【こうしてフラグは立った】
「残念ね、分かったところで計画は止められないわ」
椅子に拘束され、腕っぷし自慢の南無瀬組に囲まれてなお、北大路しずかは勝利の笑みを浮かべる。
拓馬君によって卑劣な策は見破られた、それなのに自分たちの優位は崩れていないと確信しているのだ。
「仲間に今すぐ解放宣言させるんか? 甘いで、式典会場には南無瀬組が待機しとる。宣言の隙は与えへん!」
「心配なさらないで。見破られた策を押し通すのは愚策、それくらいは弁えているわ」
「母上、もうお止めください! 先ほど『去り際は潔く』と申したのに、しぶとく踏みとどまってどうするのですか! ご迷惑をお掛けした方々の下へ謝罪しに行きましょう、小生もお付き合いします。罪を償った後はマサオ教の原点に立ち返るべく修行しましょう! 不平不満を忘れるほどマサオ様にのめり込めば、母上もきっと幸せになれます」
「はっ? 誰があの地獄に戻るか、ふざけんなこのマサオ狂いが……っと、あらららら、まったくこの子ったら真性なんだから。お母さんは去り際を踏まえた上で喋っているのよ」
母娘の間に決定的な亀裂が走った気はするが、泥沼の家族関係を取りなすほど南無瀬組は暇じゃない。
「その余裕の意味、教えてほしいもんですね」
北大路しずかの前に立った拓馬君が、軽蔑の目で背信者を見下す。マサオ様を裏切る不届き者には、たとえ領主だろうと払う礼儀がないようだ。
「……うっぴくっ……タクマ様の視線を独り占め……それもゴミのように気にかけてくださるなんて……っはぁはぁ……」
「なあ拓馬はん。コレ、とりあえずフクロにしてええか?」
ポキポキ指を鳴らしながら私は拳を作った。組員さんたちも軽快にポキポキしている。
「彼女の真意を聞いてからにしてください。その後は煮るなり焼くなりどうぞ――ほら、トリップしてないで吐いて。あなた流に言えば、これは神命ですよ」
「し、しんめい!? タクマ様たってのお願い!」
ああ、また拓馬君が狂信者の狂信度を上げちゃった。まっいいか、どんなに上がっても「はぁはぁ」を永遠に止めればOKだし。煮たり焼くのもいいけど、やっぱり巻いて海かな。
「うう、お
娘の嘆きもなんのその、北大路しずかは語り出した。
「『解放宣言』なのですが、ぶっちゃけ無くても問題はありませんの! 新旧の国教が交代する瞬間を派手に演出したかったから催そうとしたまで。そんな事をしなくてもタクマ様を崇拝する組織はどんどん
「うん?」
拓馬君が腕組みをした。全然ピンと来ないらしい。
対して南無瀬組の面々は「あ~~まぁ~~そうなるなぁ~~」と北大路しずかの言わんとすることを正確に把握した。
「神には下々の気持ちは分かりませんよね。でしたらハッキリと申しましょう! タクマ様が地上に
「ん? そんなわけが」
「南無瀬組とタクマファンクラブ。『アイドル事業部』や『ファンクラブ』の皮を剥けば、たちまちタクマ様を崇拝する集団になりませんか? 所属する人たちはタクマ様を本当にアイドルとして見ているのでしょうか? もしかしたら神と思っているのでは?」
「俺を神に?」
拓馬君が半信半疑な様子でこっちを向いた。
「思ってますか?」
「思ってへんよ」
何気ない返答に私は全身全霊を掛けた。声がタップダンスにならなかった事を一生涯誇りたい。
「う~~ん」
完全には納得していない拓馬君だったが。
「タクマ氏を神扱い? これはお笑い、タクマ氏は私たちにとって護衛対象の男性。決して男神ではない」
「男神の化身に見間違えることはありますよ。でも、あたしは人間として欲情しています。狙ったらゲットできると信じています!」
ダンゴたちがイイ感じに攪乱したおかげで、神話題は有耶無耶になった。
「あららら、南無瀬組は強情ですね。しかし、事実は変わりません。式典が無事に終わったとしてもタクマ教は全ての領で芽吹こうとしています。それに伴いマサオ教は衰退を避けられないでしょう。マサオ様は偉大であり、謙虚であったと言います。何百年も奉られるより歴史教科書に載る程度が、あの方にとって座りが良く感じるのではありません?」
「しずかさんの策略や思想は理解しました」
