凄みのある訴え
上映中だが、途中退席は許されないのだろうか。
胃が痛い。ダーク由良様がピキピキと空間に亀裂を入れている、それに負けないくらい俺の胃もピキピキと壊れかけている。
助けてくださぁぁぁいい!
胸中でいくら嘆き叫んでも聞き遂げる神様はいるはずもなく、たんまの悪行は秒単位で積み重ねられていく。
早乙女家三女を手中に収めた彼は、続けざまに次女を襲った。
次女の動きを手錠で封じ、屋敷の空き部屋に閉じ込める。その鮮やかな手口、たんまめ……プロってやがるぜ。
紅華演じる次女は役者の性格を反映しているのか、敵意むき出しだ。気が強い次女をたんまはどう扱うのか……胃を抑えながら観ていると。
『はい、あ~~ん』
『くっ! パパゴトなんて馬鹿な真似やめて、あたしを解放しないさい!』
『かいほう? あははは、だ~め。お姉ちゃんは一生ボクがお世話するから、ボクと一緒にいなくちゃいけないんだよ~』
あ、あれは!? ヤンデレならコレっの『監禁生活』が炸裂だ!
衣食住からシモまであらゆる事をお世話して、対象の自尊心を奪い、己に依存させる恐ろしい技である。
並の精神では耐え切れないが……しかし、次女は反骨心が旺盛だ。心折れずにたんまに反撃するのでは?
『今日も愛情たっぷりにご飯を作ってきたよ~。はい、あ~~ん』
『あ~~ん! もぐもぐ……おいちぃ!』
『おかわりもあるよ~、食べる?』
『たべりゅ~~』
うん、こうなるよな。
たんまへ憎悪の目を向けていた次女は、次のカットで堕ちていた。パイロットフィルムの特性上、話の展開を早めねばならないが、それにしても即堕ちである。
しかも幼児退行のおまけつきだ。こんな所まで演者である紅華に似せなくても。
たんまがリゾットに似た料理を『ふぅふぅ』と冷ます。スプーンに載ったそれを紅華は大口でパクッと迎え入れ、幸せと共に噛みしめる。
視力を0.1くらいにして見れば、親子の微笑ましい触れ合いに見えないこともないこともないかなぁ。
「ぐぬぬぬ、三池さんブレスで味付けとか、親類縁者を全員質に入れてでも食べたい高級スイーツですよね」
後ろの席の音無さんが闇のある発言をしているが、それよりも今は隣の『闇そのもの』が気がかりだ。
『怨怨怨ォォォォォォォォォ』
なんかね、ジャパニーズホラーで耳にする効果音が由良様の方角から響いてくるの。人間の声帯が出せる波長じゃないのに、どうしようもないくらい轟いてくるの。
凄いや、由良様。目でも耳でもチビらせてくれるなんて、一人ホラーハウスだね(白目)
次女を華麗に手懐けた我らがたんま君。残るターゲットは祈里さん演じる長女だけだ。
次女と三女が忽然と行方不明になり、警戒心を持った長女は、程なくしてたんまの凶行を察知した。
「あなたって子は!? 自分が何をしているのか分かっているの!?」
廊下で面と向き合い、長女はたんまに怒声をぶつける。『男性とイチャイチャしたい!』という肉食女性なら誰もが有する本能は垣間見えず、身内の不始末を糾弾する家長の貫禄がそこにはあった。
あ、また思い出してしまったぞ。祈里さんが怒れる演技をするまでにも山あり谷ありのドラマがあったのだ。
「強張った顔でタクマさんを問い詰める? む、無理ですわぁ!? 何度自分に言い聞かせてもタクマさんを見つめると頬が緩んで、顔面硬度が維持できませんのぉ!」
類まれなる演技力を誇る祈里さんだが、一人の役者である前に一人のヘタレだった。俺を前にするとフニャフニャ女郎に成り下がってしまう。
ヘタレさんはNGを連発して撮影は膠着状態に陥った。『深愛なるあなたへ』の撮影、毎回コチコチ固まり過ぎやしませんかねぇ。
そんな時、頼りになるのは絶対撮影緩和マンの早乙女たんまである。
「生まれ持った性格が災いして演技に支障をきたす? だったら性格を破壊すればいいじゃん」
たんまは邪悪だった。
『とりあえず歌ってトリップさせますね』と言って、別室で祈里さんのみに攻撃性の強い曲をアカペラで聞かせ、ヘタレ性を抹消したのである。
スライドに映る早乙女家長女をよくよく観察してみるといい。お目目がグルグルしていて普通じゃないから。
人格崩壊って大罪ではなかろうか。まあ、歌での洗脳は時間が経てば効果が切れる。祈里さんも撮影が終了してから元のヘタレに戻ってくれた。
なお、洗脳された時の記憶はしっかり残っており『私としたことがタクマさんにアレやコレやソレをぉぉぉ!! どうお詫びすればばばば!! そうですわ、私の柔肌で責任を!』とご乱心し、南無瀬組に
撮影の裏話はこのくらいにして、上映会に意識を戻そう。
次女や三女は簡単に拘束されたが、長女は難敵だった。
油断なくたんまを睨み、彼の接近を許さない。
『身内だろうと容赦しません、あなたを警察に突き出します!』
携帯を取り出し、警察に電話しようとする長女。状況は切迫し、たんまは手段を選んでいられなくなった。
