三人の結婚式

「お初にお目に掛かります。拙の名前はイルマ・ブレイクチェリー。しがない女です」


初対面となるイルマ王女の第一印象は『暗そう』だった。


身につけるスーツの色は南無瀬組のモノより更に黒い。光を通さない漆黒で、陰気な雰囲気に一役買っている。

スッキリと通った鼻筋は美形を匂わせるが、目元を隠すほど伸びたバサバサの前髪と、シミもツヤも無い頬がアンバランスで不気味だ。


でも、高貴な身分にありがちな高圧的で高飛車な要素はお持ちでない模様。その辺りをポジティブに取り上げて挨拶するかな。


「タクマと申します。私のような庶民にも丁寧に接していただき誠にありがとうございます。イルマ王女の温かいお心遣いに救われる思いです」


ちょっとお世辞が強いかもしれないが、イルマ王女の性格や性癖が不明なんで無難に下々の者を演じよう。


「こちらこそお気遣いありがとうございます。よろしければ王女という肩書は忘れて、親しみのある口調と態度で触れ合いませんか?」


「親しみのある……ですか」


「はい。これから拙とタクマさんは家族になります。です」


……ヒ、ヒュー。なかなかのプレッシャーですな、イルマ王女。

そこらの肉食女性みたいにお手軽に理性爆発しない。表面的にはコミュニケーション可能だと思わせる。しかし裏では静かに拗らせ、何らかのトリガーを引いた瞬間に溜めたエネルギーを一気に解放して周囲を壊滅させるタイプと見た。

セイソな前例がある以上、地雷原を歩く思いで細心の注意を払おう。


「親しみのある口調と態度ですか……わ、わかりました……いえ、分かったよ。よろしく、イルマ」


「……んひぃ」


ヒッ!? イルマ王女がわらった。会心の笑みではなく、見る者を不安にさせる仄暗ほのぐらい笑みだ。

前髪の隙間から垣間見える瞳に、妖しい光が灯っていらっしゃる。


「あのタクマさんから呼び捨てにされた。酸味のある親しみが五臓六腑に染み渡ります」


酷いラリっぷりだ。よろしくない脳内麻薬が中枢まで染みわたってますわ。

まさかイルマ王女にとって『家族』が地雷なのか。

イルマ王女は両親から遠ざけられて孤独な少女時代を過ごしたと聞く。さらに最も近しい家族であった母親に婚約者候補を盗られている。

そんな境遇が王女を『家族』に執着させているのか!?

おいおい卑怯だぞ、ここは結婚式会場、地雷原どころか四方八方火薬庫じゃねぇか!


「だ、大丈夫ですか!? イルマ、さん」


「違うイルマ。訂正してください」


「だ、大丈夫? イルマ」


「……んイィ。これまでに無い栄養が身体を駆け巡ります」


やっぱり反則じゃないか。

呼び捨て一つでこのリアクションだ。どんだけ家族に飢えてんねん、やってられんわ。




「さっきから黙って聞いていれば――イルマ王女! お戯れが過ぎるんじゃありませんか!」


一国の王女を諫める声。発したのは音無さんだった。

俺とイルマ王女の間に颯爽と割って入る。


「これから行う結婚式は、あくまで『デモンストレーション』なので勘違いしちゃダメです! タクマさんとあなたはどこまで行っても他人ですので!」


「…………」


「ちゃんと聞いていますか!? 本当の結婚式は、イルマ王女がタクマさん以外の男性とお子さんを作ってから、VRでプレイしてくださいね!」


うおお、権力の壁をぶち壊すようにハリのある叱責だ。威風堂々な音無さんは心強いけど、他国の王女相手にアリなのか?

「あちゃぁぁ」と頭に手を当てたり、顔を覆う南無瀬組の様子を見るに肉食世界でもアウトな行為のようだけど。


「…………」


イルマ王女は不敬だと怒るでもなく、音無さんをしばらく見つめた後で。

「……うん、ごめんなさい。凛子さんの指摘はいつも心地良くて……ふふ、ありがとうございます」と小さく微笑んだ。

先ほどの「んひぃ」なR18スマイルとは雲泥で、教育番組のエンディングを飾れそうな健全なスマイルじゃないか。こ、これはいったい?


暖簾に腕押しと言うべきか、歯ごたえの無い態度のイルマ王女にやりにくそうな音無さん。それでも注意しに割って入った手前、念押しをする。


「謝罪もお礼も結構ですからつつしんでくださいね。何度も言いますけど、この結婚式は『デモンストレーション』なのをお忘れなく!」


「そうです、この結婚式は『デモンストレーション』。となれば、実際の家族でない方をお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「「はぁ?」」


イルマ王女からの突然の提案、俺と音無さんは疑問の声をハモらせた。


「事前に申しました通り、拙は母を結婚式に招待するつもりはありません。父も同様です。このままでは結婚するのは拙とタクマさんだけになり、家族結婚式の趣旨から外れてしまいます」


「だから赤の他人を結婚式に呼ぼうと?」


「はい、是非ご招待したいのです」


「えっえっ? せっかくの独壇場に他人を土足で上がらせる? 王女ジョーク? うえっ、あたま正常ですか? げげげっ、真面目に怖っ……」


音無さんがドン引きしている。

『獲物を分け与えるとかあほくさ、自分だけ美味しく頂ければええやん独占したろ!』が肉食女性の正しい思考回路で、その代表格である音無さんにはイルマ王女の精神性は宇宙人のソレなのだろう。博愛から最も遠い世界だもんな、ここ。


そんな音無さんに、イルマ王女は言った。


「怖がらずに奮ってご参加いただけませんか、凛子さん。拙はあなたと式を挙げて家族になりたいのです」



…………??

