家族結婚式

「これから俺の家族を引き当てます! 抽選箱には沢山の紙片が入っており、その一枚一枚に皆さんのレジュメの番号が書かれています! 俺が引いた番号と、あなたのレジュメの番号が一致すれば、すなわち俺たちは家族となるわけです!」


よくある抽選方法をアイドルらしく盛り上げながら説明する。もっともやっている事はアイドルではなく詐欺師の所業だ。

抽選箱には最初から数枚の紙片しか入っていない。んで、紙片の番号の人たちは南無瀬組のお眼鏡にかなうくらいの理性の持ち主だ。彼女らとその家族には結婚式の話をすでに連絡済み。要するに、この抽選会はヤラセである。結婚式には綿密な準備が不可欠であるし、ラーメンじゃないんだから家族をインスタントで作るのは常識的にマズい、仕方ないね。


「それでは最初の家族は、53番の方!」


一枚の紙片を引いて、番号の書かれた面をカメラの前に突き出す。国際会議の会場には行かず、控室から抽選は行っている。カメラ越しのヤラセだからバレる可能性は低く、生涯の親友となっている嫌な予感さんも出番無し。ビバ平和!

一方、会場では53番の人が両手を上げ、目口を大きく開いて「っしゃああああ!!」と迫真のリアクションをしている。四方八方からレジュメを奪おうとする同僚たちと格闘している様子もとても迫真的で、ヤラセの片棒を担いでいるとは思えない。ところで暴力はNGと警告したはずなんですが、ぶら下げられた家族券エサが魅力的過ぎたのか、誰もが理性崩壊なさっておられる。ますます会場に居なくて助かった。


「お次の家族は――」


さっさと引こう。抽選はテンポが命、もったいぶっていると当選者の命もアウトだ。なんやかんや勢いよく結婚式へと雪崩れ込もう。

ガバガバな計画と思う事なかれ。こういうのは高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するものと相場が決まっている。俺の得意とするアドリブがモノを言うのだ、つまりいつも通りやっていれば何とかなるのだ!


――そうして俺は、いつも通り苦境に立たされるのであった。





「やりました、拙が当選者です」


あるぅぇぇ?


最後の紙片を読み上げ、抽選会は(半壊した会場から目を背ければ)つつがなく終了するはずだった。

最後の共犯者、もとい当選者はブレイクチェリー女王国の、とある模範的な女性のはずだった。

だのにどういう事だ、名乗り上げたのはイルマ・ブレイクチェリー王女だ。

本来の当選者は? と会場モニターをよくよく観ると、イルマ王女の隣の席で項垂れ、微動だにしない共犯者の姿がっ……バカな、早過ぎる。なぜ当選前にヤラれているんだ?


「……え、選ばれた方はおめでとうございます! 悦びは一入ひとしおと思いますが、まずは自衛に努めてください。すぐに南無瀬組が皆さんを結婚式場へ護送しますので。じゃあ、一旦さようなら~」」


内心の動揺を必死に抑えて、俺は抽選会を閉幕させる。

撮影用のカメラがオフになるとすぐに。


「やるやんか、イルマ・ブレイクチェリー! なにが『終わってしまった人』や。立派にメスの顔しとるやん、始まり過ぎてヤキ入れたろか!」


「イルマ氏の母親は、一人で多くの男性を侍らす異常性癖者。母から娘へ脈々と受け継がれる強欲な血、その力を軽視した私たちのミス」


真矢さんと椿さんが俺の元に駆け寄ってきた。


「どうしましょう? イルマ王女の当選を無かった事には出来ませんよね?」


当選番号は他の人のものだった。だからイルマ王女の当選はノーカウント、って言えるわけがない。不正抽選でしたと自白するようなものだ。


「結婚式にはイルマ王女の家族……現・ブレイクチェリー女王を呼ぶことになる。リモートとは言え、アポなしで一国の女王を呼び出すんはアホぬかせと一蹴されるもんやけど。景品が拓馬はんとの結婚式となると」


「間違いなく来る。どれほど重大な会議や神事をドタキャンしても来る。自然の摂理にして絶対の法則」


「あかんわ。イルマ王女も油断ならへんけど、問題は海外にも轟く性欲爆発女王。そないスケベな女と拓馬はんを会わせるとか……あまつさえ婿とつがせるとかうちは認めへん。国際情勢を考慮しつつ穏便にタマ獲ったる」


「真矢氏の心情は察して余りある。超絶同意、入念にヤルべき、心臓を停止させるくらいではダメ」


「せやな、拓馬はんとの結婚は、死という概念の向こうにある。タマ獲れば完了――は甘えや。後処理としてコンクリでチンは基本やな」


「ま、まあまあお二人とも。他国の女王の暗殺を視野に入れるのはどうかと思いますし、死の扱いが軽過ぎやしませんか」


弱った、デモンストレーションだろうと他国の、それも因縁のあるブレイクチェリー女王国の王族と家族になるのはマズい。

不知火群島国の人々がブチ切れて、国際関係悪化待った無しだろう。それが証拠にさっきから俺の携帯電話にメールが届きまくっている。送信先欄に『由良様』の文字を確認し、俺は絶望した。

イルマ王女との結婚式は、たった今決まったばかりなのに神反応だ。盗撮か内通者かセイソパワーか知らないが、どなたか上手い言い訳のご教示をお願いします!




