フリースタイル

俺の歌手活動について、真矢さんは上向きに検討すると言う。

前向きではなく上向きだ……聴衆が昇天↑する意味で。


よっしゃ! 念願の歌手活動だ! 心を込めて歌うぞ!


――なんて思えるわけねぇだろ! こちとらサイコパスじゃねぇんだ! 自分の歌で人が逝くかも、と分かっていて喜々と歌えるか!



「と、いう事でモニター試験からやりましょう」


「ですね。『男は手を握ってから押し倒せ』と言いますし」


音無さんが急に物騒なことを言い出す。


「不知火群島国のことわざ。男の手を握って拒否されなかったら、合意とみなし押し倒せ。転じて、事を起こす前には確認を怠るべからず――という意味」

「まっ、いきなり手を握られた恐怖で声が出ず襲われたって、男性被害の事件が年に三十件は起きてますんで、例えに難ありの諺ですけど」


音無さんと椿さんは、俺を支持している……と、思っていいんだよな?


「と、ともかくです。慎重にやりましょ。ねっ! ねぇ!」


「せやな、ちょい思考が先走ってもうた。年齢、職業、既婚未婚問わず多種多様なモニターを集めるで」


真矢さんが冷静さを取り戻したことによって最初からクライマックスは避けられ、モニター試験の準備が行われる事となった。




試験には、以前作った音声ドラマが参考にされた。

あらかじめ録音した俺の歌を被検体モニターに聴かせ、人体と精神にどのような影響が表れるか観察し、命に優しい手法を見出すのだ。


「音楽スタジオの防音完備な収録ルームを借りようとも思ったんやけど、ルームの壁が傷ついたり、色々な液体が飛び散るかもしれへん。せやから一から防音室を作るで」


一週間後の『第九十八回、男性アイドル事業部ミーティング』で真矢さんから報告がなされた。


モニター試験のために、わざわざ防音室を……なんか大事になってきたな。こりゃ下手なことは出来ないぞ。


「拓馬はんにお願いしたいんは主に選曲や。ほんまは自由に決めてほしいんやけど、不知火群島国の人口を考慮に入れてくれると助かるわ」

「も、もちろん考慮します! 俺がファンの命をおびやかしたことがありますか!?」


俺は熱く主張した――が。


「拓馬はんにしては珍しいな。ボケに回るなんて」

「ふむ。これまでの所業を思えば、出ないセリフ。ナイスジョーク」

「でも、三池さんにはボケよりツッコミをお願いしたいです。物理的な突っ込みを」


三人のリアクションを受け、俺は「じゃ、場が温まったことで議論を進めましょう」と平静を装いつつ我が身を顧みるのであった。



「録音は、陽之介兄さんと『男子料理教室』が手伝ってくれるで」


男子料理教室。

以前、娘の凶行に傷ついたおっさんを励ますために開いたやつだ。今も週に一度、男性らが南無瀬邸でお菓子や軽食を作り――それを家に持ち帰って、妻に自身共々食べられているらしい。


「拓馬はんへの日頃の感謝を込めて力を貸してくれるんやって。正直有難いわ。既婚の組員でも拓馬はんの歌には理性ドロドロやさかい、男性がフォローした方がええ」


「料理教室の人たちまで手伝ってくれるなんて感謝感激です。よぉし! これぞ、という曲を歌ってみせますよ!」


「熱くなる三池氏。これは聴き手の脳がフットーするフラグ」


椿さんが不穏な予想をしているが、今回ばかりは失敗しない。


「俺を舐めないでください、ちゃんと考えがあります」


「三池さんの考えを舐めるなんて絶対しませんから、身体を舐め」「歌詞を意味不明にするんです」

音無さんのセクハラを遮って、意見を述べる。


「意味不明やて?」

言葉通り意味不明だと真矢さんが小首を傾げる。大人女子に不釣り合いな可愛らしい動作。これはジョニーポイントが高いですね。


「実際、歌ってみますね」


「ちょ! あかんて! 拓馬はんの生歌を至近距離で喰ろうたら、うちらもタダじゃすまへん」


「大丈夫です。少しだけですから」


そうして俺はアカペラで歌い出した――日本語の曲を。

不知火群島国に迷い込んだ時から、俺は不知火群島国語を喋っている。いったいどうやって覚えたのかは未だに謎だが、ともかく。

日本語はこの世界では未知の言語。どんな名曲でも歌詞の意味はまったく伝わらないだろう。だが、それが良い!


今までの苦い経験を思い出す。


トランポリンの歌で子どもたちを、火を囲みながら飛び跳ねる未開の部族に変えてしまったこと。

酒にまつわる曲で観客や審査員を真っ赤に泥酔させたこと。

熱血ソングで気弱な男子たちをテログループに仕立て上げたこと。

ヘタレな祈里さんを歌で人格破壊したこともあったっけ。


どれも歌にメッセージ性があったのが悪かった。歌い手にも罪はあるけど、だいたいメッセージ性がよろしくなかったのである。

そこで日本語の意味不明な歌だ。これなら聴き手は戸惑い、大人しくなるのではないか。

一応、アカペラしている曲はラブソングでもなければ小さい子を持つ親が嫌がる過激な意味もない。ありきたりな日常をしっとりと表現した名曲で、肉食女性が我を失う隙なんぞ与えん。


