【修羅道へ】
「なにしろトップが背信していますからね。そんな歪な組織は完全浄化しないとマサオ様に顔向け出来ません!」
代々に渡ってマサオ教に身も心も捧げてきた北大路家。その家長を拓馬君は『背信』と糾弾した。
言うまでもなく不敬、世が世なら(衣服が)八つ裂きの刑に処されていたかもしれない。
しかし北大路しずかは苛立つこともなく、あしらう態度に出た。
「私が背信? あららら、面白いこと。タクマさんはジョークも
「俺はマサオ様を尊敬し、その行いに感銘を受け、敬服へと至りました。マサオ様のためならば火の中、水の中、婦女子の中です。そんな俺からすれば、しずかさんにはガチ勢の風格がありません。マサオ教の現代表を務めているにも関わらず、マサオ様への信仰が目に
とんでもないのは、たった一晩でマサオ狂いになってしまった拓馬君の方よ! とツッコミを入れたいのは私だけではないだろう。
「ふぅ……」と、北大路しずかはため息を吐き。
「どうやらタクマさんは慣れない土地で疲れが溜まっているようですね。式典への参加は強制いたしませんので、ご無理をなさらずに」
逝け逝けな拓馬君のペースに付き合わない
「オラァァン!」
一瞬の出来事だった。拓馬君が後ろ手に隠し持っていたタオルをフルスウィングで北大路しずかの顔面に投げつけたのだ。
責められても動じなかった北大路しずかが「ばぶふふぅ!?」と、めったにお耳にかかれない呻き声を上げる!
「ふぁあああ!? 拓馬くんんんんん!! なにしてんのぉぉの!! 不敬を跳躍しないでぇぇぇ!!」
「わざわざ相手の腹芸に付き合う義理はありません。それより先手必勝! 後手必昇! 陽南子さんの拷も……尋問で使いそびれた俺印のタオルで出鼻を挫いてやりましたよ」
拓馬君印のタオルを!? それって出鼻を挫くと言うより出鼻にタクマニウムを全力注入したんじゃ?
「ふあっ……ふあっ……ふあっ……」
「天下の北大路領主が泥酔したみたいにヨタヨタ歩きだね」
「それでいながらタオルは顔面に張り付かせたまま。体面よりタクマニウムの吸収を優先する中毒者の鑑」
「しずかさん! あなたに後ろ暗いモノが無いのなら今すぐにタオルを取り払ってください! 出来ないのなら背信者と認めるも同然ですよ!」
「あっ……あふっ……あひっ……」
「聞く耳を持たず奇怪な呼吸に終始と……やはり、しずかさんは背信者だったようですね」
こんな追及されたら誰だって背信者になるしかない! 中世の痴女裁判も真っ青の判決よ!
とのツッコミを入れる隙間もなく。
「じゃ、とりあえず縛りましょうか」
拓馬君は当然の流れのように縄を持ち出すのだった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「母上ぇぇぇ! 式典を抜け出すなどと何を考え……ってえええっっ!?」
ターゲットを椅子に拘束し、軽い(南無瀬組基準)気付薬で正気に戻したところでクルッポーが愛殿院に乗り込んできた。
開口一番を聞くに母親を連れ戻す気だったのだろうが、予想だにしなかったバイオレンスな光景に混乱している。
「ご家族の方ですね」
「タ、タクマ殿!? 何故母上にこのような……?」
「残念ですが、しずかさんは陽性でしたので少々きつめの処置を取らせていただきました」
また拓馬君が医者ムーブしている、なんなのマイブームなの?
「陽性? いったい何の話を……」
「あなたの母親はマサオ様を信奉すると見せかけ、一方でタクマと言うぽっと出のアイドルに執心していました。それだけに飽き足らず、裏でマサオ教の妨害を行っていたのです。不知火群島国では信仰の自由が認められているかもしれませんが、そんな事は知ったこっちゃありません。己の立場や影響力を軽く考え過ぎです」
拓馬君は現状を重く考えて慎重になりましょ。
「母上がマサオ教を妨害……? よ、世迷言を! マサオ様ラブなタクマ殿だろうと大目には見られんぞ!」
クルッポーがマサオ色のない正当な怒りを露わにする。母親とはマサオ性の違いで衝突してばかりの印象だったが、心根では母を強く想っていたらしい。
素晴らしき母娘愛、感動的だな、でも拓馬君には無意味だ。
「陽南子さんを尋問して吐かせました。しずかさんは陽南子さんたちの仲間で『性弱』というコードネームを使って活動していました」
「強制的に吐かせた証言に証拠能力はない! 法治国家の常識だ!」
「今回の式典に俺を招待するよう提案したのは誰ですか? マサオ様ラブなクルッポーの発案とは思えません」
「そ、それは……母上の発案だ。いやしかし」
「その母上こと北大路しずかさんですが。俺を式典のゲストとして捻じ込むため南無瀬領主の妙子さんに頭を下げたり、関係各所の調整を積極的に行ったのではありませんか?」
「……う……む……ぅ……」
覚悟ガンギマリ拓馬君怖い。猪突猛進のゴリ押し専門と思いきや理詰めも出来るなんて反則だ!
