マサオ様の謎と追加依頼
由良様は、マサオ様と俺が同郷だと知っていた?
でも、確証がなかったから鎌をかけたのか?
予期せぬ御方の予期せぬ攻撃に、珍しく性関係ではない恐怖を抱いた。無意識に携帯電話を持つ手がだらんと下がる。
「拓馬はん! どないしたん!? 顔色が美白やで!」
「もしやテレフォンセクハラ? 由良氏、澄ました顔して卑猥な発言を……」
「相当なドスケベワードの語り手みたいですね。これだから中御門家の女性は!」
俺ウォッチがライフワークな三人には、こちらの変調が丸分かりらしい。すぐさま殺気が臨界点だ。
「……いえ……変なことは言われましたがセクハラじゃなくて……なんか気味の悪い話で……」
「まさかのアブノーマル路線ですか!」
「由良氏、男性に興味のないスタンスはストライクゾーンが異次元にあった為。たまげる」
「だからソッチ方面じゃないですって! 電話の最後に、由良様が言ったんですよ。同郷の俺に日記を読んでもらえるなら、きっと先祖も喜ぶだろう――って」
そう口にするや、周囲に緊張が走った。
「なん、やて」
「興味深い」
「やっぱり油断できませんねぇ」
感想をそこそこに三人は腕を組んだり、同じく腕を組もうとしたが胸の無さが強調されたため急ぎ椅子に腰かけて足を組んだり、裸眼なのにクイッとエア眼鏡を持ち上げて知的キャラを雑に装ったりで思考している。
「なんで由良様は知っていたんでしょう? 俺とマサオ様の共通点を……」
「――確たる証拠はないが、推測なら提示できる」
ツヴァキペディアが声を上げる。足を組んだことで映える彼女の太ももに視線を逸らしつつ、俺は喰いつき気味に問う。「本当ですか?」
「中御門家は独自の情報を握っている。世間に公開されていないマサオ氏の記録を。その中でマサオ氏の故郷が『ニホン』だと記されていた――と推理」
「そうか、由良様は俺が『日本』出身だと知っている。ご先祖様の記録と照合すると『同郷では?』って考えになりそうですね……けど。ありえるんですか?」
「マサオ氏の妻は
「せやなぁ」真矢さんも同調する。
「学校の歴史の授業で習ったわ――初代・由乃様のマサオ様に対する愛欲はシャレにならんかった。昔の権力者は一夫一妻でも多妻でも選べたんやけど、当然の権利で一夫一妻を選択。他の女は一切近付けず、マサオ様のお世話は国主の由乃様自らやっとった」
「はぁぁ……強烈だったんですね、由乃様って」
「マサオ様をガッツリ
「屋内で道路工事?」
「夫婦の営みの暗喩や。由乃様はマサオ様相手に掘る、
道路工事に例えられる夫婦の営みって何だよ。どんだけ激しいんだよ、聞いているだけでジョニーが摩耗するわ。
マサオ様は文字通り擦り減るような夫婦性活を全うしたんだよな。同じ男として尊敬せざるを得ない。同じ目には絶対遭いたくないけど。
「あ~、それだけ強い性欲や執着があったら夫の情報の一つだって周りに渡したくありませんねぇ」
音無さんがしみじみと言う。
なんか由乃様の強行に一定の理解を示しているみたいで怖い。真矢さんや椿さんも『一人の男を独占出来るんだから仕方ないね』みたいな顔になっているし、勘弁してくれ。
「ま、まとめますと由乃様はダイナミックな愛の持ち主で、彼女ならマサオ様の個人情報を家族内だけの秘密にしてもおかしくない。そういう結論で良いんですかね?」
「うむ。字面は不明だが同音の『ニホン』。由良氏は、三池氏がアイドル活動を始めた頃から『もしや先祖と同郷なのでは?』と疑っていたと思われる。三池氏が一般男性にはない積極性を持っているのも疑心を深める要因になったはず。だが、確たる証拠はないため『同郷説』は予想の範疇を超えなかった」
「そんな時に三池さんが『マサオ様の本を読みたい』って電話してきたとしたら……こりゃあ疑心が確信になっちゃいますねぇ。『男が寝間着でやって来る』ってやつです」
不知火群島国版『
やってしまったなぁと落ち込む半面、分かってみればそれほど深刻な状況じゃないとも感じる。由良様が俺を『カモ』に見立てて舌なめずりする――なんて、あるわけないし、うんうん。
「電話の最後に由良様の口調がピョンピョン跳ねていたのは、長年の疑問が解けてテンションが上がっていたせいかもしれませんね。推測の答え合わせは、日記を借りる時に本人から訊こうと思います」
この指針に異議は出なかった。アイドル事業部にとって目下の急務はマサオ教の式典だ。マサオ様の日記に関しては、式典終了後に取り組んでも遅くはない。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ふぅにゅぅぅふぅぅ~~」
ミーティングが一段落したところで、音無さんが両手を組んで上に伸ばしている。疲れが溜まっているのかな、来島初日から暴女をちぎって投げたり、長時間の話し合いに参加してもらっているし。
動きやすそうなナイトウェアがピンと張り、音無さんの大人しくない豊満な胸ラインが露わになる。
ほう……っ!
