イルマ女王の落胆

イルマ女王が南無瀬領にやって来た。

目的は友好関係を結ぶため――具体的に言えば、漁業が盛んな南無瀬産の魚介類の関税率引き下げについて話し合うためらしい。魚を安く仕入れる事が出来てブレチェ国はニッコリ、扱いの良い太めの顧客が出来て南無瀬領もニッコリ。マサオ様ジェネリックタクマの売買でニッコリしている北大路領に比べれば、健全なダブルピース関係と言えよう。



「新鮮獲れたて! 活きの良いヤツを取り揃えたよ。口に合うと良いんだがねぇ」


「まるで生きているようです。活気に溢れる南無瀬領を体現するかのような瑞々しい魚ですね」


関税率引き下げの話し合いと、両国マスコミを集めての会見が行われた――その日の夜、南無瀬邸にて懇親会が開かれた。

トップ同士の食事は地元の高級レストランや料亭で――というのは日本的な考えのようで、不知火群島国では各領主の邸宅がおもてなしの場になるらしい。

ここは武闘派集団・南無瀬組の巣窟だから、おいたをしたダンゴの悲鳴が上がる事はあってもお客様はすこぶる安全だ。


イルマ女王率いるブレチェ国の要人を、妙子さんが地元食材をふんだんに盛り込んだ豪勢な魚料理で迎える。


「瑞々しいとは嬉しい評価だねぇ。南無瀬領うちはこの魚のようにいつだってイキイキしているさ」


言葉とは裏腹に、妙子さんは逝き逝きしている。厚手のメイクでも隠せない目の下の隈や、やつれた頬が痛々しい。

イルマ女王の訪問を前にして、由良様からおもてなしのアドバイス(圧)を頂いたからだろうか。あの大きかった背中が丸く縮こまっているのを見ると、物悲しさを感じざるを得ない。今度、妙子さんとおっさん宛に俺お手製スイーツを贈って、元気になってもらおう。


「タクマさんを始めとするアイドル事業部の精力的な活動も、この食事あっての事なのですね」


おっと、俺にも話を振ってきたか。南無瀬邸に住む者の義務として、懇親会には顔だけ出して置物化していたかったけど、んな虫のいい話はないか……仕方ない、適当に話を合わせよう。


「はい、この魚のおかげで「ソウデス! タクマサント共ニ居ル幸セヲ美味イ飯ト一緒ニ噛ミシメル。コレ以上ノ快楽ハ存在シマセン! サッサト喰え! ツベコベ言ワズニ堪能シロ!」「ちょっ!?」


和やかムードをズバッと断ち切るのは音無さんの罵声。血の繋がった姉だろうと、ここでは女王と一介のダンゴの二人。とんでもない不敬だ。


「音無ぃぃお前ぇぇ……胃、痛たたぁぁ」

「すんまへん、このダンゴは言語機能がアレやさかい調整中で……」

「肉親だからこそ思わず口走る。とても分かる。それはそれとしてこれは修正案件」


「まずいですよ音無さん、早く謝らないと」


「獲物ヲ前ニシテ品定メハ獲物ニ失礼。テーブルマナーヲ教エタダケデス」


「マナーと最も遠い距離に居る音無さんが言っても残るのは反感だけですって! ほら、イルマ女王に頭を下げ……イルマ女王?」


やべぇよやべぇよ国際問題だよ、と焦る俺だったが、当のイルマ女王を見ると。


「タクマさんを守るように前に立つリンちゃん。イイぃ、なかなかの高ポイント」


なぜか微笑んでいらっしゃる。


「ハァ? クネクネ身動キシテ気持チ悪イデスネ、コノ女王」


「だから口を慎んでくださいよ! 立場ってもんがあるんですよ、世の中には」


「んひぃ……気心の知れた感ビンビンの会話イイぃぃ。もっと拙に見せて、リンちゃんとタクマさんのカ・ン・ケ・イ」


なぜか心をピョンピョンさせるイルマ女王は、それはそれはおぞましいものだった。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





一部トラブルがあったものの、懇親会は予定通りに終了。

ブレチェ国の面々は南無瀬市の三ツ星ホテルへ帰って行った。

実にあっさり、素晴らしい。これまで出会った女傑の方々は腹にイチモツを挿れたがっていたが、イルマ女王は「んひぃ」と時折アヘるだけで無害だ。

よし、この流れでイルマ女王は帰国の途に就いて、なべて世は事も無しでよろしいか? と言えばよろしくはない。


イルマ女王の攻勢は、翌日からだった――





本日は『みんなのナッセー』の収録日。

アイドル・タクマの原点にして、子ども(を強制的に大人に変える)番組として今や人気を不動のものとする南無瀬領のローカル番組だ(なおインターネット放送にて全世界配信中)。