音無さんも椿さんも真矢さんも平常心で聴いてくれるに違いない――そう思った。



で、最初のサビが終わった時点での三人を見てみると……



まず、真矢さん。

歌の最中に押し入れを開けて枕を取り出す。俺が毎晩頭を載せている物だ。それに無言で顔面を埋めると「いっけなぁい、嗅覚と触覚を中心に幸せが広がる~る~」と畳の上をゴロゴロ転がり出した。

なにあれぇ。本人の性格と解離しまくりの行動に俺の方が戸惑いを隠せない。


次に椿さん。

隣の自室から鍵の付いたトランクを持ってくる。解錠すると、中から出てきたのは数枚の胸パッド。椿さんは服の内側に手を突っ込んで「抉り込むように仕込むべし、抉り込むように仕込むべし」って言いながら、いそいそと胸パッドを仕込み出した。

なんか涙で前が見えなくなりそう。


最後に音無さん。

テーブルに俺のグッズや個人撮影と思わしき写真を広げ、炊飯器から茶碗にご飯をよそって食べ始めた。俺と俺のグッズをガン見しつつ、もぐもぐと咀嚼する様子には畏敬の念すら覚える。俺はオカズなのか……

見逃せないのは、短い時間で食堂から道具を持ってきて食卓を整えた事実だろう。本当に人間?




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「慎重にやる、と宣言しておきながらの軽率な行動。ただただお詫びするばかりです。誠に申し訳ありませんでした」


歌を切り上げて俺は土下座した。


「あ、あれや。拓馬はんも反省しとるさかい、この話は仕舞いにしよ」

「うむ。誰も幸せにならない。忘れるのを推奨。忘れりゃ」


真矢さんと椿さんは「嫌な事件だったね」で話題を終わらせようとしている。だが。


「ふぅ、心もお腹も満足です。ごちそうさまでした」


ご満悦な音無さんが尋ねてきた。


「今の歌詞って『ニホン語』ですか?」


「ええ、俺の国の言葉です」


「やっぱり……」一瞬、憐憫の色を見せる音無さん。強制的に故郷から離された俺を同情したのだろうか?


「ん~とですね。意味不明な歌詞ってのは止めた方が良いと思います。指向性のない歌はフリースタイルですから」


「フ、フリースタイル?」


「はいフリースタイル。三池さんのメロディに添って、みんな思い思いの行動で自分を表現しちゃいます」


歌詞が意味不明な分、聴き手は自由に行動してしまうのか。水泳やスキーでもあるもんな、フリースタイルって制約がない演技が。肉食世界の場合は性約がない艶技になるだろうけど。

肉食女性がどんな反応を示すか予測不能になるくらいなら、意味のある歌詞で暴走の方向をコントロールした方がマシか。


「それに三池さんが外国人ってのは公開していない情報です。不知火群島国語じゃない歌をうたえば、外国を刺激しちゃうかもしれませんよ。ほら、お隣にはブレイクチェリーとか言う性格の悪い国もありますし」


最後あたり私怨が混じってそうだが、音無さんにしては珍しく建設的なアドバイスだ。


「分かりました。日本語は控えますね」

ここは素直に従っておくか。


「ちょちょ凛子ちゃん。イイ感じに助言した気でいるが、さっきの『思い思いの行動で自分を表現』という語弊は頂けない。まるで私が胸を気にしているみたいな物言いでNG案件」


「NGな静流ちゃんの胸は一旦置いといて、別の曲を考えましょ! あたしも知恵を絞って……うぐっ!? うぐぐぐ、止めて静流ちゃん! 知恵を絞るんであって首を絞めないでぇ……ギブギブ……タップだから……し、しずりゅちゃん……」


「さてと。そうなると、歌うべき曲は」


相方に絞められる音無さんを脇目に、俺は選曲のやり直しに苦悩するのであった。





結局、俺は『友情』をテーマに選曲した。

ラブソングに比べれば無難であったし、何より決め手となったのは先日の夢。

あの路上ライブが、日本にいた頃の友人を思い起こさせて『友情』を推したのである。


日本から持ち込んだ『ギターで奏でるベストソング』という楽譜から『友情』が売りの曲をチョイス。本当は自分が作詞した曲を歌いたいが、俺の心情が強く出るオリジナルソングは避けよう。安全安定が第一である。



南無瀬邸の一角に急ごしらえながら完全防音の録音ルームが建てられ――

おっさんを始めとした男子料理教室のメンバーが数日間に及ぶ録音のレクチャーを受け――


果たして男だけの密室で収録は行われた。


俺がチョイスし練習した『友情』ソングは3つあったが、結局歌いきったのは1つだけで。

その1つを収録するだけでも筆舌に尽くし難いトラブルが頻発し。


「うおおおお!! 熱くたぎるのだよ! 僕らは生まれた時は違えども逝く時は一緒なのだよ!!」


ヒートアップするおっさんを皮切りに男性陣は良くないハッスルを繰り返し――男子料理教室の絆はそれはもう固いものになった。


東山院の男子たちが熱血テロリストになったように、俺の曲は男性にも作用しているらしい。

男子料理教室の人々が収録を重ねてどのように友情を深めていったのかは、俺の精神衛生上の理由で割愛させてもらう――ぶるぶる。



まあ、なんだ。

途中、山あり谷ありあったものの、こうしてモニター試験の日はやってきたのだった。

そして。

同時に、北大路きたおおじからもやってきたのだった――あのマサオ狂いが。

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