【適度な脅威】

「今日もお疲れさまぁぁん~。幸せがドップドップ溢れちゃぁ~う光景だったわねぇん。子どもたちも最狂に楽しんでいたわよぉぉん」


『みんなのナッセー』のフロアディレクターである心野乙姫オツヒメさんが労いの言葉をかけてくれる。隆々の筋肉と青髭が生えた濃い顔面から性別判断の難しい人だが、名前通りに心は(なんと日本基準で)乙女の人格者だ。


「あ、ありがとうございます。これもスタッフの皆さんのおかげですよ」


「謙遜しないでぇん。タクマくんあっての『みんなのナッセー』じゃない」


「いえいえ……お、俺なんてまだまだですよ」


「そんなことないわぁん。この前、姉の甲姫と電話したんだけどぉ、タクマくぅんの働きぶりを絶賛していたわよん。なんだかぁ真に迫るような声でぇ」


「うっ……きょ、恐縮です。じゃあ俺、上がりますね、お疲れ様です!」

乙姫さんとの会話を打ち切って、そそくさと楽屋へと向かう。


最近、乙姫さんと話すのが億劫だ。姉の心野甲姫さんを南無瀬組が洗脳した、その罪悪感のせいだろう。人口維持組織キューピッドに所属する甲姫さんは『タクマくんとのラブラブ家族プラン』の本格運用に向けて現在邁進中だ。


真矢さん曰く「睡眠を取るよう調整したさかい、身体の方は燃え尽きる事はないで」との事なので最悪の事態にはならない、と信じたい。


そうそう、タクマくんとのラブラブ家族プランと言えば……


「収録お疲れ様でした。生で見ると迫力が違いますね、タクマさんと子どもたちの攻防は手に冷や汗握りました。ふふふ、大人げなく加勢するところでしたよ」


イルマ女王が音も無く這い寄る。


彼女の中で、俺は夫と認識されているのだろうか。あの結婚式はデモンストレーションと口を酸っぱくして言っていたから大丈夫――


「タクマさんと子どもが並ぶと胸が高鳴ります。先日、結婚式を挙げましたし、早くタクマさんとリンちゃんと私で幸せな家庭を築きたいですね。たくさんの子どもを作って、温かい家庭を」


知ってた、まったく大丈夫じゃなかった。


「あ、あははは、っすね、あははは」

イエス、ノーどちらを答えても状況が悪くなりそうなんで、とりあえず笑う。笑う門には福が来てくれよ頼むよ。


「ヤイヤイ妄言女王!」

「それ以上の接近はNG」


福は来ないがダンゴは来た。


「結婚シタノハ、タクマサントアタシノ熱々デラブラブナ二人! 勝手ニ混入スルナ、捏造ヤメロ!」

「先日のデモンストレーションを都合良く記憶改ざんするのはNG。そうしないと凛子ちゃんみたいに現実と妄想の区別が付かなくなる」


「ふふふ、そうでした、まだ……お試しでしたね。それにしてもリンちゃんの頭の中では、私は省かれてタクマさんと二人で結婚を……この疎外感は格別です……んひぃ」


ヒエッ。


イルマ女王の目隠れヘアーの隙間から鈍い光が垣間見えた。バターが滴るようなトロトロスマイルも合わさって110したくなる。


「ナニコイツ、見ルカラニ危ナイヤツ」


「先ほどから凛子ちゃんの前に鏡を置きたいが、ともかく本日の仕事は終了。帰還推奨」


「ですね。それではイルマ女王、俺たちはこのへんで」


「あっ、タクマさんにリンちゃん……もう少しお話を」


「聞ク耳モタナイ、アバヨ!」


「すみません、失礼します」


食い下がるイルマ女王を背に、俺たちは楽屋へと足を進めた。




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★




ターゲット:イルマ・ブレイクチェリー

作戦領域:不知火群島国 南瀬瀬市

成功条件:

①イルマ女王を襲撃すること、生死は問わない。

②襲撃現場に黒一点アイドルのタクマが居ること(タクマへの攻撃は厳禁)