マサオ様を侮辱されたのに声が冷え切っている。ブチ切れ過ぎて逆に冷静になっちゃったのかな……おっかなびっくり拓馬君の動向を探る。
「ここで俺がマサオ様を擁護したところで、余計にマサオ様の足を引っ張るんでしょうね」
「本当にご理解頂けたのですね。大変喜ばしく思います。タクマ様は今まで通りアイドル活動に集中してくださいませ。私たちはお邪魔にならないよう影で崇拝いたしますから」
ダンゴたちの魂を賭けてもいい、絶対邪魔になる。
「なるほど……もう一つ分かりましたよ」
気持ちよさそうな人差し指を立て、拓馬君は言い切った。
「しずかさんは、マサオ様の高貴さをまるで知らない。世界を満たすマサオ様の慈悲、情け、愛心、それらを僅かでも感知できれば俺なんかを信奉することはなかった。無知なあなたを哀れに思います」
「……な、なんですって!?」
「至ったかタクマ殿! マサオ感の極致に!」
バラバラの反応を示す北大路母娘を放置し、拓馬君は私に注文した。
「しずかさんの処罰は待ってください。拘束したままテレビのある場所へ移送を」
「ど、どないするん?」
「式典は不知火群島国中で生中継されています。反抗勢力はそこでマサオ様の権威失墜を狙ったようですが、反対に利用させてもらいましょう」
「ま、まさか拓馬はん……」
唐突に湧き上がる嫌な予感に、私は震えずにはいられなかった。
「ちょうどいい布教ツールがあることですし、俺がタクマ脳になってしまったこの国の人々を一気に改宗してみせますよ!」
あかん……フラグが高々と揚がった。
「あらららら、どういうつもりです? タクマ様が行動するほどマサオ様は弱体化する。この絶対的法則を歪められるとでも?」
「絶対的? 吹けば飛ぶような法則をドヤ顔で口にする無知で浅はかな人でも『目覚める』ように――」
拓馬君が周囲を見渡す……顔を青くする南無瀬組を、真意が読めず微妙な顔の北大路しずかを、マサオ様アゲで目がランランのクルッポーを。
そして、胸を張り、言い逃れ不可能なほど明瞭に宣言した。
「見せてあげますとも。絶対正義、空前絶後、温厚篤実な偉大なる『神』をね!」
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『降誕の間』の舞台に立つ中御門由良の顔は憂いを帯びている。
それは役柄に沿ったものでもあるし、本人の心模様でもあった。
軽はずみな行動だったのかもしれない。
先祖の役に
そんな事よりも――由良の後悔の大部分は、拓馬にあの日記を渡してしまった事にある。
急ぐ必要などなかった。
拓馬が北大路での仕事を終え、自分の
それなのに気が焦ってしまった。
先祖と同じ『ニホン』という国から来た『三池拓馬』。
一年前、南無瀬領主からもたらされた『謎多き男性』の情報は、かつてない驚きと悦びを由良に与えた。
高ぶる感情が政務能力を取り去ってしまい、由良は自室の奥にある隠し部屋の住人となった。そこで気を鎮めるのに費やした3日間は、国政が停滞した期間でもある。
もし、三池拓馬があの『たくま様』だとすれば……自分はどうなってしまうのだろうか。
拓馬がアイドル活動を開始し、内なる闇が膨張を始めた。緩やかに、しめやかに、這い寄るように。それを認識しながらも由良は高揚してしまう。
確かめたい、拓馬は『たくま様』なのかを問い詰めたい。
しかし、無理に訊き出そうとすれば嫌われる。拒絶されて逃げられてしまう……ああ、そんな事は許されない、心が壊れてしまう。
由良は我慢した。耐えるのは得意だった。忍耐ほど彼女の人生を表す言葉はないのだから。
そして、あの晩を迎えた。
拓馬からの電話。
彼の方からアプローチをしてくれるとは……その迂闊さが愛おしい。
逸る気持ちに押され、由良は日記を一冊持って北大路に渡った。
これを読んでもらい、拓馬の反応を見る。
変化が無ければ至極残念。だが、それならばアイドルの『タクマ』として応援するだけだ。取り返しのつかないほど大きくなった想いは縮小を知らない。
けれどけれど、もしももしも、変化があれば――そうなれば自分は――
「うふふふ……うふふふふ………ふふっ……うふふふふぃぃ……あは」
が、ダメ!