「愛殿院で男性たちと触れ合ってほしいと仕事を持って来たのもしずかさんでしたね、クルッポーの了解を取らずに独断で。今にして思えば、あの依頼は罠だったのです。男性の中に仲間を紛れ込ませ、俺にアルコール入りのお菓子を食べさせた。おそらく俺を酔わせて何かしらのハプニングを起こさせようとしたのでしょう。マサオ教のお膝元でタクマの話題が出れば、マサオ様の影響力が弱まりますし」
「母上はそこまで想定していたと……馬鹿な!」
「北大路しずかさんは領主、それくらいの策謀は朝飯前でしょう。俺はまんまと罠にハマり、酔っぱらった挙句に歌で男性たちを元気ハツラツにしてしまった。おかげで世間の注目はマサオ様よりタクマに集まり、マサオ教の求心力は低下することに……なんて巧妙な! なんて卑劣な!」
「やらかし案件の責任を他へ全部被せているけど、タクマさんにも落ち度があったんじゃないかな。たぶん、北大路しずかたちもタクマさんがあそこまではっちゃけるとは想定していなかったと思うんだけど」
「人が思っても言わない事をポロっと口に出す。凛子ちゃんの長所でもあり短所。しかし、今するべきは沈黙、それが正しい答え」
「母上も何とか言ってください! 北大路の領主にしてマサオ教の代表である母上が、先祖代々護ってきた教えに背くなどと……このままでは世紀の裏切り者の汚名を着せられてしまう! どうか弁明を!」
舌戦では拓馬君を切り崩せないと悟ったのか、クルッポーは縛られた母親へ嘆願した。膝を突き、椅子に座ってうな垂れる母に目線を合わせて必死に。
だが、返ってきたのは――
「ごめんね、まくる。お母さん……もう疲れちゃったの」
生気を無くした母親からの謝罪だった。
人間の心を折る最適な方法は何か?
南無瀬組の者なら即答するだろう――「尊厳を奪えばいい」と。
縛られる過程で、北大路しずかの顔からタオルが剥がされた。結果、知り合いだけど別に仲は良くない微妙な距離感の私たちに、彼女はアヘ顔を晒すことになった。
また、中レベルの中毒者だった北大路しずかに拓馬君印のタオルは刺激が強過ぎたらしい。不測(予測)の事態のために南無瀬組が常備している新品の下着を使う羽目になった。
このような経緯で北大路しずかの心は折れてしまったのである。拓馬君の敵対者ではあるが、同情だけは寄せよう。
「どうして……どうしてですか!? マサオ様の偉大さを誰よりも知っていたのは母上でしょう!」
「そうね、そう自負する頃もあったわ」
「母上はマサオ様に身も心も捧げたと他の男性と濃厚接触をしなかった! 婿も取らなかった! 領主の権限があれば婿取りは造作もないのに!」
「ケッ! これだから権力者は」
「チッ! 舌打ちを禁じ得ない」
湿っぽい雰囲気にダンゴたちが水を差す。気持ちは分かるけど自重しよう、私だって不平不満を文字通り握り潰しているんだから。あっ、やば。爪が手の平に食い込んで血が出てきちゃった。
「幼い小生にマサオ様の尊さを伝授したのは母上、あなただ! 夜な夜な語ってくださったではないか! だから小生は母上のようにマサオ様を生涯愛そうと!」
感情を爆発させクルッポーは北大路しずかを咎める。領主として、マサオ教徒の先人として、母として、慕っていたからこそ裏切られたショックは大きい。
「眩しいわ」
北大路しずかが目を細めた。
「母上?」
「まくるの清純さ、若さ、無鉄砲さ。なんて眩しいの、まるで昔の自分を見ているみたい。自分の未来は陽の光の下でずっと続いていく――何の疑いもなく信じていた、愚かで滑稽な私とそっくり。あららららら、だからかしら。私に似て、まくるは昔からおっちょこちょいね。私が夜な夜なマサオ様を語ったのは覚えているのに、肝心なことは忘れてしまっている」
「か、肝心な?」
「マサオ様の偉業を解説する前に言ったでしょ――」
北大路しずかが
「ッ!」
クルッポーが後ずさる。母親から数十年熟成された負のオーラが漂い出したのだ、そら逃げる。
「――『まくるもお母さんと一緒に修羅道へ堕ちましょ』って」
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