によって射出された襲撃者一名が、こちらへ猛スピードで飛んでくる――のを。


「なにやってんのよ! ノーコンイルマ!」


カーンと殴り返す音無さん。人間ボールは地面に落ちることなく、速度を増して別方向へ飛んでいく。さっきから重力を感じさせない動きが続いて頭がバグりそうだ。


「へぐぇっ……」

推定テロリストさんは強烈な二撃の末に、駐車場の隅の壁にめり込んで止まった。呼吸は止まっていませんように。


「襲われるのはそっちの勝手だけど、タクマさんを巻き込むんじゃぁない!」


「ごめんなさいリンちゃん……えいっ。でも、タクマさんを毅然と守るリンちゃんって……やっ。最高の男性身辺護衛官ですね、とても素敵です、お似合いです……めっ」


謝罪と称賛の合間に三人の襲撃者を手に掛けるイルマ女王。

しっかり反省しているようで、三人はこちらへ被害が出ないよう地面にクレーター作って沈められるか、天井に首から上を埋め込まれるか、(目に見える分野の)攻撃は受けていないにも関わらず突然発狂して泡を噴き倒れされた。

全てはイルマ女王の身近で完結している、周囲へこれ以上迷惑をかけたくないというイルマ女王の優しさが垣間見える処置だ――と言っていいのかこれは。



黒目出し帽の集団による襲撃は、わずか一分間で鎮圧された。

巻き込まれた南無瀬組にケガ人は居ない。

よくある惨劇風景、それも屍はタクマファンではないので俺のメンタルも安定している。

唯一血に染まったのはイルマ女王くらいで、それも返り血だから被害ゼロだ。


「襲撃した方々の言動からして狙われたのは拙です。我が国の内紛を南無瀬領に持ち込んでしまい誠に申し訳ございません」


「陛下がご無事で何よりです。事実確認は後にしましょう。襲撃がコレで終わりか分かりませんし、まずは安全な場所に移動を。護衛として南無瀬組から人を出します」


エセ関西弁を封印した真矢さんがテキパキと事後の対応を行う。

そうか、感覚が麻痺していたけど、これっていつもの襲撃とは違う。一国の女王をターゲットにした国際的な重大犯罪だよな。そりゃあ一大事だ、きっと由良様や妙子さんが出張る案件だぞ。


「うちはここに残るさかい、拓馬はんは先に南無瀬邸に戻ってや。襲撃者の目的が不明な今、拓馬はんが無関係とは限らへん。音無はん、椿はん、気張って護衛たのむで」


「任されました!」

「了解」


「すみません、真矢さん。なんだか大変な事になってしまって」


「拓馬はんが謝ることやない。今回の件が尾を引かんよう妙子姉さんとうちがしっかり処理するさかい気にせんといて」


「ありがとうございます……すんなり解決すると良いですね」


「ほんまそう願うわ」


すでに気苦労の色が見える真矢さんに後を託し、それから。


「イルマ女王もお気を付けて。どうかお心を強く持って、ご自愛ください」


要らぬ気遣いと思うが、一応イルマ女王を心配してみる。


「なんて温かいお言葉でしょうか。命の危機を前に、悪寒に苛まれていた拙の心は一変、救われました」


「悪寒? 血に塗れてもケロリとしていたクセに、いけしゃあしゃあと! 悲劇のヒロインアピールのつもり? はん、あたしの聡明な観察眼は誤魔化されないから!」


おう、ええぞええぞ音無さん! もっと言ったれ!


