みんなのタクマ
西日野軍の基地巡りライブ、その記念すべき一回目は盛況のうちに終了した。
満足感と罪悪感を胸に、本日の寝床へ移る。
「今日のライブ、想定から外れずに終わったね。珍しく大成功!」
「うむ、平然と終幕する尊さよ」
宿泊ルームの盗撮カメラ・盗聴器チェックを済ませ、音無さんと椿さんが一息つく。
「三池さんの自重と、あたしたちの作戦遂行能力の勝利! これって勲章だよ!」
「凛子ちゃん、調子に乗り過ぎるのはNG。勝利は継続してこそ意味がある。毎回問題なく終わるよう精進するべき」
問題なく? 聞き捨てならない言葉に、俺のモヤモヤは噴出した。
「軍人さんの三割が銃弾に倒れました。大問題ですよね!? 国防がヤバいんじゃないですか?」
俺の歌に合わせて銃撃される人々が脳裏を離れない。リアル屍の山は目に毒過ぎるぞ!
「軍事用語において、部隊の三割損失は『全滅』扱いになる。しかし三池氏と戦う場合、三割損失は『かすり傷』」
「そもそも
「下手な戦場より人の命が軽いじゃないですか! 国防への意識も軽すぎてドン引きですって!」
「無問題。傷付いただけ人は強くなる。銃撃された者たちもそのうち死の淵から蘇る。死を経験した兵に恐れるものは無い。結果的に不知火群島国の国防力はアップしてみんな幸せ」
「タクマ中毒のレベルもアップしちゃいますけど、ファンの大半はレベルカンストしていますし、今更気にする事じゃありませんね」
「うエエェぇぇ」
気にするどころか気に病むわ! 国防以前に末期患者だらけの国が続くとは思えねぇ、もう終わってるでしょコレェ!
俺は頭を抱えて、軍宿舎の天井を仰いだ。
ここは、西日野軍第一基地の宿舎。しかも上級士官用の宿舎だ。
上級士官は既婚者が多い。つまり夫が同居している。ってことは宿舎は男性が住めるほど手厚いセキュリティが施されている。
そういうわけで黒一点アイドル・タクマの宿泊地として打ってつけだと選ばれた。
とは言え、絶対の安全なんぞ存在しない。
これを機に俺とお近づきになりたい上級士官やそのご家族の方々の侵攻が早速報告され出した。また、宿泊スペースに押しかけたい一般兵の皆さんの出没情報も相次いでいる。
真矢さん率いる組員さんたちが平和的に応対しているそうだが。
「なぁんも心配あらへん。誰が来ようとも話し合ってお帰り願うわ。相手は軍人はんたちや、引き金の重さを知っとる輩さかい、暴力沙汰にはならへんて」
昼間のライブを全否定しながらこの部屋を出る真矢さんは、防弾ヘルメットを被っていた。郷に入っては郷に従えなのか、服装も黒々のヤクザから迷彩色のアーミーになっている。
本当に大丈夫なのだろうか? 部屋の外から届く争う物音は、聞き間違いなのだろうか? カーテンで覆った窓の向こうがマズルフラッシュのようにピカカッと光るのはドンパチではなくただの超常現象なのだろうか?
「軍の基地よりも西日野の領主さんの屋敷に匿ってもらうとか、他の候補は無かったんですか?」
気を紛らわせたくて、椿さんに尋ねてみる。
「領主から熱烈歓迎の一報はあった。しかし辞退した」
「ど、どうして?」
「三池氏、今まで会った領主を思い出して」
思い出すって……ええと。
南無瀬領・妙子さん。南無瀬組のドン。厳つい見た目だけど、理性的な苦労人。ターゲットはおっさん固定なので安心安全な人。
東山院領・ザマスおばさん。娘の結婚のために男子たちをクーデターへと駆り立てた。無関係の俺も男女交流(意味深)に巻き込む非情な人。
北大路領・しずかさん。マサオ教の代表でありながらタクマ教に堕ちていた邪教徒。俺を神扱いして崇め奉る狂人。
中御門領・由良様。終身名誉性祖。由良様が居る居ないに関係なく、彼女の話題を出すと日に二通の怪文書が厚くなる。軟な覚悟で口にしてはいけない人。
「なるほど、四人のうち三人がアウトで騒動率は75%ですか……西日野の領主には近寄らない事にします」
「賢明な判断。西日野領主は拗らせ要素のない人格者かもしれない。しかし、危険を冒してまで確かめる必要はない」
「ですね」
うんうんと肯きながら、「帰国しよ」と日本への思いを強める俺であった。
一時間ほどして真矢さんは帰還した。いつものレディーススーツで、髪型もセットし直して平静を装っているが。
「ふぅぅ、掃討完了……って、ちゃうちゃう。相当しつこかったけど、排除完了や」
マイルドな言葉選びに努め、結局ワイルドを隠せていない。真矢さんらしくない言い間違いは疲労の顕れだろう。
「お疲れさまでした。組の皆さんの健闘あってこそ俺はアイドルをやっていけます。お礼としてはささやかですが、後で簡単な夜食を作って配りますね」
「ほんまに! 助かるわぁ……最高の報酬や。怪我した組の
「ははは、期待に応えられるよう頑張ります」
本当に浮かばれたら困るんで、頑張らない程度に頑張ろう。料理は愛情、愛の欠片もない夜食にしないと。
「せや、拓馬はんに渡したい物があんねん。気ぃ乗らへんけど、無視も出来へんやさかい……」
真矢さんがメモリーカードらしき物を差し出してきた。
「なんすかコレ?」
「渡しモンや、甲姫はんからの」
「こうひめさんっ!?」
「カードの中身は拓馬はんへのビデオレターや。先にうちが検閲したさかい、セクハラ要素が無いのは保証するわ」
生きていたんだ、甲姫さん! 良かった、南無瀬組に処されていなかったんだね!
