友情の犠牲者

ついに、モニター試験の日が来た。

被験者の皆様に俺の歌を聴いてもらい、精神異常を起こさないか観察する。

内容だけ取り出すとマッドサイエンティストの非人道的な実験だと誤解しそうになるが、被験者の許可は取ってあるのでギリギリ人道的だと思い込もう。


気合を入れたは良いものの、歌の録音を終えた時点で俺の為すべき事はほぼ終わっている。

試験会場にタクマがやって来たらモニターの皆様が余計に興奮してしまうわけだし、試験とは関係ない一般女性をホイホイ吸い寄せてしまうかもしれない。

なので、俺は南無瀬邸で大人しく留守番だ。


「モニターの人たちが無事だと良いんですけど」


「ですね~。あっ、三池さん。南無瀬漁業組合からイキの良いお魚がお裾分けされたみたいですよ。晩ご飯が楽しみですね」


「はぁ、そりゃあ楽しみです。モニター試験が上手くいけばいよいよ俺も歌手デビューなわけで……無事やっていけますかね?」


「三池氏が歌手になったと想定すれば、これまで以上に忙しくなる。護衛プランを練り直さねば」


試験の結果が届くまで、自室でダンゴたちと時間を潰しているわけだが。

音無さんも椿さんも俺の感想や質問に対して、はぐらかしたり論点をズラして煙に撒くばかりだ。


「もしかして、お二人とも試験の結果が悪くなるだろう、と思ってます?」


「…………ぴゅ~ぴゅ~」

「…………zzz」


音無さんは斜め上に目線を逸らし口笛を吹く。椿さんはクオリティの高い狸寝入りを行う。

両者とも口で返事はしなかったものの、ボディランゲージで伝えていた。期待すると胃を痛めることになるぞ――と。


「……あー、今日は快晴ですねぇ」


俺は窓の外の青空を仰いだ。ダンゴたちがわざわざ言外で忠告してくれているのだ。試験の話題を続けて自傷行為に耽ることはない。

ワンチャンで大丈夫かもしれない程度の希望と、幾重にも張った予防線を心に同居させて果報か悲報を待とうじゃないか。




夏の日が完全に沈んだ頃。



「待たせて堪忍な」

モニター試験の監督を務めた真矢さんが、俺の部屋を訪れた。


朝、玄関で見送った時にはしっかり整えられていたミディアムヘアは乱れ、先日仕立て下したばかりのスーツはヨレヨレになり、気丈に浮かべているであろう微笑みからは隠せない疲れが垣間見えた。


「お疲れさまでした。どうぞ、ゆっくりしてください」


俺は空いた座布団に真矢さんを座らせ、お茶を一杯ついで渡した。本当は手作りのお菓子で持てなし、肩でも揉んで労いたいが、これまでの逝き過ぎた経験から自重する。

真矢さんが人心地付くまでかさず、ゆるりとしてもらって。


「ふぅ……おおきに。ほな、お待ちかねの結果報告をするで」


居住まいを正して仕事モードに入る真矢さん。


「一言でいうとな――全滅は免れたで」


「よ、よかった……で良いんですかね?」


逝き残りが居たので試験は成功だ! って判断はダメだよな。『死ななきゃ安い』を成否ラインにするのは死にゲーだけで十分だ。


「真矢氏、言葉は正確に伝えるべき。全滅の定義は?」


「……気絶しなかった、という意味や」

真矢さんが気まずそうに答え、「ちなみに気絶率は75%っちゅうとこやな」と付け加える。


4人中3人の被害。いつもより穏当な数値だ、友情に全振りの歌詞が功を奏したか。


「でも、今回の試験ってモニターが三池さんの歌で精神クラッシュしたか、しなかったかが重要ですよね? 気絶しなかったけど人格崩壊していた、ってのはありませんでした?」