男の悲しい
しかし、興奮出来たのは束の間だった。
なぜなら椿さんの目つきが殺し屋風に変わっていたから――それもあるが、冷静になれた一番の原因は音無さんの言葉だった。
「ぅふぅぅ~~ふぅ……それにしても初代・由乃様って問題児ですよねぇ。姉からマサオさんを奪って国外逃亡したり、逃亡先で不知火群島国を建国したり。ビッグな人かと思えば、旦那に関しては独占したり情報を秘匿したりで妙にみみっちいですし。『マサオ』なんて
マサオが渾名……はいっ?
「凛子ちゃん。『由乃氏意向説』に確たる根拠はない。マサオ教の関係者に聞かれると面倒なので注意」
「あっ、ごめんごめん。あたし、その辺りの事情に疎くって」
「あ、あの」ダンゴたちの会話に割り込む。「マサオ様は『マサオ』が本名じゃないんですか?」
「ブレチェ……っと、あたしが住んでいた国ではマサオ呼びはされていませんでした。ちゃんと本名で歴史の教科書にも載っていましたし」
「マサオ氏のマサオとは『
「そうだったんですか……」
マサオ様は想像以上に隠し設定をお持ちのようだ。彼についてもう少し訊いてみるか……と、マサオ講座を申請しようとした時である。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。
部屋の外には黒服さんが配置されているが、彼女らは真矢さんの携帯に連絡を入れてから入室する。
連絡もなくチャイムが押された、という事は黒服さん以外の人物の訪問で。なおかつ、黒服さんの入室検査をパスした人物となる。
いったい誰だろう?
「お休みのところ失礼します。本当でしたら今晩はゆるりとしていただきたかったのですが、少々困ったことになりまして」
訪問者は、北大路当主の北大路しずかさんだった。
柔和な面持ちのまま、眉だけを斜めに下げて困り顔を作っていらっしゃる。用件を聞く前なのに、何だか手助けしたくなるな。しずかさんの愛嬌や人徳のためだろうか。
「不躾ですが、明日のスケジュールに若干の修正をお願い申し上げます」
しずかさんの用件はコレだった。
明日は式典会場であるマサオ教の総本山へ向かう予定になっている。
本番で粗相がないよう下見をするのが主な目的だ。
主でない目的としては『マサオ教の施設を見学するタクマ』という写真付きニュースを作って、大々的にマサオ教を宣伝するため。
アイドルたる者、客寄せパンダになるのも大事な仕事だ。今回の場合、俺がマサオ教衰退の一因になっちまった事情もある。いっちょマサオ教を盛り立てるべく派手にパンダしようじゃないか。
「下見の際、タクマさんには
「あいでんいん、ですか?」
「本山に隣接する施設です。殿方たちがキャピキャピと交流して、俗世のシガラミから解放される。そんなマサオ教自慢のコミュニティセンターなのですよ」
持参した『愛殿院』のパンフレットをめくりながらアレコレ解説するしずかさん。
バリアフリーが完備で、使用者に優しい空間づくりで、遊具にも力を入れているとか。
本当に自慢なのだろう、嫌味のないドヤ顔で施設の説明をする度に、彼女のお団子髪がホップするのがコミカルで面白い。
愛殿院か。聞く限りでは南無瀬組が去年から開いている『男子料理教室』みたいなものかな。
マサオ教は『男性愛護』を組織理念としているので、きっと大切な活動の一環なのだろう。
宗教法人が自分たちの施設の近辺に幼稚園や老人ホームを作って運営する、というのは日本でも珍しい話じゃない。活動内容に怪しいところは無さそうだ。
「領主はんお墨付きのリラックススポットなんは伝わったわ、十分な」
しずかさんの止めどないトークに辟易しながら真矢さんが問う。「急なスケジュール変更の理由を教えてくれへんか? 納得のいくモンやないと、拓馬はんを動かすことは出来へん」
「あららら、わたしともあろう者が事を急いでしまいました。賓客の方々を前にして年甲斐もなく高揚しているみたいです。実は――」
愛殿院では月に一度、信徒の息子や旦那が集まってお喋りや料理や(フェロモンが分泌されない程度の)軽い遊びをする。その中に歌のカリキュラムがある。どうも昨今のタクマの活躍に触発されて男性たちからやってみたいと要望が出たそうで。技術は拙いものの、みんな楽しく合唱しているらしい。
