胸騒ぎを呼ぶ謎のエロ絵

北大路滞在二日目。


その日は、クルッポーの悲鳴、兼、怒号から始まった。


「母上ぇぇぇ!! 何してくれてんですかぁぁぁ!?」


「あららら、まくるったら朝から元気全開ね。タクマさんと一つ屋根の下ですもの、女としてたぎるのは分かります。でも程々に」


「この発狂は母上の所業が原因ですよぉぉ!! 愛殿院での伴奏の件! どぉぉしてタクマ殿に依頼したのですかぁぁ!? タクマ殿は式典に参加するだけ! そう決めたではありませんかぁぁ!!」


「だってぇ、愛殿院の殿方たちが喜ぶと思って」


「だってぇではありません!! 由良様との取り決めは守らないと小生はぁぁ……あぐぐ……ガクブル……」


「まくるったら迫真の悪霊憑依ひょういごっこ? クオリティは高いけれど清々しい朝には不釣り合いよ。由良様との取り決めは『式典では拓馬様に役割を課さない』でしょ? 愛殿院でのお仕事は式典とは別物だから大丈夫♪」


「なに法の抜け穴をついたシタリ顔してんですかぁぁ!! んな屁理屈通用するはずが」


「屁理屈も理屈の一種よ。もうタクマさんが参加するていで事は進んでいますから。はい、この話はもうおしまい」


「おしまいじゃないですぅぅ!! まだまだ続きま……はっ!? や、やだ……携帯が鳴ってる……ひっ! 由良様からのモーニングコール!? おしまい!? 小生おしまいぃぃ!?」






「まくるさんが凄いことになってますね」


北大路邸の食事処に到着する。

ここは鮮やかでかぐわしいイ草(っぽい素材)の畳が敷かれ、食を楽しむには格好の場――であるはずなのに。自作のマサオ様人形を抱きしめ悲壮な様子で電話するクルッポーが目に入って落ち着けない。


「あららら、タクマさんと南無瀬組の皆さん。おはようございます」


「お、おはようございます」


「昨晩は急な依頼を受けていただきありがとうございます。タクマさんが張り切って演奏できるよう朝食は気合を込めて作らせました。お口に合えば良いのですが」


「は、はぁ。お気遣いどうも」


屋敷中に響いたクルッポーの実況で、何が起こったのかは把握しているが。

実の娘が阿鼻叫喚しているのに柔和な笑みを頑として固持する母。

北大路しずかさん、物腰は柔らかいのにカチンコチンだぞ。やはり不知火群島国の領主だけあって一癖も二癖もあるんだなって……








北大路邸で朝食を取った後、俺たちは下見の場へ向かった。


守漢しゅかん


マサオ教の総本山であり、マサオ教発祥の地に建てられた寺だ。

北大路邸と同じく山中にたたずむものの、緩やかな斜面を有効活用したおかげか敷地面積は守漢寺に軍配が上がる。


100台ほど収容できる駐車場が用意されているが、半分も埋まっていない。

今日が平日だと考慮しても、国教の総本山にしては参拝客が少ないのでは? 

そんな考えが脳裏をよぎるが……いや、きっと俺が来るから一般人の立ち入りを禁止しているのだろう、と思い直す。そうしないと、国教の衰退具合に居たたまれなくなるからな。


見上げれば首が痛くなるドでかい山門を通り、境内けいだいへと進む。


「……すげぇ」


まず本堂に目が引かれる。

京都や奈良の一流どころと比較すれば少々スケールダウンするが、山寺であれば十分に偉大だ。

外からでは内部まで窺えないが、修学旅行生や外国人を次々と腹に収めそうな観光客ホイホイ感がある。


反った瓦屋根は力強さを誇示し、柱やはりに用いられる木々は風情を醸し、何度も塗り直したであろう漆喰の壁が歴史的建造物でありながらも清潔さを保つ。

素晴らしく麗しい寺じゃないか。


俺の日本人魂がニッコリになるのも、この寺にマサオ様が関与しているからだろう。時代は違えど、日本人同士波長が合う。


思い返せば、武家屋敷風の南無瀬邸や国宝・鳳〇堂風の中御門邸など、不知火群島国には日本っぽい建築物がたくさんある。建国者の夫が日本人と分かった今なら「そりゃそうなるか」と合点がいく。

