【卑劣な作戦】


「コードネーム『性弱せいじゃく』は私の名前を意味する『静寂』と掛けているのだけど、それだけじゃないの。生物の三大欲求である『性欲』を甘く見て、とっくにお隠れになった偉人に身も心も捧げた愚かな女を皮肉ったものなのよ」


北大路しずかの自虐を笑う者はいなかった。口を挟む者もいなかった。クルッポーは母を直視出来ないのか俯いてしまった。

だから、自虐はまだ続く。


「若い頃は体力に任せて夢中で働いたわ、懸命に布教もした。辛い事や泣きたい事は沢山あったけれど、マサオ様のためだと言い聞かせた。それが私の青春だった……そしてある時、ふと思ったの。キッカケはなく急にね。他の領主は夫を作ってヨロシクやっているのに、私は何をしているんだろうって……マサオ様がどんなに偉大な御方だろうと、私を抱きしめてはくれない、押し倒すことも出来ない、ぬくもりもナニも与えない。それなのにマサオ様に人生も捧げる意味はあるのだろうか――って」


「そ、壮絶やな」

つい感想が出る。黙って聞き続けるには痛すぎる話だ。


「一度思ってしまったら無垢には戻れない。私はマサオ様を敬うことが出来なくなった。そんな事より婚活しなければという焦りしかなかった。けれど『私の夫はマサオ様!』と若い時分に宣言した手前、今更男漁りなんて世間が許さない。結局、私の人生はマサオ様に振り回されて、いえ自分勝手にマサオ様を振り回して終わってしまう……だけどね、こんな私でも誇れるものがある。あなたのことよ、まくる」


「は、母上?」

名を呼ばれたクルッポーが頭を上げる。母親のカミングアウトがよっぽど辛かったのか目が赤い。


「どうしようもない私だけど、あなたを産んだ事は後悔していない。人工授精だからって負い目に思った事もない。あなたが居たから私は自暴自棄にならずにやって来られた、本当にありがとう」


「ううぐすぅ……母上の身の上、小生には全てを理解することが出来ません。特にマサオ様関連(早口)。ですが、小生の存在が少しでも救いになったのでしたらこれほど嬉しいことはありません!」


感極まったクルッポーが母の膝にすがりつく。


「あらららら、この子ったら。大きくなっても甘えん坊ね」


「母上ぇぇぇぇううぅぅ」


「ありがとう。私と同じく修羅道入りしてくれて……これからも母娘仲良く傷を舐め合っていきましょう」




「なんか急にホームドラマになっちゃったね。よくある母娘の触れ合いっぽいけど、母親が拘束されているから絵的に無理があるよ」

「今までの流れを無視して感動路線へ持って行くのは駄作あるある。大衆は納得しない」


「頭が痛い展開やけど、これで万々歳ってことでエエか」


私は額を押さえて、場を締めに掛かった。締めたかった。

北大路母娘の醜態に加え、朝から拓馬君が暴走して心身が限界だ……あっ、拓馬君と言えば。


「何もエエくないですよ、真矢さん! 背信者の動機は把握しました、ですが不透明なことはまだまだ残っています! そうです、尋問の時間です!」


覚悟ガンギマリ拓馬君が黙ったままなワケがないか……ううぅ。


「北大路しずかさん! お涙頂戴の時間はおしまいです! ここからは悔恨の涙を流してもらいます!」


母娘のひと時にズカズカと立ち入る拓馬君。彼の辞書に『気まずい』という文字はない。


「タクマ殿っ、母上は罪を認めたのですから穏便に」


「いいのよ、まくる。去り際は潔く。最後くらい親の威厳を示したいわ」


「良い心掛けですね。俺だって鬼ではありません、抵抗しなければ人権は守りますよ」


拓馬君、端から見ればすっごい悪役だ。拉致、監禁、尋問に拷問。一通りの人権侵害をしておきながら未だに人権を語るとは恐ろしい。



「まず確認します。北大路しずかさんを反抗勢力に誘ったのは、南無瀬陽南子さんですか?」


「そうよ。私の悩みを的確にくみ取ってタクマ様を勧めてきたの、如何なる闇を抱える人もタクマ様の光で幸せに召されるって。マサオ教の代表を誘うなんて、さすがは妙子さんの娘ね。あの度胸と人の闇を見抜く目、そして勧誘トーク……彼女には人並外れた宣教の才能がある。そう言えば東山院の領主もあの子に乗せられて事件を起こしたのよね? あらららら、領主二人を意のままに動かすだなんて末恐ろしいわ」


