慰労(が名目の)ライブ

浮遊感と浮つく心を鎮めながら、眼下に目をやる。

だだっ広い飛行場の一角で大きな塊が轟いている。

それが熱狂する人々の集まりと分かる所まで、ヘリの高度が下がってきた。


『最終確認や。拓馬はん、これからの流れは?』


正面に座る真矢さんの声が耳元から聞こえる。プロペラ音やエンジン音で声がかき消えないよう、俺も真矢さんもマイク付きヘッドホンを装着しているのだ。


『ヘリの着陸後、最初に音無さんと椿さんが機外に出ます。着陸地点は観客席から離れていますが、油断は出来ませんから。ダンゴのお二人によって周辺の安全が確保されたら、俺もヘリを降ります』


『三池さんには体液一滴触れさせません! あたしたちにお任せを!』


『うむ、観客席からDNAを飛ばされても無問題。撃墜する』


慣れない空の旅もなんのその、ダンゴたちは気合十分だ。年中俺に酔っている二人、乗り物酔い程度では上書き出来なかったと見える。


遠距離からのDNAにまで警戒するなんて……過剰な気もするが、肉食女性の進化速度は侮れない。突然変異による人外化からのDNA射出、という線を誰が否定できようか。


『飛行場に降り立ったら、すぐにステージへ向かいます。ステージ上の立ち位置も把握済みです』


『マイクやアンプのセッティングは完了、ギターもステージ上に置いとるさかい後は拓馬はん次第やな』


『ご準備ありがとうございます。見ていてください、全力で会場を盛り上げ』


『あ゛っ?』


『――何事も腹八分目です。適度なパフォーマンスで会場を常温ちょい上に温めます!』


『せやせや、ほんま頼むでぇ。なぁ拓馬はぁん~』


ドスのきいた猫なで声とは、真矢さんったら芸達者だなぁ。危うくジョニーの元栓を開くところだったぜ。




『着陸まで残り一分。念のため衝撃に備えてください』


パイロット席から指示が出る。操縦者はタカハシさん、車輪が付いて動くモノなら何でも扱う組一番の凄腕だ。

そのドラテクは空でも陰りを見せず、きっちり一分後に僅かな衝撃を残し、ヘリは降下した。


「ほな、気合入れていくで。作戦開始や」


ヘッドホンを外し、真矢さんが号令を発する。俺たちは速やかに動き始めた。








ステージに立ち、声援を一身に浴びる。

アイドルで良かったと思える最高の瞬間だ。




「うううううおおおおおおタクマサあああぁぁんん!!」


「アヒィィィィィ見る覚せい剤たまらんとですぅぅ!!」


「タクマのエロス気持ち良すぎだろォォ!!」


「フィギュアやCGと隔絶した色気! ニセモノの濡れ衣からの摘発ムリィィィ! 」


「ナマタク最高ぉぉぉ!! 消耗戦でズルズルやらせてぇぇ!!」



人間、何事も慣れである。

今日の観客は腹からしっかり犯し文句が出ているな。職業柄、訓練で声出しをやっているからかな? と、考える程度に俺は平静を保っている。



今回の依頼人は西日野軍の司令部。

西日野領は大陸に一番近いという事で、昔から外国とのドンパチが絶えない。軍施設が多数置かれているのも当然のことだ。

そんな施設の一つに、俺は舞い降りた。


お仕事の目的は、不知火群島国の防衛に励む軍人の方々をねぎらうこと。

というのは建前で――タクマが西日野領に来るのを悠長に待つのは不可能と判断。除隊して南無瀬へ移住する、それが己に課す最優先任務――な軍人の方々を止めるため。


西日野軍は、国家防衛の要となっている。突破されたら国土と男が荒らされてしまうんで、軍人の減少は何が何でも阻止したい。

司令部の本音に男性アイドル事業部から異議を唱える者はおらず、西日野領における俺の第一歩は西日野第一基地の滑走路となった。



「皆さん、お疲れ様です! 男性アイドルのタクマです!」


開口一番は挨拶。規律に厳しい軍に寄せてみたんだけど、寄せては寄せきる声の波に規律は微塵もない。

ステージ衣装は不知火群島国の軍服――を少し着崩してバッチや光物の飾りを付けた仕様となっている。

「コスプレ感を出した方が絶対そそる……もといウケる!」という司令部の助言は正しかった。観客の舌なめずりがここまで聞こえてきそうだ。


「俺が安心してアイドルをやっていけるのも、不知火群島国を守ってくださる皆さんのおかげです! 本当にありがとうございます!」

それと、せっかく守っている不知火群島国を乱してごめんなさい。


「日頃の感謝を込めて歌います! 目一杯楽しんでください!!」


う~ん、相手が相手だから節度あるMCにしてみたけど、やりにくいな。もっと砕けた口調でもいいか、軍人さんたちの規律はすでに砕けまくっているし。


観客事情を除いても、今回はライブ会場がで違和感を拭えない。

まあ、仕方ない。これまで特殊じゃなかったケースの方が少ない。限定された状況でも全力――じゃなくて、適度なパワーで頑張ろう!