拓馬という男は常に由良の想像を超える。今回の場合は明後日の方向に超えてきやがった。
なぜか式典に姿を現さず、どっかへ行きやがった。
心配になった由良が電話をかけても。
『立て込んでいるので、かけ直せたらかけ直します。舞台頑張ってください』
言うだけ言って電話を切りやがった。
こんなはずじゃなかった。
舞台に立つのはマサオ教の権威復興の一助となるため。
拓馬の好感度稼ぎという下賤な目的があったわけではない――と、由良は思い込んでいる。
なぜ、拓馬はこの場に居ない?
一夜漬けの慣れない稽古をこなし、最も嫌悪する『中御門由乃』を演じているのに。
妙に由乃役が馴染むことに気持ち悪さを覚えながらも耐えているのに。
ただ拓馬を視界に留めるだけで、自分は幸せになれるのに。
「どうして、拓馬様はいらっしゃらないのですか? あなたを試そうとしたワタクシへの罰なのですか? どのような事でも致します、どうかワタクシに慈悲を……お許しの機会を……」
劇の最中にそんな事を考えたので、ついつい舞台道具を壊してしまった。
マサオが籠ってしまった部屋のドアをノックしながら、どうか出てきてくださいと願う場面。
書き割りのドアがちょっと触れただけで、なぜかバキバキと四散してしまった。不思議だなぁ?
おいおい、これじゃあマサオ様が引き籠れないじゃん。歴史改変じゃん。
と、突っ込む命知らずは観客に居なかった。
由良は特に気にせず、ドアがここにありますよの身振りで演技を続行した。
ドアの尊い犠牲で由良の憂いが晴れるには晴れたが、結局は劇の進行に合わせて膨れていき――
やがて周囲に漏れだした。
「ひ、ひぃぃ……」
マサオ教徒か、報道陣か。
降誕の間に同席する者たちから悲鳴が上がる。
哀れな被害者たちは目に見えないプレッシャーに襲われ、形容し難い混沌によって精神を圧し潰されていく。
今すぐにでも避難したいのに、この重力下では息をするのも難しい。足を動かすなど夢のまた夢だ。
誰か、誰か助けて……
――多くの者が救いを求めた時。
封印を破るかのように、降誕の間の扉が激しい音を立てながら開かれた。
同時に舞台から漏れていたモノが霧散する。
入口に立つのは、由良が二十年来の想いを寄せる男だ。
たくま様、あるいは三池拓馬。
彼が、普段の彼らしくない覚悟ガンギマリで登場した。
待たせたなッ!!
と口で言わなくても顔が言っている。
拓馬がようやく来てくれた――それなのに、由良は完全に憂いから脱却できなかった。
彼はお可哀想な星の下に生まれた御方。
良かれと思ってやった事はだいたい裏目になる御方。
拓馬が何かを起こそうとしている。
すんごい強気でおっ
止めなくては、そうしなくては、かつてない惨劇が起こってしまう。歴史的で国家規模の不幸が拓馬をピンポイント爆撃してしまう。
中御門由良は演技を忘れて、絶望的な未来に戦慄した。
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