交わってしまった二人

「本日、わたしたちは家族の誓いをいたします。これから、わたしたちはお互いを思いやり、励まし合い、喜びを分かち合い、理性的な距離を保ち、常識と良識を併せ持つ家庭を築いていくことを誓います」


簡素な祭壇を背に、イルマ王女と音無さんへテンプレを口にする。

相手が一国の王女だろうと、毎日顔を合わせるダンゴだろうとやる事は変わらない。

舞台照明の人工の光が俺たちに降り注ぎ、そこそこの祝福を与えてくれる。

この安っぽさ、いいね。結婚式の無味無臭を後押ししてくれて、大変よろしい。



「……誓います。末永く、三人で」

「誓いまぁーす! えへへへ今晩はフェスティバルですね!」


ちっ、まだ理性がある。

これまでの参加者の多くは『はかいの言葉』で言語中枢に致命の一撃を受けていたのに……イルマ王女は深く染み入る微笑みで、音無さんは気の早いアヘ顔で、それぞれ原型を留めている。


「嬉しい、嬉しいです。こんな日が来るなんて思っていませんでした。拙は……なったのですね。リンちゃんとタクマさんと、家族に」


しっとりとした涙がツゥーっとイルマ王女の頬を伝う。涙と言うのは襲われた時や己のやらかしで絶望した時に流すもの――という認識の俺には理解が難しい生理現象だ。っと、観察は程々にして。


「家族になるというのは、この場限定ですからね。式は『デモンストレーション』なのであしからず」

空気を読まずに訂正を挟む。

結婚式に感動は要らない。この世は舞台、人はみんな役者なのだ。決められた手順で決められた動作を行おう、ねっそうしよう(懇願)。


「デモンストレーション……えっへへへ、タクマさんがそう思うのならそうなんでしょうね。タクマさんの中では」


「偽物が本物に敵わない? そんな道理はありません」


――ダメみたいですね。馬の耳に念仏、肉食女性の耳に貞操乞い、言葉で分かり合えないって悲しい。


「それよりタクマさん! んぅいえ、タクマ! あたしたちは家族だよ! もっと慣れ慣れしく逝こう! ズブッ友を超えた関係を周囲に見せつけよう!」


「あ、あの音無さん」


「り、ん、こ!!」


「り、凛子。南無瀬組の皆さんが武器えものを研ぎ始めているから、生命に関わる発言は控えるべきだよ」


「きゃ~! あたしの命を心配してくれるなんてタクマったら家族思いぃ! えへへへ、ダイジョーブダイジョーブ! 静流ちゃんも真矢さんも口で怖いこと言っても、何だかんだ半殺しで済ませてくれるから。死なないと分かっている分、ギリギリを攻めていこうよ!」


せやろか?

会場の後方でヒソヒソと話し合っている椿さんや真矢さん。二人は虫を見るような目を音無さんに向けている、その瞳から慈悲は欠片も感じ取れない。


「リンちゃん、タクマくん、拙たちは家族になった。でも、言の葉では味気ない。一つだけ拙のお願いを聞いてほしい……です」


「えっ初手3P!?」


「ちょっと凛子は黙っていて。お願いって何かな、粘膜関連は一発アウトだよ」


「手を――」


イルマ王女が俺と音無さんに向けて手を伸ばしてきた。


「手を繋ぎましょう。拙たちは家族、拙たちは仲良し、だから手を」


不思議だ、イルマ王女の腕は俺よりもずっと細くて弱弱しいはずなのに――


ゴゴゴゴォォ!!


なぜ細腕一本で空間を軋ませあそばされているのか、これが分からない。


「っもう、しょうがないなぁ~。全ての行為は手inから始まるって聞くし……ここはイルマに華を持たせてあげるよ。あたしも持つけど!」


過去のイザコザは清々しく断ち切ったらしく、音無さんはガシッとイルマ王女の手を握った。そして、もう一本の手を俺と言う華に向けてきた。


ゴ~ロロゴゴ~オロロ!!


音無さんの腕が陽気な音を立てて空間干渉してくる。はぇぇ面妖。


「分かった、手だけね」


双方からのプレッシャーが握手で消えるなら安いものだ。

この行為に特別な意味は無い、それを伝えるように無造作に二人の手を握る。


「んぅ゛~キタキタハァァ!」

「い゛ひぃ~、なぁ、なんぃですかこれぇは……」


しかし、効果は抜群だ。

音無さんはエビ反りで快感を謳歌し、イルマ王女は腰から崩れ落ちブルブルと震えていらっしゃる。


「それじゃあ、短い間だけど常識の範囲内で――」


「たまんないたまんねぇですよひっくりゅ返りゅぅぅ!!」

「もっとくださいぃ、拙の脳をもっと揺らしてぇぇ」


「――それなりに親しくやっていこう。そういう事でよろしく」


上下にビクンビクンしている音無さんとイルマ王女から視線を逸らし、俺は極めて平坦な声を吐き出すのであった。





音無さんとイルマ王女との結婚式。

その映像が流出すれば、ブレイクチェリー女王国を始めとする多数の国家が刺激を受けるだろう。

もちろん一番ブチ切れるのは不知火群島国で、国主たる由良様の脳の血管はブッチギリだし、天道家は嫉妬で性癖の業を深めるし、マサオ教あたりはマサオ様を他国に渡すものかと武装化を強めるだろう。