「ズバリ突っ込むやん。椿はんと音無はんが疑っとる通りや……」

真矢さんがチラッと俺の方を見る、不安げな表情で。


一年も同じ屋根の下で暮らした経験から、真矢さんの胸中を察す。


「俺に遠慮しないで試験結果を詳細に教えてください。覚悟は……出来ていますから!」


「そこまで言うんなら――」


真矢さんは脇に置いていたビジネスカバンからノートパソコンを取り出し、テーブルに載せた。


「試験の様子はバッチリ撮影しとる。歌を聴く前のモニターの姿と、終わってしまった・・・・・・・・姿を」


「映像があるんですね。それは何とも……」


うわぁお。胃がフライングでキリキリしてきた。心なしかノートパソコンから邪悪なモノが漏れている気がする。


「自分らで撮っておいてなんやけど、きっつい内容やで。それでもええんやな? 今から映像を流してええんやな?」


真矢さんやダンゴたちが気遣うように俺を見る。それも『大丈夫です! 観ます! と力強く言うけど観ながらヒエッを連発して鑑賞後に頭を悩ますんだろうなぁ』と的確過ぎる視線で。


くっ! 自分でもヒエッするんだろうな、という確信はある。けれど、ここで『観ない』選択肢は取れない。サポートしてくれる南無瀬組のためにも、モニターとなって散ってしまった人たちのためにも。


「大丈夫です! 観ます!」


俺は力強く言った。





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





『モニター01番、姉小路あねこうじ旗希はたき。その、タクマさんの歌をいち早く聴けるなんて光栄です! あちきを送り出してくれた仲間の分まで、全身全霊で聴き遂げます!』


パソコンの画面に映し出されたのは、姉小路さんだった。

不良グループ・孤高少女愚連隊のリーダーで、この世界に迷い込んだばかりの俺を襲ったのも今は昔。音無さんと椿さんに撃退され、更生施設で改心した彼女は孤高少女愚連隊を解散して真面目に暮らしているらしい。

姉小路さんを始めとした孤高少女愚連隊の皆さんには、ちょくちょくファンクラブ向け企画のモニターになってもらっている。


姉小路さんに不良だった面影はもうない。長くボサボサだった髪はショートカットに切り整えられ、ロックだった服装は清潔感のあるTシャツとデニムに変わった。

インタビューを受ける彼女は、どこにでもいる活発的な女の子だ。


「試験の前には一人一人のモニターにインタビューしたで。歌でどう変態するか分からへん。せやから元の性格を把握しといた方がええやろ」


「な、なるほど」


変態化は確定事項なのか……


映像が切り替わった。これは、監視カメラで撮影した物かな?

8畳くらいの個室が斜めに見下ろす形で映される。室内にはポツンと佇む姉小路さん。


「試験は南無瀬市のカラオケボックスで行ったんや。もち貸し切りにしてな。モニターが部屋に入ったら、中から出られないよう施錠して拓馬はんの歌を浴びせる。経過観察は監視カメラで記録したんやけど……この映像ではわざと室内の音声を切っとる」


どうしてですか? と俺が尋ねるより先にダンゴたちが口を開いた。


「この上なく残念だが当然の措置。音声を入れれば、三池氏の歌を私たちも聴いてしまう。冷静に映像を分析できない」


「ぬぅぅ! 待望の三池さんの歌なのに、脳内トリップツアー確定の絶頂ソングなのにぃ。音声データは妙子さん直々の厳重管理で、組員のあたしたちでもロクに聴けないなんて……ねえ、真矢さん。近いうちに配布してくださいよぉ」


ああ、そうか。同性のおっさんや『男子料理教室』でも大変なことになったもんな。そら気軽には再生できないか……頑張って収録したんだが、はぁ。


「聴くも配るも、歌の安全性を確認してからや。それより映像に集中せぇ。そろそろ始まるで」


真矢さんの言葉と同時に、映像中の姉小路さんがビクッと跳ねた。どうやら俺の歌が流れ出したようだ。

彼女は早々に腰から砕けて倒れ伏し、ジタバタと藻掻もがき始めた。

以前、鑑賞したSF映画を思い出す。宇宙服に供給される酸素が空になり、宇宙飛行士が首を抑えつつジタバタと苦しむ……それに酷似した光景だ。


性的なヒエッではなく、生的なヒエッじゃないかコレ。迅速に救護班を出動させた方が……いや、これは過去の出来事で、真矢さんが対処しないわけがあるまいし……


困惑していると、姉小路さんが一際大きく跳ね、ピタリと静止した。

まさか……『死』が頭をよぎり恐れおののく。そんな、とうとうヤッてしまったのか、俺……?