ギチギチギチギチ……姪が国家テロリストの才能に溢れて私の内臓がヤバい! 萎縮の末に活動停止しそう。

私でもこれだけのストレスを受けるのだから、母親の妙子姉さんは病院送り確定だ。責任問題で南無瀬組の瓦解もありえる。


「やはり陽南子さんは危険ですね。この騒動が終了したら、一から洗脳をして真人間にしましょう」


「あかんて! 拓馬はんが関わると陽南子の信仰度が上がってまう! これ以上のモンスターにせんといて!」


「俺はマサオ様の素晴らしさを脳髄に叩き込むだけですから問題は」


「後生や! 陽南子の事は、うちと妙子姉さんで面倒見るから拓馬はんは気にせんでええ! お願いや!」


「……そこまでおっしゃるなら」


ふぅぅぅ、決死の説得で拓馬君は抑えた。でも、何も解決していない……陽南子のことは妙子姉さんに丸投げして拓馬君だけを考えて生きていきたい。


「次は確認です。しずかさんはこの式典中に仕掛ける気でしたね、式典の第三部、マサオ教代表の挨拶で」


「陽南子さんから聞いたのね。そう、私は第三部で『解放宣言』をするつもりだったの」


解放宣言?

小首を傾げる私たちへ向けて北大路しずかは説明する。


「宣言といっても大袈裟ではないのよ。『皆さん、今日こんにちまでマサオ教を支えてくださって感謝いたします。最近は信仰の薄れている方がいらっしゃるようですね。いえ、悪いことではありません。誰しも心は自分のモノなのです。信じたいモノを信じれば良いのです。マサオ様は心広き御方、男性を慈しむ気持ちさえ忘れなければ、あとは何に心酔しても許してくださるでしょう』。こんな内容を染み渡るように言うつもりでした」


確かに大袈裟ではないが……最後の部分が致命的だ。『何に心酔しても』、そんな事を認めてしまえば拓馬君に一点集中しちゃうじゃない! 拓馬君を『タクマ様』扱いしている集団が我が物顔で一大宗教を築いちゃう!


「宣言直後、全ての領の潜ませていた反マサオ教徒が一斉にタクマ教への勧誘を始める。そういう計画だったようですね」


「なんと悪辣な! 陽南子殿にそそのかされたとは言え、そのような非マサオ的行動を取るとは」


「あらららら、非マサオ的ではあるけれど、新旧宗教の軋轢が生まれないよう配慮したのよ。それに『タクマ教』だなんてストレートな名前にはしないわ、タクマ様にご迷惑になりますから」


「もう十分迷惑や! 拓馬はんはアイドルであって、偶像やないで!」


「……分かっている、理性では分かっているの。けれど、タクマ様の光に当てられると、ついつい崇め奉りたくなる。誰だってそうでしょう?」


北大路しずかの問いに。


「アホ言うな!」

「愚問に答える筋合い無し」

「あたし、崇め奉るだけで終わる気ないからセーフ」


私たちは反発した。みんな目を泳がせたり視線を逸らしていたけど、反発には力を入れた。


「そう怒らないで。ともあれ計画は頓挫してしまった、タクマさんを脅かす者はもう居ないわ」


確かにそうだ。

陽南子の今後や北大路領主の扱いなど、処理の難しい問題は山積みなものの直近の危機は去った。とりあえず一息つく余裕は出来たよね?


「そう言って俺たちを油断させるつもりなんですね」


へっ?


「ゆ、ゆだん? あらっ、ららら。どういう意味かしら? もう私は降参したのよ?」


「クルッポーにお尋ねします。第三部にしずかさんが出られなくなった場合、式典は途中終了になりますか?」


「む、むぅ。式典は報道陣を集めて大々的に行っている。途中で止めるわけにはいかないだろう、おそらく副代表が母上に代わって挨拶をすると思うが」 


「なるほど。じゃあ、その副代表も反抗勢力の一員ですね」


「なんやてぇ!?」


私を始め、ほとんどの者が驚愕する。

違う反応をするのは顔を歪める北大路しずかと――


「名探偵タクマさんイイ。あたしの迷宮も解き明かして」

「迷宮に閉じ込めるの間違いでは?」

「閉じ込めた後に服を解くからギリギリ間違ってないよ」と小話しているダンゴたちだけだ。


「マサオ教の代表が俺たちを呼びに愛殿院へ来る、それも忙しいはずの式典中に。加えて、あっさりと自供してペラペラ計画を喋る。おかしいと思いませんか?」


言われてみれば、違和感はあった。


「しずかさんは、仲間である陽南子さんの危機を盗聴器で知った。このままでは計画が暴かれて台無しにされてしまう。だから、あえて自分も捕まり俺たちを油断させようとした。その間に副代表が『解放宣言』をする。こんな流れだったのでしょう……まったく、トップが囮役になり仲間を守る。情に溢れてはいますが、敵対者にとっては卑劣な作戦ですよ」


吐き捨てるように言う拓馬君に対し。


「――――バレちゃった? でも残念ね、分かったところで計画は止められないわ」


北大路しずかは、ふてぶてしい顔で嗤った。

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