こいつの収録がなければ、俺はイルマ女王を避けるべく南無瀬領を離れていたかもしれない……って今更どうしようもないか。


どうしようもないと言えば――


「おはようございまーす! うっ」


現場入りして真っ先に目に入ったのは、スタジオの端で行儀良く佇むブレチェ国の方々。もちろんイルマ女王もいらっしゃる。今日は式典が無いためか昨日よりアクセサリーを少なめにして地味目な装いだ。

一国の女王が他国の子ども番組を視察ってどういうことだよ……

『今後、積極的にタクマコンテンツをブレチェ国に輸入するにあたって、直にタクマの活動を見て、その貢献度と影響力を確認したい』と、もっともらしいお題目を聞かされているが、公私混同だろ絶対。


んひぃ。


ほら、俺と音無さんを捕捉したイルマ女王の笑みときたらどうだ。古民家の天井の隅っこに滞留する空気のように淀んでいる、もう本当にどうしようもない。

視察を受け入れて正解だったのだろうか……今のところ直接的な変態行為に及んでいないため拒否は難しかった。それにセメント対応をやり過ぎて、イルマ女王が暴発したら最悪だ。

相手はアポ無し護衛無しで国賓訪問するくらいの大胆さとワンマンアーミーさを併せ持つ。そんな人を刺激するよりある程度要望を叶えて穏便に……というのが話し合いの結果決まったイルマ女王対策となっている。


「おはようございます、お邪魔しております」


うおっ!? 俺が来たと見るやスッと近寄ってくるイルマ女王。歩く際に身体の軸がブレないわ踏み出すタメがないわ足音皆無だわで、ちょっとした動作に達人感があってヒエッですわ。


「ストップ! 近寄ルナ」

「誰であろうと不用意な接近はNG」


達人には達人を。イルマ女王の進行は音無さんと椿さんに阻まれる。


「……ぃ……さすがリンちゃん。対応力抜群、隙の無い見事な警護」

「フン、ドコゾノ強姦女王ダロウト、タクマサンニハ指一本触レサセナイ」

「うふふふ、本当に手も足も出せません。これならタクマさんも安心ですね」

「褒メラレテモ嬉シクナイ。シカシ、タクマサンヘノアピールニナル、モット褒メロ」

「きゃあぁぁ一流男性身辺護衛官リンちゃん。タクマさんの唯一無二のパートナー」

「グフフフフ」



「なんすか、あれ?」


「関わってはいけない人たち。気にすればメンタルが疲弊する。距離を取って、番組の準備をすることを推奨」


「ですね」


椿さんに促され、俺はスタッフさんらと打ち合わせすべく歩を進めるのであった。





段取を確認し、楽屋で着替え――次に行うのは、本日一緒に遊ぶ子どもたちとの顔合わせだ。



「いぃぃやったぁぁ!? ぎょたくくん! ぎょたくくんだよぉぉ!!」


「だっこして、だっこ! くんずほぐれつ!」


「しんせん! しんせん! おとこのさち!」


さて、今日もやってきました元気な女児の皆さん。目がランラン……もといギラギラと輝いている。


「ぎょぎょ。ぼく、ぎょたく君。こんにちはみんな~」


だが、それがどうした。慌てず騒がず落ち着いて、俺はぎょたく君に扮する。

裏では淫魚と揶揄される悲しきマスコットだが、表面上は笑顔でゾンビの如き押し寄せる子どもたちを捌く。魚側が捌くってこれもう分かんねぇな。

肉食とはいえ、所詮は年端もいかない子ども。素直に股間やお尻を触りに来るのは未熟、動きが直線的で読みやすい。

彼女たちを持ち上げたり、いなしたりして大事な所への接触を防ぐ。最初の頃は音無さんや椿さんに援護してもらっていたが、今では一人で対処可能だ。襲われ慣れて研ぎ澄まされる感覚もある、人間の可能性を感じずにはいられない。



子どもたちとの組手も終わり、そろそろ本番撮影――というタイミングで。


「少女らの襲撃はもう終わりなのですか? もしや本番ではさらに過激な絡みがあるのでしょうか?」


イルマ女王がまたヌッとやって来た。学習能力はお持ちのようで、ダンゴ防衛ラインの手前で停止なされる。


「はぁ……本番の方が絡みは薄いですよ。俺と子どもたちの立ち位置は決まっていますし、この番組は追放系なので我慢できずに持ち場を離れた子から消えていきますし」


「でしたらリンちゃんがタクマさんを劇的に守るシーンは? お二人の逢瀬は?」


「守られることはたまにありますが、逢瀬は無いです」


「……へぇ、そうですか……そう……」

明らかな落胆、イルマ女王はじっと下を見ながら「やはり、他人を当てには出来ませんね」と呟いた。

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