孤独な肉食異世界生活で見つけた故郷の名残、それがたまらなく嬉しい。



境内には他に、説法を行う講堂。

信徒が修行する修練堂。

信徒が共同生活する信徒房。

マサオ様ゆかりの品を安置してお参りするマサオ殿。

マサオ様グッズ、おみクジ、御守りを売る土産処――など多様な建物が間隔に余裕を持って配置されている。



「どうだろうか、タクマ殿。この地はマサオ様の御意志が脈々と受け継がれています。その一端でも感じ取っていただければ幸いですが」


朝のリモート精神破壊で九割ほど廃人になっていたクルッポーだったが、マサオ様の本拠地に着くや即効で復調して喜々と守漢寺を案内してくれている。


「すぅぅぅはぁぁぁ……感じる、マサオ様の息吹。この一肺いっぱいのために小生は生きている。病みつきになる静謐せいひつな味が、小生の身をピシャンと引き締めるのです」


境内に鎮座する(おそらく)マサオ様作の狛犬っぽい石像の前で、アヘ顔になって口をだらしなく開くクルッポー。まったく引き締めていないじゃないか(呆れ)。


「怖いですねぇ。よく分からないファンタジー要素を摂取してますよ、アレ」

「行き過ぎた思想は、逝き過ぎた人間を生む。私も凛子ちゃんもああならないよう気を付けるべき」


おっ、そっすね。

異常者は己を異常だと認識できない。タクマニウムという未知物質で生きる新人類に、付ける薬はないな。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





マサオ様は夫婦性活に負けず劣らず芸術活動の方もお盛んだったようで、絵画や彫刻を多く遺されていた。

それらのコレクションは守漢寺の至る所に展示されており、ガイドのクルッポーが逐一解説を入れるものだから式典会場への道のりは(時間的に)長く……

守漢寺を到着から一時間後、ようやく俺たちは目的の場所へと辿り着いた。



「こちらが、式典が開かれる『降誕の間』です」


本堂の最奥。

最も奥まった場所でありながら、最も開かれた場所。中央に舞台が設けられ、観覧席が取り巻きで置かれている。さながら能楽堂のようだ。

舞台中央の壁には人物画っぽいのが描かれていた。随分と古い絵だ。100年以上の年季を感じる。



あらためて今回の式典について考える。

式典の名は『マサオ教降誕記念式典』。


マサオ教が始まって〇〇〇年になったので祝い、開祖マサオ様の志を信徒全員が噛みしめる。そんな意図で十年に一度のサイクルで行われているらしい。

『降誕』が付く儀式は一般的に開祖となった人物の生誕を祝福するものだが、マサオ様の生まれは判明していない。一方、マサオ教がスタートした時期は正確に分かっているため『マサオ教降誕』との式典名にしただとか。



「舞台を見ていると、俺も登壇とうだんしたくなりますね」


何気なく漏らした感想。だが、反応は激烈だった。


「タクマ殿! 冗談でも言ってくださるな! 人命が懸かっているのですよ! 具体的には小生の!」


「あっはい、すみません」


「タクマ殿は関係者席から式典を見てくだされば十分! それ以外は望みません! 心の底から切実に!」


「りょ、了解です」


文字通り必死なクルッポーに圧倒されてしまう。

どんだけ由良様からプレッシャーを受けているんだろう。由良様は清楚だけど、たまに『凄みのある訴え』的な凄訴せいそを繰り出してくるからな、くわばらくわばら。



式典の目玉は、マサオ様が悟りに至り、マサオ教を立ち上げる場面を再現した演目だ。


不知火群島国が建国して10余年。マサオ様が(推定)30歳くらいの頃。


『おしどり夫婦』ならぬ『おし倒し夫婦』だった由乃様とマサオ様の関係が悪化した。そして北大路領の視察の折、マサオ様は由乃様の隙を突き、この地で引き籠ってしまう。

国主夫婦の関係が悪化した理由は、今となっては誰も知らない。もしかしたら中御門家には伝わっているかもしれないし、マサオ様の日記に多分載っていると思うが。


当時、守漢寺の場所には小規模の集落があり、マサオ様はその中の既婚者宅にお邪魔して、元の住人以外との接触を断ったらしい。妻である由乃様がどんなに『戻ってきてほしい!!』と懇願しても聞き入れなかった。無理に連れ戻そうとすれば、自傷も辞さない覚悟だったためデンジャラス国主の由乃様ですら迂闊に動けなかったそうだ。


引き籠ったマサオ様は、ひたすら世を憂い、瞑想や芸術活動に力を入れていたらしい。


一年後。


マサオ様ロスによって由乃様は精神アウアウ状態になり、国政は停滞した。このままでは建国したばかりの不知火群島国が立ち行かなくなる……と人々が危惧した頃、ついにマサオ様が引き籠りを脱した。


由乃様の『愛玩物』や『必須栄養素』と呼ばれていたマサオ様だったが、再び世に舞い戻った彼は一味違ったようで。

搾取(意味深)されるばかりだった男性の地位向上のために次々と革新的な政策を取り出した。強引な手腕に批判もあったが、再び引き籠られたくない由乃様の協力もあって何とか活動を軌道に乗せ……さらに思想革命のためマサオ様自らが宣教師めいた説法を各地で行い、それがいつしか宗教団体・マサオ教へと繋がっていったらしい。


後年、「男性でありながら何故、寝床以外で精力的になれたのか」という問いにマサオ様はこう答えた。



「あの北大路の、あの部屋で、私は天啓を得た。私は生きる意味を見出したのだ」



天啓とは? 生きる意味とは?