頭の片隅にこびり付いていた心配事が取れてスッキリである。
甲姫さんからのビデオレターか……今の俺は心が弾んでいる。いいよこいよ、生還祝いだ観ようじゃないか!
メモリーカードを真矢さんのパソコンに接続して上映会だ!
――で。
『タクマくん、あなたがこの動画を観ているという事は、私を許してくれたのね。国のために結婚してぇーだなんて失礼なことを言ってごめんなさい。そして、これからまた無理なお願いをする事を許してぇ……私のちっぽけな命じゃ割に合わないけれど、少しの間だけ耳を傾けてくれたら幸いよん』
画面には悲愴な様子の甲姫さんが映っていた。
「……真矢さん」
「なんや?」
「甲姫さんのお顔に死相が出ているんですけど……」
「死相にも色々あんねん。甲姫はんのは前向きなタイプや」
前向きに死に向かわれても困るんですけど。
「ご、ご存命ですよね?」
「甲姫はんは銃弾飛び交う戦場を突っ切り、南無瀬組のバリケードを突破し、うちの前に立った。メモリーカードを渡す方法は他にもあんのに。わざわざ危険を冒したのは誠意を示すため――彼女の思いを汲んでやってや」
「あっ……はい……」
弾んだ心がもう沈む。ちょっとこの世界の重力、大き過ぎんよ。
謝罪会見のように、甲姫さんは襟元を正して語った。
『タクマくんに結婚は勧められない。でも、このままだと誰も彼もタクマくんを脳内伴侶にして幸せ家族計画を満喫しちゃう。超少子化が超加速して超やばいわ。人間と言う種が子孫繁栄よりもタクマくんを選び、絶滅を受け入れようとしている。欲望を是とする人間らしい終わり方ね、それも良いかもしれない。けれど、私たちキューピッドはもう少し足掻いてみたいの。だから、発想を逆転させる事にしたのよぉ』
発想を逆転っ!?
頼もしい言い回しに期待感が高まる……が、検閲済みの真矢さんが横で「はぁ」とため息つくので、不安感も待ってくれよと追いかけて来る。
かくして甲姫さんは言い放った。
『タクマくんが誰かのモノになるのがイケないの。だったらタクマくんをみんなのモノにすれば良いのよぉ! みんなのタクマくんよぉぉ!』
甲姫さんの最期の輝きを目に納めた後、俺たちはメモリーカードの中にあったプレゼンファイルを開いた。
パッと画面が変わり、表紙が映し出される。
無料頒布されていそうなクオリティのイラスト(女性、女子×2人)と、その間に実写の俺が挟まっている。俺の異物感が凄い。
女性と女子のイラストはおそらく肉食世界の一般家庭を表したものだろう。男女比1:30では男がいる世帯はマイノリティだろうし。
そして、表紙にデカデカと書かれたタイトルは。
『タクマくん間男化計画』
「言葉選んで!」
「な、なんや拓馬はん。そない大声だして」
「そりゃ『間男』呼ばわりされたら大声も出ますよ」
「間男って悪い言葉なんですか? 他人の家庭にお邪魔するわよーなド直球ネーミングはあたし好みです」
「ふむ、どうやらニホンでは『間男』が別の意味で使われている模様」
あっ、そうか。肉食世界では奥さんたちの間に挟まれる(意味深)男は居ても、他所様の夫婦関係に挟まる不届き者は居ない。間男が発生するほど男が余っていないのだ。
「……失礼しました。椿さんの言う通り『間男』は日本で使われている言葉で……ま、まあ作戦名はこの際置いといて。詳細を読みましょう」
日本の『間男』について興味がありそうな面々を無視する。
俺の世界の汚い部分を伝えるのは恥ずかしい。日本式『間男』と肉食世界は喰い合わせが悪いし、わざわざ教えなくても……
えっ? 己の性欲に任せて他人の家庭を壊す男性?(宇宙猫)
まま、よく分からんけど元気な男性は大歓迎! お望み通り搾ったろ(適材適所)
あれ、意外とイケるか。
心底どうでもいい事を考えているうちに『タクマくん間男化計画』の解説が始まった。
ビデオレターで大まかな内容は知らされていたけど、イラスト付き資料があれば理解が深まりそうだ。
不知火群島国語の難しい文章を、真矢さんが分かりやすく意訳してくれる。
それによると。
『タクマくん間男化計画』
【目的】深刻な超少子化に対応すべく、男性アイドル・タクマを子持ち家庭の共有財産にする。
【間男対象】子持ち女性の家庭、女性と結婚して子作りした男性の家庭。
【間男特典】タクマとの結婚届(申請者はタクマとの間柄を夫・妻・父・母用の4種類から選択)、家族の一員感溢れる限定タクマグッズ等。
「ぐぅぅ、闇が深過ぎませんか……この計画」
概要欄だけで頭痛が痛い。全方向から「お前も家族だ!」とブン殴られた気分だ。
「三池さんを公共物みたいに扱うバカな計画ですけど、破壊力は侮れませんね」
「うむ……三池氏、覚えてる? 前に私たちで少子化解消について討論した」
「ありましたね。あの時は既婚者用の限定タクマグッズを出す、って流れになりましたっけ」
途中で音無さんと椿さんが興奮、暴走、蒸発の三拍子になって結論は出ないまま終わったけど。
「この計画は私たちのアイディアの数段上を逝っている」
「だね、ヤバヤバ。破壊力があるだけじゃなくて、痒いところまで届く手で潰しに掛かる感じ」
「うちにも分かるわ。計画書には書いてへんけど、計画の最終目的は『タクマの概念化』や」
――はっ? 俺を、なんだって?
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