嫌な予感がする。指令書を読み返す度に悪寒に苛まれてしまう。


ミッション内容に引っかかりを覚えるためか……イルマ女王を狙うのは分かる。即位するや急速に不知火群島国との融和政策を推し進めている、これまでの軋轢や怨嗟を全て無きものにして。その強引さに不満を持つ者は多い。成功条件に『生死を問わない』とある事から、この襲撃は融和の方針にストップを掛ける警告の意味合いが大きいのだろう。


襲撃当日。

取り壊し予定のビルにて、机や棚が撤去されてガランとしたオフィスに部下と身を潜めている。


「今回のヤマ、襲撃現場にタクマが居ること――って変な条件ですよね?」

部下が疑問を投げてきた。


「タクマは不知火群島国の宝だ。ブレチェ国のイザコザに巻き込まれたとなれば、せっかく進めていた融和政策はぶち壊しになる。不知火群島国の堪忍袋もぶち壊れること確定だ」


「あぁぁ、ですね。なるほど、それが狙いですか」


「あとは――」


「まだ何か?」


「嫌がらせだよ、依頼人はイルマ女王のメンツを潰したいんだろさ」



我々はブレイクチェリー女王国に雇われた壊し屋だ。

人だろうと車だろうと建物だろうと、依頼があれば壊す。今回の場合は、国と国との関係性という些か大きいものを壊すが、この規模の依頼は初めてじゃない。計画を綿密に、準備を万全に、その上で事に及ぶ。


「イルマ女王のメンツを潰したいってことは、依頼人は……前女王ですか? ベッドの上で寝たきりになったって聞きましたが」


「前女王がいつも使っているルートからの依頼だからな。直接お会い出来てはいないが、彼女だろう。病床から娘の失墜を願うとは……子に向ける親の思いの強さよ」


「へへ、マイナス方向に振り切っていますけどね……っと、ターゲットが来たようです」


オフィスの窓越しに眼下へ目を向けると、特殊装甲を施された防弾仕様の厳つい車がビル前の道路を走っていく。車内は見えないが、事前の調査でイルマ女王を乗せているのは確認済みだ。


車は我々が待機するオフィスビルの100メートル先にある南無瀬テレビ――の地下駐車場の方へ下っていく。


「計画通りだな。やはりイルマ女王はタクマにご執心か、分かりやすくて助かる」


自販機で買っていたコーヒーを飲む。苦いな、不知火群島国のコーヒーは独特の渋みがある。だが、悪くない。人生とは甘くなく、苦渋に満ちたものだ。こんな仕事をしていると特にそう思う。


「しかし、面倒くさい依頼ですよね。本気で襲わなくてオーケー、けど相手は女王ときたもんだ。半端にやって足が付いたら、あたいらは重罪人ですよ。その辺りの頭の軽い奴らに金を握らせて適当にやらせても」


「却下だ、何度も言わせるな。この依頼で重要なのは『適度な脅威』……お、ちょうどいい。あれを見ろ」


「なんですか、外になにか……ってなんだありゃ?」


喧騒が聞こえてくる、急速に大きく、迅速に激しく、閉じられたビルの中にまで。

悲喜こもごもの人の叫び、銃声、車のクラッシュ音、日常ではめったに耳に入らないけたたましさだ。


「世界で唯一の男性アイドル、タクマの出勤風景だ。噂には聞いていたが、実際に目撃すると肝が冷える」


「ひ、ひいぃぃ」


多くの修羅場を踏んでいる我々でさえ戦慄を禁じ得ない。

道路を走るのは防女仕様を施された黒塗りの車が数台、南無瀬組の専用車だ。それらにゾンビのごとく四方八方から群がる女性たち。

勘違いしてはいけない、南無瀬組の車は一般的いっぱんてきな速度で走っているのだ。そこに近づく……いや飛びつくのは逸般的いっぱんてきな思考だ、正気じゃない。


「きゃあああ! タクマくんのご出勤よぉぉ!」

「今日こそは張り付いてみせるわぁ、接着剤を全身塗りたくってきたから!」

「むしろねて! その大きなものでわたしを滅茶苦茶にして!」


パニック映画がピクニック風景に思える混沌だ。


カオスは加速する。


中央の車、タクマが乗っているだろうソレを守るように四方を固める車の窓が開き、なんと銃撃を始めたのだ。しかも正確に一発一発狙うのではなく、雑にマシンガンの弾をバラまいている。