「素晴らしき出会いをこの曲で祝います! ミュージックスタート!」





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





自慢のメドレーを披露する風に盛り上げているけど、もちろん普通には歌わない。

「俺、また何かやらかしちゃいました?」とウッカリ国家転覆していた幼年期は終わったのだ。

ファンの未来あしたを保証する――それが一人前のアイドルってもんだろ!




「あ~~~ふぅ~~~んんぅ~~」


エレキギターを激しく掻き鳴らしながら、鼻歌や声ならぬ声をマイクに乗せる。

感謝を込めてとかMCで言ったが、あれは嘘だ。絶対に何も込めてはいけない。


肉食女性の鼻は警察犬以上。意物いぶつ混入は確実に露見する上に、肉食女性特有のクソザコ耐性も手伝って盛大にラリッてしまう。ラリり方は人それぞれだが、大半が人様にご迷惑をお掛けする系である。


日本語で歌うのも危険が大変!

肉食女性の感度を舐めてはいけない。「歌詞の意味は分からないけど、タクマの声から感情ビンビンッ! 感度3000倍ぃぃぉほぉお!」と一流の言語学者も裸足で逃げ出す解読力を示してしまうだろう。


だからこその無の極致。

悟りをひらく所存で、俺はこのステージに臨んでいる。




「ヒャア! もう我慢出来ねぇ!!」


コテコテの野獣宣言をして、一人の軍人さんが観客席のをよじ登った。10メートルはあるフェンスも、上部に取り付けられたトゲトゲの有刺鉄線も何のその、(地球基準で)超人の身のこなしで彼女は観客席を脱出した。


「うおおおお!! 公開ナマ放送の時間だぁぁぁ!!」


アスファルト軍靴で砕きながら白昼走り抜けるか……なんてワイルドな強漢アクションだ。

このままではタクマのクリーンなイメージが白濁に染まってしまう。ライブを中止して急いで逃げなければ――とはならない。



「~~っんぃ~~うぅぅん~~」



俺は鼻歌を続行した。ほのぼのレイ〇(未遂)の日常を送っていれば、肉食女性の一人や二人の暴走で慌てたりしないのだ。



「うごっ!?」



ワイルドムーブしていた軍人さんが、突然横方向に吹っ飛んだ。

俺の視力では追えなかったが、たぶん側面から狙撃されたのだろう。

ゴムボールみたいに滑走路を数バウンドしてゴロゴロと転がる軍人さん……い、生きているよね?


「新兵かバカが! 戦いでは性的興奮が命取りだ!」

「若さゆえの過ち……その業は私が継ごう!」

「ぬおおお! あたしに栄光あれぇぇ!!」



欲望に囚われた者は一人では無かった。性気盛んな軍人さんたちが次々と金網フェンスを越えていき……



「「「ぐわあぁ」」」


ある者は銃によって狙撃され、

ある者は超高圧の放水弾を受け、

ある者は電流ネットで覆われて、物理的に即堕ちされていく。






約700メートル。観客席からステージまでの距離だ。

遠い、めっちゃ遠い。

MCをやりにくい、と思ったのはこれが原因だ。客の表情なんぞ見えるわけねぇ。轟き具合からすごく興奮しているなぁと把握するのがやっとだ。

ちなみに観客は俺がよく見えているようで、700メートル先からの歓声にはこちらの表情を言及するものもあった。

強い奴は視力も強い。バトル漫画のお約束は事実だったんだな……ぶるぶる。



観客席前にある高さ10メートルの金網フェンス、これは強漢対策と言うより『ここから先に侵入した者は容赦なく撃つ』という警告。明確なデッドラインを引き、軍人さんたちの理性を補強しようとしたのだ。なお現実。



慰労ライブ会場が飛行場であるのは、単純に集客スペースが取れる事の他に、俺と観客との距離を保てること、さらに遮蔽物が少ないことが決め手となった。

つまり狙撃に適したスポットなのである。


えっ? ちょっと待って。(肉食世界の)一般女性は700メートルを一分未満で走破するよ。それ以上に爆速の軍人さんを撃つ? しかも飛行場は強風で狙いが付けにくいのでは? マジでいける?


ライブ計画を知らされた当初、俺は疑問に思った。

だが、杞憂だったようだ。

考えてみれば走る人も人外なら、撃つ人も人外だった。


西日野第一基地で指折りのスナイパー(既婚)が数人、中間地点に配置されて、同胞を確実にスナイプしていく。

高速で動く獲物に照準を合わせる動体視力。そして引き金を引く迷いの無さ。

肉食世界のハンターが頼もし過ぎてチビりそうだ(本日2回目)。


ところで、ゴム弾や致死量未満の水流・電流を使用しているらしいけど、ピクリともしない屍はどう見たらいいのでしょうか。




「~~すぅ~~~んぃ~~~はぁ~~」




俺が歌えば歌うほど、観客席からステージの間に屍は積まれていった。

ライブはシフト勤務を考慮して二回ずつ、西日野領の各基地で行う。

全日程終了するまでにどれだけの犠牲者が出てしまうのだろう。


今回の仕事は慰労が名目だったのに、やっぱり国家転覆の片棒担ぎじゃないか……歌声に乗せないよう、俺は心の奥で嘆いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る