『ごめん、お姉ちゃん。本当はこんな事したくないけど』
彼は沈痛な面持ちになりながら、廊下の観賞植物の裏に隠していた物を取り出した。
「んなぁぁ!?」
ん? たんまの切り札である『ムチ』、それが画面に映った瞬間、前方の暗がりでひと際大きな反応が上がった。
今の声は、もしかして……
俺が嫌な予感を抱く間もストーリーは進む。
『痛いと思うけど、このムチは傷が残らない仕様だから安心して』
あんまり安心出来ないセリフを吐いて、たんまはムチを振るった。深愛を抱く相手を攻撃するのは、イカレた彼にとっても不本意なのだろう。悲しい顔をしてムチを扱っている。が、ムチの勢いが弱いかと言えば決してそんな事はなく、長女の携帯を叩き落とす。さらに長女の顔はしっかり避けて、ムチが彼女の太ももを襲う。
『くぅっ』
たまらず長女は崩れ落ちる。その隙を見逃さない。たんまはスタスタと近付き、彼女の口と鼻にオクスリが染み込んだガーゼを押し付けるのであった。
たんま君ったらマジ犯罪者でマジ有罪。弁護のしようがないね。
ここまで来れば『どうにでもなれ~』の境地に立たざるを得ない。俺は乾いた笑みでパイロットフィルムを楽しむことにした。だって、隣の由良様が光を一切通さないブラックホール化して怨嗟の声をガンガン流しているんだぜ。まともな精神じゃやってられないっすわ。あははっは。
その後のパイロットフィルムは、たんまと三姉妹の深愛に満ちた日々が短いカットで次々と挿入され、最後にたんまのオリジナルスマイルで締められた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「ボクの作品はこれまでにない要素を取り入れた意欲作なのさ。それだけにネタバレ厳禁! 先に脚本を読まれるとパイロットフィルムのインパクトが半減してしまう。ボクはね、審査員の皆々様に真っ白な状態で作品を楽しんでほしいんだ」
上映会の前に寸田川先生が言った宣伝文句に偽りはなかった。
審査員の皆々様は真っ白な状態で作品を鑑賞し、椅子か床で真っ白に朽ち果てている。
美里さん側の上映後では多くの拍手が起こったのだが、祈里さん側では無音である。会場からは息遣いすら聞こえてこない。本当に息をしていない人がいたらどうしよう。
辺りが明るくなって十秒。その沈黙を破ったのは、主犯格の寸田川先生だった。
「さあさあ! 審査員の方々! どうだったかな? ボクと今代の天道家が作り出した革新作は!?」
勢いよく立ち上がり、大げさな身振り手振りで声を発する。
「男性から病的に愛される。まさに奇想天外な発想! 仮に思いついたとしても、男装した女優が演じれば白けてしまう設定だっただろう! しかし、演者が唯一無二の男性アイドル・タクマ君である事でこの作品のメッセージ性は薄まらず表現された! その威力の程は、審査員の方々が一番分かっているんじゃないかな?」
ああ、そうか。寸田川先生の舞台染みた演説は、扇動を狙ったものなんだ。
彼女の期待通りに審査員たちの頭はパァンされている。意識不明でピクリともしない人が半数、もう半数はふらふらと顔を上げて寸田川先生の言葉を聞き入っている。今の審査員たちならまともな状況判断が出来ず、『とにかくインパクトがあってフロンティアだった』と、祈里さん側を高評価してしまうかもしれない。
「愛するより愛されたい。誰だって願ったことがあるよね! でも、多くの女性は得ることが出来ず、一生を終えていく。不知火群島国だけじゃない。世界の全ての国でみんなが苦しんでいる! そんな寂しい世界に
彩りを与えるどころか真っ白にしているんですがそれは。と、内心ツッコんでいるのは俺だけだろう。
「「「……おおぉ」」」
審査員席だけでなく、美里さん側のスタッフからも感嘆の声が漏れている。優秀な脚本家は人の感情を操作するのに長けているらしく、扇動者としても優秀だった。冷静に聞けば、『御託をいくら並べようと、上映出来るかこんなもん!』と一蹴されるところを、高揚感を誘う単語を矢継ぎ早に繰り出し平常心を奪っている。
「ボクらの作品が秘める可能性! それを考慮して評価してもらいたい! 今、決めるのはフロンティア祭の出展作だけじゃない。世界の行く末すらも審査員である君たちの選択に委ねられているのだから!」
寸田川先生はご高説を終えた。言いたいことは全部言ったし、審査員たちは思考力低下しているし、手ごたえは十分。やってやったぜ感が寸田川先生から
俺演じる早乙女たんまとの濃厚な
『勝ったッ! パイロットフィルム対決、完!』
すっかり勝った気でいる祈里さんチーム。が、しかし――
「おっしゃりたい事はそれだけでございますか?」
凄みのある訴え、略して
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