謎の言葉だが、何百年も前の偉人の胸の内なんて誰にも分からない。


マサオ様が天啓を得たという部屋は『降誕の間』として、何度も改修され現在でも重要な式典で使用されている。

仏教の開祖であるお釈迦さまは菩提樹ぼだいじゅの下で悟りをひらいた。マサオ様にとってここが菩提樹だったのだろう。





「はぁ~噂には聞いていましたけど、すんごい所ですねぇ……ムラムラしてきました」

「うむ。マサオ教の誇大広告とばかり思っていたが、事実は奇なり」


「なんで発情してんですか、二人とも?」


隣のダンゴたちがハッハッと息を荒くしている。『パターンオレンジ、警戒態勢に移行します』とジョニーが戸締りを確認し出す。


「拓馬はんは知らんかったか。マサオ教は曰くつきの絵を持っとる。見る者を火照ほてらせるアカン絵をな。眉唾かと思ってんけど、本当にあったんやな」


火照らせる絵だとっ?

南無瀬組の面々は、舞台正面の壁を注視している。

そこには何枚かの板壁材を渡って描かれた縦横2メートルくらいの絵がある。入室した時から少し気になっていたが、あれがそうなのか?


意外だ。

絵画に詳しくないが、これだけは言える。どうみても肉食女性を発情させるほどエロい絵じゃない。


モチーフは一人の人間だが、後光が差したように描かれている関係上、全身がぼんやりとデッサンされている。男性か女性かも判別できない。服装もローブっぽいのを纏っていて、素肌がほとんど見えずチラリズムの付け入る隙もない。

何より描かれて数百年は経っているようで劣化が激しく、擦れたり褪せた箇所ばかりだ。



「ふふふ、あれこそマサオ様の作品の中でも至高と名高い一品。題材となった人物に関しては、マサオ様とも天啓を授けた神とも言われていますが、ようとして知れません。しかし、マサオ教発祥の地に描かれた物だけあって芸術的にも歴史的にも大きな価値を持っています。見る者の心を奪って性欲を授ける神懸かりの効果には、もはやマサオ様こそ神ぃ! としか言えません。残念ながらあまりの神々しさに一般公開は控えられていますが」


そら性欲促進絵画なんて公開したら、この近辺に住む男性たちに犠牲が出てしまうからね、仕方ないね。


「盗まれる恐れは無いんやろか?」


「無論、警備は万全にしています。『降誕の間』は特別な催事以外では厳重に施錠もしていますし。何より盗むとなれば絵に接近する事になります……が、近付けば最後、腰が砕けてまともに動けません。盗むなんてとてもとても」


まさか試したのか? 

クルッポーの説明には実感が大いに含まれており、疑わずにはいられない。



「こんな神聖……もとい神性な所で式典をやって問題は起こらないんですか?」


参加者が発情したら俺がピンチになるんだけど。


「『降誕の間』は、めったな事では使用できない施設な分、めったな事では是非使用したい。そんな声から過去の式典でも使われてきました。今回だけ特別に、と変えられるモノではありません。そう震えなさるな。参加者は性欲チェックで『問題なし』と判定された理性者のみに限定していますし、南無瀬組の方々との約束もあります」


「約束?」


俺の疑問に、真矢さんが答えてくれた。


「せや、式典中は壁際に緞帳どんちょうを降ろして絵を隠すこと。守れんようならこの依頼はナシや」


「承知しています。参加者に不満が出るでしょうが、小生の権限で黙らせます」


なるほど、対策はされるわけだな。

なら大丈夫か……大丈夫なんだよな……けど、あの絵を見ていると胸騒ぎがするんだ。あの絵には見過ごしてはいけないナニかがあるような……そんな気がするんだ。



「ううむ、マサオ氏の絵画は他にもあるのに、なぜアレだけムラムラ? 実に不可解」


「何百年経っても変わらずエロいってロマンだよね。まさに時を超えるエロス……あっ、でもタクマさんだって負けてませんよ! 遠い未来、タクマグッズだって世界中の人をムラムラさせますからね! より深く、より後戻りできないレベルに!」


黙っている俺の態度を『いっけない! マサオさんの絵を褒めていたら三池さんが不機嫌になっちゃった!』と音無さんは解釈したらしい。余計なことにフォローしてくれる。まったくフォローになっていないが。


「未来人にとってタクマグッズは『オーパーツ』さながらの『んほォーパーツ』になること請け合い。タクマ氏、安心してほしい」


神様仏様マサオ様。

贅沢は言いません。タクマグッズに設定期限を過ぎたら跡形もなく消滅する効果を付与してください。お願いします、何でもしますから。





こうして最後にグダグダとなりながら、式典の下見は終わった。

幾つか不安点はあったものの、これまでのアイドル活動に比べれば穏便に済みそうだ。式典の添え物として適度に目立つけど、ここ一番では存在感が無くなるよう頑張ろう。



で、下見の次は――



「待っていたでござるよ、タクマ殿!」


愛殿院で、『ござる』と共にお仕事だ。

さて、鬼が出るか蛇が出るか……どちらが出ても構わないけど、狂信者だけは勘弁な。

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