「女王たる者、如何なる過酷な状況でも体面を保つものです。拙にもリンちゃんみたいな心も身体も委ねられる存在が居てくれれば、気丈に振る舞う事もないのに。優秀な男性身辺護衛官であり妻であるリンちゃんと人生を共にできるタクマさんが、心底羨ましく思えてしまいます」


「…………そっか、どうやらあたしの目が曇っていた。あんたは確かに襲われビビっていた。これからも血と悲劇に塗れながらなんやかんや頑張ってね。あたしはタクマさんと幸せになるから」


はぁ~~~~~(クソデカため息)。


「良ければリンちゃんとタクマさんの幸せなビデオレターを送ってください。それだけで拙は満足です」


「しょうがないな~。幸せマウントって趣味じゃないけど、そこまで熱望されたらダブルピースで応えてあげようかな」


「アホ顔ダブルピースは独りでやって、どうぞ」


「それではイルマ女王、俺たちはもう行きますね。音無さんは出来ない約束をする人ですから今の話は適当に流してください」


「あっ、タクマさんに静流ちゃん! ちょっと待って~!」


これ以上、音無さんとイルマ女王のペースに付き合っていられない。俺はさっさと地下駐車場を後にした。





「そういえば、音無さんの口調が元に戻っていますね。先ほどまで片言だったのに」


南無瀬邸への車中、心地よい後部座席のシートにもたれ掛かって、ふと思う。


「襲撃者の一人が三池氏の方へ撃ち出されたタイミングで、覚醒したと記憶している」


「あ~静流ちゃんの言う通りかも。あの時、急に頭がクリアになったんですよ。片言クールキャラを気取っている場合じゃないなって、あたしのピンク色の脳細胞にスイッチが入ったんですね、きっと!」


「あれクールのつもりだったんですか……いや、まあ危ないところを助けていただきありがとうございます。人間がぶっ飛んでくるなんて、肝が冷えますよね」


「えへへへ、どうもどうも……っと、思い出しました。あたしって襲撃者が飛んでくる一瞬前に覚醒したんですよ。射出体勢に入った邪気マシマシのイルマに反応して」


ん、どういうこと?


「凛子ちゃんも察知したか。確証が無いため追及不可だが、思うにイルマ女王は三池氏の方へ襲撃者を射出した。もっとも本気で危害を加える気は無かった模様。あのまま放っておいてもボールは三池氏に当たらず、すぐ横を通過するコースだった」


「いいっ!? 自分が狙われている最中になんでそんな事を?」


「南無瀬組への何らかの警告か、私たちが知りえない事情があるのか、理由は推測の域を出ない。ともかく相手は女王、大っぴらに敵対は難しい。距離を取りつつ警戒するべき」


「これ以上、三池さんに接触するようでしたら、身も心も委ねられる優秀なダンゴ・音無凛子の拳が火を噴きます! とっちめてやりますよ!」


「女王をとっちめるのはマズイですって、相手に非があっても国際問題ですよ。ただでさえさっきの襲撃事件で、不知火群島国とブレチェ国の関係はギクシャクしそうなのに」


真矢さんは「今回の件が尾を引かないよう」と言っていた。それって両国の不和を極力抑えるってことだよな……あれ? ってことは。


「もしかして、イルマ女王の襲撃事件に俺が巻き込まれたのが知られたら……ヤバくないですか?」


「ヤバヤバです。忌々しいブレチェ国のイザコザで三池さんが傷つく恐れがありました。不知火群島国の全国民がブチ切れます。下手すれば戦乱の幕開けです」


「ヒエッ」


「そうならないよう妙子氏と真矢氏が取り計らう。問題ない」


「あっ、で、ですよね。ははは、真矢さんたちがきっとイイ感じに済ませてくれますよね。うんうん、戦争なんてホイホイ起こるもんじゃありませんし」


あの程度の流血沙汰で戦争とか大袈裟だ。イルマ女王の武勇伝的なエピソードで三面記事を賑わすくらいで収まるに違いない収まれ。



そんな俺の希望的観測は――



「み、三池くんっ! とてつもなくヤバい事になったぞ!」

南無瀬邸に帰還するや、青い顔で玄関まで迎えに来たおっさんによって木っ端微塵になった。


「こ、この記事を見てくれたまえ!」

おっさんが差し出すスマホの画面には。


『タクマ危機一髪!? イルマ女王襲撃でとばっちり』


というニュースタイトルが力強いフォントで書かれ。

さらに人間ボール豪打の直後なのか……ヒエッとしている俺と、前に立って守る音無さんの写真が掲載されていた。

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