はっぱ三姉妹

「俺の、概念化?」


「せや。拓馬はんを生命の定義から外して、永遠にしたいんやろな」


「すみません。スピリチュアル方面には疎いもので、一般的な現代人の脳に優しい解説をお願いします」


一般的? と言いたげな周囲の目は当然黙殺する。


「ん~とな、要するにキューピッドは拓馬はんを現代神に祀り上げる気や。人やないさかい、法律に縛られんで結婚し放題ってな」


「三池氏にはマサオ氏の生まれ変わり疑惑がある。神に仕立て上げるのは楽ちんちん」


「こうしてアイドル・タクマは人間の規格を越え、子持ち家庭なら誰とでも結婚可能ながいねんになるわけです! 複雑な手続きを簡略化して、どんどん結婚相手に据えられちゃいます」


なんだよ、俺の戸籍ガバガバじゃねーかよ。


「ま、マズいですよ! 結婚歴が豊富なアイドルとかイメージ悪いですって! 浮気性みたいじゃないですか」


「「「うわき性?」」」


ダメだ通じてない。バカか俺、肉食世界だぞ。血で血を洗って男を獲得してきた世界に、浮気のような脇の甘い思想があるものか!


「つ、つまりアイドルって華やかでありながら根は貞淑であるべきだと思うんですよ。みんなに愛されたいと願うのなら、特定の誰かだけを愛してはいけない。俺のような駆け出しアイドルなら尚の事、ファンを裏切る真似はしたくありません」


古臭い考え方だけど、交際がバレたアイドルの末路は今も昔も似たようなものだ。

肉食世界だと日本より過激な末路が待っているだろう、どちらにしろ芸能界復帰は難しい。


「ぐふっ!? え、ええプロ根性やん。う、うちは応援するで」


「かひゅ!? ぼぼぼぼう衛意識が高いのは護衛対象として望ましいが、ダンゴ用の特別対応希望」


「ぼぎぃ!? じゅ、柔よく剛を押し倒すと言います。柔軟に考えましょ、バレなきゃいいんです」

  

数トンパンチで内臓を痛めたように吐血しながらも、真矢さん、椿さん、音無さんは俺の青臭い主張を強く否定しなかった。

三人が俺に向ける愛欲の強さは分かっている。それに応えたい気持ちが皆無だとは言えない。

けど、この世界での交際バレは死亡フラグだ。俺だけの死亡じゃない、世界ごと死亡する。世界存続が俺の理性とジョニーに掛かっているとなれば、慎重にならざるを得ないだろ。


「でもですね、三池さん! タクマの概念化って悪い話じゃないと思います」


「人間辞める話のどこにオススメポイントがあるんですか?」


ったく音無さんったら、またテキトーな事を言って……


「上手くいけば、怪文書ライター・由良さんの投函を止められるかもしれませんよ」


「詳しく!」


アイドルは貞淑であるべき? うるさい滅べ! 

青臭い主張よりドス黒い怪文書!

俺の一挙手一投足を細かく正確に記録したメールを、朝夕きっちり送ってくる由良様。これって立派なストーカーですよね?

あのストレスの塊を差し止め出来るなら、戸籍がガバガバになるくらいナンボのもんじゃい!


「由良さんってば度し難いことに三池さんとの結婚を目論んでいますよね。ファンとアイドルの間柄では我慢できない強欲ぶりはいっそ清々しいです」


「賛同すると怪文書が厚くなりそうなんで、とりあえず話を続けてください」


「由良さんが三池さんの戸籍を押さえる前に、こちらから戸籍を開放しちゃいましょう! そうすれば『結婚したいなら子ども作って出直してください。まさか国主の由良様が規則を破るわけありませんよね』ムーブが出来ます!」


「ええぇぇ、んな事したら『ワタクシとだけ結婚するって約束したじゃないですか!』とか言って由良様が怒りの超性祖に変身しますよ」


「三池さんの紛らわしい告白で勘違いさせた事は素直に謝りましょ。その上で言い張るんです。こちとら超少子化を止めるため、国際機関・人口維持組織『キューピッド』が打ち出す国際事業に従事しています! 一国家のトップだろうと文句は言わせませんって!」