「困ったことに、ピアノ担当の殿方が風邪を引いてしまいまして。明日の月例会にはお越しになれません。合唱は人気のカリキュラムですので、他の殿方はさぞ残念に思うでしょう」
「だから俺が代役として伴奏を……?」
「はい」と、しずかさんは申し訳なさそうに頷く。
「タクマさんは出演される番組の中で、時折楽器を扱っていますから。演奏に
『精通』を口にするや、しずかさんはポッと頬を赤らめた。『物事に通じている』の言葉が不知火群島国語でも『精通』と表現される不条理を嘆きながら、俺は話を進める。
「女性の方に伴奏を頼んだらダメなんですか?」
「そうしたいのは山々なのですけど、殿方たちの歌を浴びるのは大変危険でして。伴奏者ともなれば、たとえ既婚の女性だろうと旋律と呂律が回らなくなります。男性ボイスの束に耐えられるのは男性だけ、そこでタクマさんに恥を忍んでお願いに参った次第です」
なるほど、理にかなっている――と思ってしまう自分が嫌になる。
南無瀬組の面々も「一般男性の歌はタクマ(さん、氏、はん)のソレと比較すれば、脳内破壊力は微小レベル。が、数が揃えば馬鹿にならない」と納得している。
さて、急に舞い込んできた依頼だが、どうしたものか。
求められれば応えたくなるのがアイドル。心情としては力を貸したいものの……
以前、東山院領で熱血ライブを敢行し、気弱な男子たちをテロリストへとプロデュースしてしまった。いま思い出しても苦い記憶だ、同様の轍は踏めない。
歌を用いず、伴奏だけなら大丈夫か……?
真矢さんたちとの協議の末、俺は愛殿院での代理伴奏の仕事を承った。
「急な申し出ですのに承諾していただき誠にありがとうございます。何と感謝すれば良いか……この恩は後日、必ずお返しします。ところで、タクマさんが得意とされる楽器はありますか? こちらでご用意いたします」
「それでしたらお構いなく。突発的なイベントにも対応できるようギターはいつも携行していますんで」
こうして、話はまとまった――かに見えた。
「じゃあ、そろそろあたしたちの番だね」
「うむ、仕事の時間」
ダンゴたちが自分たちのターンだとやる気を見せる。
「仕事って、今から何をするんです?」
「そりゃあ護衛にあたっての安全確認ですよ。愛殿院の内部図と施設スタッフの顔写真付きプロフィールを提示してください!」
「腑抜けた仕事はしない主義。提出データにも抜けは許さない」
唐突に増えた業務でも、ダンゴたちは嫌な顔一つしない。長時間労働で疲れているだろうに……不真面目なようで真面目な二人だ。
しずかさんは領主だけあって段取が上手い。ダンゴたちの要求は予測済みだった模様で、傍らのカバンからUSBっぽい記録端子と紙ファイルを取り出した。
「職務に熱心なダンゴさんたちですね。あなた方でしたらホストのわたし共も安心してタクマさんを式典に招待出来ます」
「当然です。なんてったってタクマさんの唯一にして無二のダンゴなんですから」
「凛子ちゃん、無二などと当然のように私をディスるのはNG」
領主しずかさんのお褒めの言葉もなんのその、毎度のノリで資料をもらうダンゴたち。この強心臓っぷりが羨ましい。
「ふむふむ」
「なるなる」
目を皿にしてファイルを読む二人。
「そんなに急いで読まなくても……音無さんも椿さんもお疲れですし一度休憩を取ってください」
「タクマ氏の気遣いに感謝。しかし、予定外の仕事にはトラブルが付き物。早急に問題点がないか洗う必要あり」
「静流ちゃんに同意! ほら、いきなり見つけましたよ。トラブルの種」
えっ、あるのトラブルの種?
どれどれ……
その一枚は、愛殿院のスタッフ一覧だった。
顔写真の他に、名前と年齢、出身地など大雑把なプロフィールが載っている。
音無さんが資料の一点を指す。そこには見覚えのある、俺のトラウマランキングでも上位に位置する女性のデータが記されていた。
『南無瀬 陽南子』
忌むべき『ござる』が、なぜマサオ教のおひざ元に……?
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