……………………???

………………………………????


ちょっと何言っているか……いや、だいぶ何言っているか分かんない。

音無さんを招待? 俺とイルマ王女と音無さんで式を? という事は俺は音無さんとも結婚するの? はえぇぇヤバない?


「イルマ、あんたって人は――」


「『デモンストレーション』なのは悲しいけれど、やっと家族になれますね。リンちゃん」


薄々と言うか濃厚に感じていたけど、音無さんとイルマ王女って知り合いですよね。

一国の王女と一介のダンゴがどうやって繋がったのか、骨太で厄ネタな過去がありそうで立ち入りたくないっす。プライバシーを侵害じゃなくて、プライバシー側から攻めて来ているっす。


「あ、あたしとあんたはもう他人なんだから、今更家族とか言われても」


「リンちゃんが拙の子どもになります? それともリンちゃんが拙のお母さんになります? 家庭内ポジションはリンちゃんの希望に合わせます、拙はリンちゃんの家族になれれば満足だから」


「いやいや、あんたの子どもにも母親にもなる気は無いって」


おっ、即断即決の音無さんらしからぬ迷いのある反応。ええやん、乗っかってこの状況をウヤムヤにしたろ!


「二人はただならぬ関係みたいですね。こちらの事は気にせず、積もる話をするってのはどうでしょ? 俺、邪魔にならないよう席を外して――」


「拙と結婚しなければ、タクマさんとは他人のままですよ」


「考えてみれば考えるまでもない! タクマさんとの結婚に比べれば、あたしたちの悲しい過去とかどうでもいい! 綺麗さっぱり水に流しちゃおう!」


あっ、これはもうダメかもわからんね。


「……切り替えがマッハ過ぎますよ。音無さんにとってイルマ王女とのアレコレって軽く片付けていいんですか? もうちょっと引っ張って周囲をヤキモキさせるべきじゃ……」


「そんな事より結婚です! あたし、音無凛子はタクマさんと結婚します! 誰ですか!? この式を『デモンストレーション』って言ったの? 周りが何と言おうと、あたしの中じゃ式はモノホンです! 終わったら役所で手続きしましょうね、タクマさん!」


「さすがです、リンちゃん。向こう見ずで浅はかな姿、拙はこれを求めていたんです」


くそっ、音無さんもイルマ王女もノリノリで、こっちの話を聞きゃしない。こんな時は――


「椿さん!」相方を召喚だ。


「うむ、抜け駆けはNG。凛子ちゃんの幸せは私の不幸せ」


いつもより硬い無表情で、椿さんが登場した。お互いの足を引っ張る事にかけては定評のあるダンゴたち、頼もしい事この上ない。


「あっ静流ちゃん、早速祝福しに来てくれたの? えへへ、ありがとう。静流ちゃんの分までタクマさんとの新性活をエンジョイするね」


「むむむきゅ、下手な皮肉やあざけりよりも惚気のろけが一番頭にくる――念のために確認するが」


「ん~~なぁに~~?」


「あたち、ちずる。あたちもタクマ氏とけっこんしたいなぁ~りんこちゃんのご家庭にすべりこみたいなぁ~いいよね~(迫真ロリボイス)」


「うん、無理。あたしの家庭、三人用だから」


「オーケー、ぶっ壊す」


かくしてダンゴたちの壮絶なキャットファイトは始まった。

最後の理性か、式場セットを壊さないよう舞台の外かつ空中でぶつかり合う二人。凄いなぁ、落ちながら戦っている。衝撃波がここまで届いてガタガタとセットが揺れる、俺の膝もカタカタと揺れる。


そ、それはともかく――


「音無はんを式に入れるんは、まあルール違反やない。でもな王女はん、ほんまにええんか? 音無はんとあからさまに接触するんは問題やん。ブレイクチェリーの女王はんが黙ってないやろ」


「ええのです。責任は拙が持ちます。全ては結婚のために……んひぃ」


南無瀬組員さんに囲まれ、真矢さんに凄まれながらもイルマ王女の態度は崩れない。

こりゃ説得は難しそうだ。あの「んひぃ」には天地がひっくり返っても崩れない覚悟と欲望がある。


仕方ない。激しく不安だが、手早く式を済ませよう。感動の「か」の字もない無味無臭の式を。

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