『ご安心ください。結婚式は本物ではありませんし、俺の心はすでに決まっています。これから忙しくなりますので、返信は滞りますがご容赦くださいませ』


こんなもんでいいか、いいだろ、いいことにしよう! 電話は怖いので、メールで返信する。

長文はボロが出やすいので、必要事項を短めに。また、『俺の心はすでに(日本への帰還で)決まっています』というように大事なところはボカして言質を取らせない。由良様とのメールの鉄則だ。


「由良氏の様子は如何ほど? 沈黙を良しとした?」


「メールの頻度が一分間に一度から、二分間に一度になりました。希望的観測で落ち着いてくださったことにしましょう。あとメールの内容は怖いから見ていません、セイソ電も来ていますが、TPO(タクマ・ピンチ・俺もうね、逃げる)的判断で気付かなかった事にしました」


由良様は先日から外遊中で、不知火群島国には居ない。予定を切り上げて結婚式場を強襲しようにも、数時間は掛かるはずだ。

でも、性愛あいに距離は関係ないと言うし、由良様がワープ航法に目覚める可能性も考慮して、もう一手ほしい。


「由良様をなだめるよう妙子姉さんに連絡したわ。姉さんなら身体をむしばみながら抑えてくれるやろ。うちらは結婚式に集中するで」


組長の妙子さんに丸投げか、素晴らしい判断だ。国主に具申するには相応の格が必要だから、領主妙子さんが動くのは自然の流れである。なお妙子さんの胃に人工的なケアが必要になるのは間違いない。




「イルマ――王女の腹積もりを確認しました。結婚式に女王を呼ぶつもりは無いそうです」


「はっぇ?」


いきなり飛び込んで来た情報に驚いて、言葉に詰まってしまった。しかも情報の出所がさっきまで会話に入ってこなかった音無さんだ。刺々しい声に似合いのむっつりしたお顔をになっている。


「そもそも結婚式の事を女王に伝えるつもりも無いそうです。式は母親を除いたごく近しい身内と三池さんだけのささやかなモノにしたいとか」


「ほーん、婚約者を奪われた恨みつらみが今になって出たんかいな? 寝取り前科者に対して適切な対処や」


「危険度は下がったと見るべきか、イルマ氏の独壇場となった事を警戒するべきか」


「ちょちょっ、まっ、待ってください!」


ツッコミどころが多くて混乱する。イルマ王女のことや、特ダネを素直に受け入れる真矢さんや椿さんについても「?」が尽きないが、ここはまず。

「なんで音無さんが、イルマ王女の考えを知っているんですか!?」


「電話で聞きました」


「で、でんわ!? あっ、たしかに部屋の隅で携帯電話を使っていましたけど……えっ、えっ? イルマ王女の携帯番号って他国の人が知っているもんなんですか?」


「普通は知らないと思いますけど、ひっじょ~に不本意ながらあたしってブレチェ国出身なんでたまたま番号を知っていたんです」


「は~~そうなんですかぁ……そうか……う~ん……そうかぁぁ??」


音無さんがブレチェ国出身ってのは、これまでの言動で分かっていたけど。それだけで王女の電話番号を入手できるのは無理があり過ぎるよな、他国の事情はよく知らないがおかしいよな?


「まま拓馬はん、今は結婚式が第一や。相手はイルマ王女だけやない。手筈通りに結婚式場入りして、並みいる疑似家族のドタマかち割ってタクマ入れよか」

「うむ。レッツ集団幻覚。なお永続保証」


「……分かりました、会場に急ぎましょう」


強引に話題変更をする真矢さんや椿さんの態度から察するに、俺以外の南無瀬組は事情を知っていそうだ。問い詰めたい気持ちはあるものの自重しよう。人には触れたらいけない過去や性癖があって、俺が無理に手を出すと大体覚醒する。ブラコンファザコンパンツァーMコン、そうそうたる前科を思えば大人しくするに限るぜ。