「な、なるほど……大義名分は俺たちにありそうですね。あとは、由良様がプッツンしないか心配です。秘密の部屋が発見されて以降、由良様のメンタルが不安定になっていますから。キレるついでに空間を斬って、次元の狭間から襲い掛かってきたらどうしましょう?」


「その時はあたしと静流ちゃんが命を賭して御守りします。相手が不知火群島国のボスだろうと正義はあたしたちに有り! 気兼ねなく本気で鎮圧しちゃいますよ!」


由良様の異能性を知った上で、これほど強く見得を切るとは!?

音無さんのポニーテールが鎖鎌の先端のようにブンブン荒ぶっていらっしゃる。


音無さんってダンゴの中でも身体能力は優秀な部類だよな。南無瀬組では蒸発キャラに落ち着いているけど、実際はかなり有能だ。戦闘力の底は見たことも無い。

もしかして本気になれば由良様のように能力バトルが可能なのか?


「凛子ちゃんが燃えている。私怨もあるのか、火力強め」


「ほんま由良様相手に遠慮なく強く出られるんは、音無はんくらいや。………………それを期待して雇ったんやけど(ボソッ」


音無さんの熱い宣言を受け、俺は考えを改める事にした。


「タクマの概念化、そして『タクマくん間男化計画』。検討の余地はありますね」






甲姫さんが遺したプレゼン資料を読みながら、頭を整理する。


『間男』というネガティブな単語に惑わされてしまったが、計画自体は悪くない。

行きつく先が『概念』だとしても結構じゃないか。

すでに俺はみんなの『オカズ』だったり『必須栄養素』になっている。今更『概念』が追加されても、うろたえるんじゃあないッ!


そもそも『概念』って、使用期限が長めでとっても長所。

俺が日本に帰還しても、タクマグッズは残る。タクマニウムもしばらくは残留するだろう。

しかし、いつかは朽ち果て消失してしまう……が、それでも『タクマという概念』はこの世界に留まる。

タクマロスで枯れ果てそうな人々の心にそっと寄り添って明日への糧となる、まるで家族のように。


素敵だ、感動的だ、まことに有意義だ。

みんな、俺(という概念)と結婚しよ。



「懸念点は二つや」


プレゼン資料を読み切った後、真矢さんが口を開いた。「一つは、間男特典」


「うむ、タクマグッズへの造詣が浅い。グッズ案のコンセプトがありきたりで曖昧、ファンは満足しない。キューピッドではこの程度が限界」


「目玉の結婚届もパンチが弱いですねぇ。紙切れ一枚で『はい、これでタクマくんとあなたは結婚しました。おめでとー!』されても興覚めですよ」


ダンゴたちの言い分はもっともだ。

タクマファンの欲望に際限はない。中途半端な特典は反感を呼び、キューピッドへの信頼失墜に繋がる。最悪、キューピッドの言いなりになるものか、と超少子化がブーストして世界がヤバい。


「結婚限定のタクマグッズを充実させるのもピントが外れている気がします。結婚に特別感を出すなら、いつもと異なるアプローチをするべきでしょう。たとえば――」


舌を回しながら頭も回す。

異なるアプローチ、それは肉食世界には無い方法が望ましい。

俺の世界にあって、肉食世界にない結婚を強く意識させるものと言ったら。



「――――結婚式」


「「「けっこんしき?」」」


思った通りの反応だ。男にとって外界はサファリパーク。腹を空かせた肉食獣が彷徨っている。

んな危険地帯で結婚式を挙げる貞操知らずが居るものか。

お嫁さんの立場でも、せっかく手に入れた宝物を無防備に晒すものか。

よって、肉食世界では結婚を式で祝わない。お役所手続きで完了、という味気ないものだろう。


だからこそイケるぞ、このアイディア!