我々が言うのも何だが、街中なのにバカスカ撃ちまくっていいのだろうか。法律はどうなっているんだ、法律は。


「ぎゃぁがぁぁ!?」

「ぐえええぇ!?」


B級シューティングゲームのように景気良く撃退される街の人々。未成年や老人も混じっていて、タクマを狙う者は等しく極刑なのだと分からせられる。


「いったぁぁぁ!? こ、この豆鉄砲がぁぁ!」

「目がぁぁ目がぁぁぁ! やだっ、ちょっと赤くなってるぅ!」

「でもでも広義的な意味でタクマにキズモノにされたってことよね、っしゃ!」


いやいやおかしいだろ! 実弾ではないにしても苦痛で悶絶モノだろ! なんでピンピンしてキャッキャしているんだよ――と、いかん。作戦前であるのに精神を乱してしまった。


「タクマをキメると心身が強靭になると聞いたが、あながち間違ってないようだな」


強靭きょうじんと言うか狂人きょうじんですよ! なんすかあれ!? なんで小学生がビルの壁を蹴って三角跳びの要領でタクマの車に飛び乗ろうとするんですか!?」


「お前は長らく遠方のミッションに当たっていたな。最近の不知火群島国やブレチェ国はこんなもんだ、タクマに当てられておかしくなっちまった。今のうちに慣れておけよ、そのうち世界中がこうなる」


「おしまいだぁ……もう世界はおしまいだぁ」


頭を抱える部下が落ち着くのには、小一時間を要した。




「今回のミッションの参加条件である『既婚者であること』かつ『作戦前に鎮静剤を服用すること』の意図がようやく呑み込めましたよ。旦那が居なかったらあたしもなっていたのか……こわっ」


「タクマを前にすれば未婚者は頭をやられる。そんなアマチュア襲撃者に襲われ慣れしているのがタクマだ。彼の前で半端な襲撃をしてみろ、どう思われる?」


「なんだ、またファンが襲ってきたのか――と誤解されてしまいますね」


「うむ、あくまでターゲットはイルマ女王。ブレチェ国の争いに巻き込まれたのだとタクマ側に思わせなければならない。それ故の『適度な脅威』だ、我々プロでなければこたえられない」


そうだ、我々はプロ。これは我々の存在に値するミッションなのだ――己に言い聞かせる。


ターゲットの南無瀬テレビへの入場を確認、次の行動に移る。


本日、南無瀬テレビには新しい撮影機材が納品される。その業者を仲間が襲い、車を奪取した。

業者の制服を着込み、納品車に乗り込み、数人で南無瀬テレビに侵入する。


予定通り、計画は狂い無く進んでいる、問題ない――のに。


嫌な予感が拭えない。


地下駐車場で息を潜めて待機――部下の言うように奇妙な依頼ではあるが。

やがてブレチェ国の一団と南無瀬組が駐車場に現れた、イルマ女王とタクマの姿を確認――なにか見落としているのだろうか。

ハンドサインで仲間の待機位置と襲撃タイミングを調整――そもそもこの依頼は本当に前女王が出したのだろうか、権限が無いとは言え独自に調査するべきだったか。


イルマ女王との距離が詰まる。護衛の能力が低いのか、イルマ女王がやや先行している、好機だ。


仲間に合図を送り、真っ先に飛び出す。

ターゲットは油断している、もらった!


「んひぃ」


あっ……

イルマ女王がわらった、粘土に弧を描いたような口で。

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