ここ、西日野の国際フォーラムには演劇用の舞台が備わっている。そんじょそこらの舞台より幅と高さに余裕があって、問題なく結婚式用の教会を建てる事が出来た。教会と言ってもお城と見紛うような外装や、煌びやかなステンドグラスから光が降り注ぐような本格的なもんじゃない。せいぜい国民的日本アニメのご家族がエンディングの最後で入って行くような、あの三角形の簡易な出で立ちだ。

結婚式の有用性を広めるために、もっと凝った造りにしては? と思う俺だったが、製作期間の無い現実と。


「デモンストレーションの結婚式にはVRタクマやなくて、モノホンの拓馬はんを出すやろ。それだけで致死量やのに、本格的なシチュエーションも加えたらオーバーキルしてまうわ。モルモットに投与する毒はだんだん増やしていくもんやで」


という真矢さんの言葉で「あっ、そっすね」と考えるのを止めて納得した。



そんな簡易的な教会で家族葬……もとい家族結婚式は始まった。

参加するのは当選したキューピッドの女性と、その旦那さんやお子さんだ。なお女性以外のご家族はリモートでご参集いただいた。男性旦那さんを不知火群島国にお呼びするのは不可能であるし、そもそもランダム(確定)で選ばれる人々をあらかじめ招集するなんて無理だからね。


『空前絶後のタクマさんだ! これから私のショタになるってマジ? 夢の果てに辿り着いた系?』


『はははは、タクマくんはお前より年上だからオネショタは夢のままさ。それより息子が出来るなんてパパ大興奮! 男同士という言葉には得も言われぬ高揚感が湧くものだ』


『パパ分かってなぁい! オネショタは年齢じゃなくて魂の形で発現するんだよ。そこにると思ったらちゃんとるの』


『一理ある……と、いうことはタクマくんがパパのパパになる。そういう関係性も有りという事か』


台車に立て掛けられたモニターの向こうで、娘さんと旦那さんが元気にラリっている。結婚式は幸せの集合体だからね、頭ハッピーセットになるのは止むを得ない。


「あらまったく、うちの夫も娘もタクマさんを前にして欲望全開にしちゃって。おほほほ、ごめんなさいね」


「気にしないでください。気兼ねなく話せるのが家族じゃないですか。俺は皆さんにとって父でも母でも子でも兄でも弟でも姉でも妹でも何にでもなりますよ。じゃあ、早速ですが――」


キューピッドの女性、その旦那さんと娘さんが映ったモニター。

式場の祭壇を背に、家族の方を向き、真摯な面持ちで宣誓する。


「本日、わたしたちは家族の誓いをいたします。これから、わたしたちはお互いを思いやり、励まし合い、喜びを分かち合い、理性的な距離を保ち、笑顔いっぱいの明るい家庭を築いていくことを誓います」


「「「縺弱g繧上d縺」縺溘?繝シ」」」


俺の宣誓に対し、他の家族は「誓います」と続くところだが時すでに遅し、脳すでに脆し、みんなの言語機能は人間の域を脱してしまった。

ままええわ、健やかな時も病める時も支え合うのが家族だ。家族発足後、秒で病んだご家族を介護しつつ、俺は戸籍書類にサインしたり簡単な会食を催したりしてしめやかな雰囲気を演出した。善き眠りを……



今のご家族は父親が居る分、まだ男性慣れして人間的なやり取りで済んだ。

肉食世界で一般的な、母親と娘さんのご家庭に結婚おじゃました際には。


『にぎゃああああぁぁ!!?? ほほほわわわああああ……あぐがっっ!?』


興奮した娘さんがモニターに突っ込んで撮影機器が全損したり。


『うちの家系はスキンシップに重きを置いているから。まずは服を除いたコミュニケーションから始めましょう』


と真顔で迫ってきたキューピッドの女性が南無瀬組にフクロにされる事もあった。理性の強い人々を厳選したつもりだったが、何事にも限界があるという事か。南無南無。



結婚式の威力は示せた。デモンストレーションは成功と言っていいだろう。

指を咥えて見守る非当選者の方々は、式場の映像を羨望と嫉妬と殺意の眼差しで眺めているそうだ。

これならキューピッドが『タクマくんとのラブラブ家族プラン』を推すのは確実! 

世界中の人々がタクマとの結婚条件である『子持ち女性の家庭、女性と結婚して子作りした男性の家庭』を目指して合法違法問わず邁進するだろう。人口激減問題は解決して世界は救われる!

人々の常識や倫理観や日常が崩壊するかもしれないが、新時代の幕開けだ。世界中全部変えてしまって俺と結婚メタモルフォーゼしようぜ!



さて、逮捕者を出しつつも式は無事進行し。


「お初にお目に掛かります。拙の名前はイルマ・ブレイクチェリー。しがない女です」


最後のお相手が結婚式場へやって来た。

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