――と。


「ひっ!?」


思わず悲鳴が出た。姉小路さんが何事もなかったかのように再起動、すんごい速度で自分のバッグから携帯電話を掴み取ったのだ。

で、誰かに電話をかけ始めた。


「こ、これはいったい?」


「後で現場検証・・・・したところな、姉小路はんは元・孤高少女愚連隊のメンバーに電話したんやて」


「いきなり何故に?」


「拓馬はんの歌のテーマは『友情』やろ。『愛』が含まれたら性欲が刺激されるさかい。拓馬はんの歌に影響された姉小路はんは、友達を思う気持ちが爆発したんやな」


「ば、爆発……」


姉小路さんはミュージカル役者の如きオーバーアクションで、電話しながら頭を下げたりクルクルと横回転している。あと、遠目でも分かるほど号泣していらっしゃる。


うん。これは爆発しているわ、色々なモノが。


電話を終えても、すぐに次の相手へコールする。無声映像なのに感情豊か過ぎて、電話の内容が何となく察しられるな。

たぶん、「いつもあちきを支えてくれてありがとうな! お前が居て、あちきは国一番の幸せものだぁぁ!!」とか泣き叫んでいるんだろう。

感謝の供給過多で、電話の相手はドン引きしつつ救急車を手配するんじゃないか?


十五分くらい経って。


姉小路さんは携帯電話を持ったまま、前のめりにぶっ倒れた。無論、受け身なんぞしていない、大丈夫かな?

俺の歌の効果が切れたか、ドッカンドッカン爆発し過ぎて生命エネルギーが切れたか。

答えは出ることはなく、姉小路さんが再び起き上がることもなく。


やがて南無瀬組の黒服さんたちが入室し、姉小路さんを担架に乗せて部屋を出て行った――



「一人目の結果や。どない思う?」


一旦、映像を停止して真矢さんが問う。


「想定内の挙動不審ですね。気絶するまでに幾つかの段階がありましたけど直接三池さんに危害は出ない反応ですし、これなら歌ってもOKと思います。これだけなら」


「うむ。姉小路氏は友達思いだった模様。想定の中で穏便なパターン」


「いぃ。お、穏便ですか?」

ダンゴたちの見立てに耳を疑う。

う、うせやろ?


「拓馬はん、現実は常に過酷なんやで。みんながみんな姉小路はんだったら、うちも『モニター試験は成功や!』と胸を張れたんやけど」


「ぐ、うう……そ、それで姉小路さんは無事だったんですか?」


「派手に倒伏しとったけど、病院の検査で身体に怪我はなかったそうや。けど、意識がまだ曖昧でな。仲間のために購買部のパンを買い占めなきゃ、とか虚ろな目で呟いとるって」


そう言えば、さっき真矢さんは「後で現場検証・・・・したところな、姉小路はんは元孤高少女愚連隊のメンバーに電話したんやて」と言っていた。

なぜ、事情聴取ではなく現場検証なのか。不思議に思っていたが、あれは被害者の姉小路さんが事情を聴ける状態ではないためか。


「ほ、本当に申し訳ないです」


両肩に外側から見えない圧力が掛かり、俺の肩身はグッと狭くなった。


「拓馬はんが気に病む事やない。こないなる事は承知の上でモニターは参加しとる……せやけど、観ていて苦しいなら止めとく?」


「い、いえ! まだ一人目じゃないですか。俺はまだまだ折れませんよ!」


「さよか。ほな、次いくで」


バレバレの強がりを見過ごし、真矢さんは映像を再生してくれた。


身と心を構えろ。どんなショックにも耐えられるくらいに。

腹をくくれ、俺!


しかし、眼前に映し出されるのは、こちらを嘲笑うショッキング映像。友情+αに狂ったモニターの方々の狂騒劇だった。

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