なんちゃって結婚式が世界大戦ホイホイになるなんて笑えない。ちょっとこの火種デカすぎんよ。

そういうわけで結婚式はトップシークレット、キューピッドの面々が待機する国際会議場にも映像を流していない。

観る人が居ないんじゃデモンストレーションの意味なくない? とツッコまれたら「それはそう」と頷く他ない。

だが、結婚式に浮かれて全身ハッピーセットになっているイルマ王女へ「結婚式をすると言ったな、あれは嘘だ」と言えばどうなるだろうか。


虎の尾を喜々として踏む者はいない。

この結婚式はイルマ王女のためにある。彼女を適当に満足させて、血も白濁液も流れない、平和な式にするのだ。それが世界と俺のためになると信じて。




家族宣誓の後は、食事会だ。

普通の相手なら俺の指紋をベタベタ付けたお菓子で心神崩壊されるのがセオリーだが、雑なタクマニウム注入は強い後遺症を招く。

イルマ王女を国際的なストーカーに仕立てる気はサラサラ無い。彼女との関係はこの場限りで終わらせるのがベスト、ワンナイトラブならぬワンタイムラブが望ましい。


「……美味しい、家族で囲う食卓の味は無類ですね」


という事で残念ながらイルマ王女は健在だ。近場の専門店から取り寄せたお菓子で舌鼓を打っていらっしゃる。


「ねえねえタクマ! 家族だったら『あ~ん』が鉄の板だよ! そのドーナッツをあたしの口に挿入しよっ! 誤ってドーナッツごとタクマの指を甘噛みしても事故だから仕方ないね!」


「ドーナツの素手掴みは宗教上の理由で戒めているんで、トングで――はいどうぞ」


「む~~タクマのイケず……ん! トングから滴るタクマニウムもこれはこれで……はぐはぐ」


「リンちゃんの野性的な食事風景。拙は好きです」


一見、温かな家族団らんが繰り広げられているが……全然味がしねぇや、この砂糖菓子。特に味覚がね……駄目なんだよ……超ド級の肉食女性を前にすると、神経が生命活動全振りになる。



テーブルのお菓子が(主に音無さんによって)消化され、食後のティータイムに映るタイミングで、イルマ王女が夢心地に語り出した。


「まるで現実では無いようです。リンちゃんと公の席で食事を共にするなんて……拙はこの時を生涯叶わないものと思っていました」


「そのまま叶わない方が波風立たなかったのに。まったくイルマって引っ込み思案のくせに変に爆発力があるよね」


「うふふふ、爆発力はリンちゃんに似たのでしょうか。それでしたらとても嬉しい」


「なわけないじゃん。あたしこと音無凛子は無燃焼・無衝撃のダンゴとしてタクマさんに仕え、安心安全な性活を保証しているんだよ。ドッカン要素なんて無さ過ぎて笑えるくらいだから」


あははは、笑える。


「それにしても二人は本当に仲が良いね。俺に対するリアクションも息ピッタリと言うか阿吽あうんの呼吸と言うか」


「逝きピッタリ……タクマさんは意外と攻めなのですね。たしかに先ほどはリンちゃんと同時に逝かされましたけど……んひぃ」


「アフンの呼吸……やたぁっ、タクマったら逆セク!? ついにあたしの魅力に気付いてたまらなくなったと見える!」


「はいはい、二人がご機嫌で何より。はぁ……まるでみたいだ」



ピーン。


言った瞬間、周囲が張り詰めた。

南無瀬組の人々はスタンガンやロープを取り出していた手を止めて、なぜか神妙な面持ちでこちらを注目する。

音無さんは心底嫌そうな顔を晒して「うわぎぁ」と呻いている。


その中で唯一パッと顔を赤らめ、(相変わらず目元は隠れているけど)春爛漫な空気を出すイルマ王女。彼女はこう言った。


「タクマさんは知らなかったのですね。ええ、ええ、事情をご存じないタクマさんにも伝わるほど拙とリンちゃんの結びつきは強固なもの……はい、何を隠そう拙とリンちゃんは正真正銘の姉妹、それもなのです!」


「………………ほはっ? ふ、ふたご?」


「悪しき伝統によって分かたれた二人の道でしたが、タクマさんが拙とリンちゃんを導き、交わらせてくださいました。万の言葉を紡いでもこの喜びと感謝は形を成せないでしょう。うふふふふんひぃ」

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