調子に乗った俺は喋ってしまった、残酷な異文化を、軽快な口調で。


「結婚する男女が教会……ええと催事を執り行う神聖な場所で愛を誓い合うんですよ。親族や友人たちの前で永遠の愛を誓約し、口づけを交わす二人。まあ、儀式の細かいやり方は多種多様ですけど、人生最大のイベントなのは共通しています。結婚式は幸せに満ち溢れていて、参加するだけで心がポカポカします。不知火群島国にはありませんよね、結婚式?」



しーーん。


場が凍る。

時が凍る。

遅ればせながら俺の背筋も凍る。



「はっぱや」


肉食世界基準では婚期を逃したご年齢の真矢さんが言う。


「葉っぱ?」とボケる朴念仁は肉食世界で性存出来ない。瞬時に「発破はっぱ」と理解した俺は無用なツッコミを呑み込んだ。


「そない施設は発破や。あったらアカンって言うか未婚者舐めてるでしょ! はあああぁぁぁぁ自慢なの!? 自慢でしょ!? 幸せなら貝のように閉じこもって勝手に幸せアピールしてなさいよ! わざわざ見せつけて弱者をさらに虐げるって、人間のやることじゃない! 悪そのものよ! 居ちゃいけない、在りし姿も残さない! めっためたに発破するのが公共のためよ! そうよね!? そうじゃなきゃおかしい!!」


「超絶同意。私の善き心が粉微塵にしろと言っている。稀代のマウント儀式に正義の爆発を。存在する罪を知れ」


「幸せのお裾分け、あたしの一番嫌いな言葉です。火力マシマシで盛大にやりましょ! チリも残しませんが、同じ過ちが繰り返されないよう歴史には刻んであげます!」


「妙子姉さんからニトロもらってくる! 今夜は地上で花火パーティーよ! さあ、拓馬くん! 結婚式とかいう悪魔儀式の場所を教えて、すぐにぶっ壊して清浄なる地に還してくるから!」


「だああああっ! 待ってください! 俺が悪かったです、落ち着いてください! 結婚式は日本の儀式で、俺の国では合法なんです! 異文化理解の寛大なお心を思い出してください、オナシャス!!」




俺の願いも虚しく、真矢さん率いる発破三姉妹の暴走は続いた。

騒ぎを聞きつけた組員さんが決死の連携で簀巻きを三本こさえ、急いで握った俺製おにぎりを服用させた結果、ようやく発破三姉妹の気炎は消火されたのである。




誰も居なくなった部屋で腕を組む。


「結婚式。凄まじいインパクトだ」


これなら間男特典として申し分ない……が、一手間違えればドカンの爆発性を秘めている。

真矢さんやダンゴたちが身をもって教えてくれた。この教訓を活かさねば。


「……それと、問題があと一つ」


持ち主が連行されて、置き去りのパソコン。画面にはこう表示されている。





――少子化は不知火群島国に留まらず、世界中で報告されている。『タクマくん間男化計画』は国際プロジェクトとして、全国家が協力して行うべきものである。

〇月×日、西日野領で開かれるキューピッドの国際会議において、『タクマくん間男化計画』を議論予定。

計画の信憑性を高めるためにも、タクマくんの参加を熱望する。会場には多数の警察官、並びに男性身辺護衛官を配備、万が一に備えて軍にも周辺海域を警備させる――



国際会議って事は、外国のお偉いさんの前に出なきゃいけないのか、色々な意味で緊張するな。

さすがに「我が国にお持ち帰りだ!」って誘拐を企てる国は無いと思うけど……


参加国一覧に記載された『ブレイクチェリー女王国』が俺を苛む。

不知火群島国の隣国にして、初代国主・由乃様にヒロシを奪われた挙句ネトラレ絵画をプレゼントされた国。その恨みは現代でも脈々と受け継がれているらしい。さらに音無さんが言うには女尊男卑の野蛮な国だとか。



「出席者は『イルマ・ブレイクチェリー』、どんな人だろう? ブレイクチェリーってことは王族だよな。由良様レベルの戦闘力と業の深さを持っているのか……ううぅ」



俺は胃を押さえながらベッドに入り、悪い予感を振り払うように頭から毛布を被るのであった。

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